第六話+エピローグ
この日から彼女を書く為に放課後は毎日、美術室に行った。期限が一週間しか無く、完成するかどうかギリギリの時間だった。
俺は今までに無いくらい集中して描いた。描いている間はほとんど会話が無かった。俺はどうにか、喜んでもらえる作品にしたかった。
「考えてみると、この学校での思い出はこの美術室がほとんどだな」
と彼女が言った。だからこそ、この学校での思い出になるように真剣に描いていった。
そして、この絵が完成した。それは金曜日で本当にギリギリだった。
「出来た」
どっと疲れが出たような脱力感、それと共に何ともいえない達成感があった。
「見せて」
彼女が早速、その絵を見に来る。緊張の瞬間である。彼女は静かに俺の描いた絵を見る。瞳が上から下にそして右に左にとゆっくり動いている。自分の絵を隅々まで見られているのが分かる。
「うん」
と彼女が頷き、俺の方を見る。
「中々良い出来だよ。嫌いじゃない」
いつも彼女の評価は考えてみると『嫌いじゃない』だったなとふと思った。これってもしかしたら合格点には達していないという事なんじゃないかと今更ながらに思った。
「君の絵って執念の絵だよね」
急に彼女がそんな事を言い出す。
「ずっと描き続けて、絵が中々上手に描けなくても、賞とか取れなくても、それでも描き続ける。それはすごい事だよ」
彼女がそう言ってくれる。何となく照れくさく感じる。
「私なんて、すぐに描けなくなっちゃったもん」
そんな事を言う。彼女は絵から離れて、置いてあった彼女の鞄から何か取り出したようだ。
「私、君のその執念の絵がどんな風になるか見てみたい」
だが、彼女の願いは叶えられない。もう転校してしまうからだ。そう思っていた。だが、
「ねえ、この大学知っている?」
彼女が何かのパンフレットを俺に見せる。俺は手にとって見る。それは美術大学のパンフレットだった。
「まだ先の話なんだけれども、私はこの大学に行こうと思うんだ」
それは俺にとっては手の届かないような話だった。美術大学なんて俺には到底いけそうにない。そう思っていた。けれども彼女は言う。
「ねえ、ここで再会しよう」
「え」
俺は驚いて言葉が出ない。
「君のその執念の絵がどんな風になるか見てみたい。だから、ここで再会しよう」
「俺なんかが美術大学なんか……」
「大丈夫、君の執念ならきっと行ける」
彼女は信じて疑わない。本気で行けると信じている。この天才少女にそこまで言われると本当に行ける気持ちになった。そして、
「分かった。そこで再会しよう」
俺はそう言った。
「頑張ってね、執念の画家さん」
と彼女が笑顔で嬉しそうに言う。その笑顔が輝いていて、絵に描きたいくらいだ。でも今の実力ではまだ表現し切れないだろう。それが悔しかった。もっと上手くなりたい。そう思った。
「それじゃあ、そろそろお別れだね」
もう夕焼けで美術室が赤く染められていた。それがさらに彼女の哀愁を感じさせた。
「その前に」
俺はある事に気付く。
「お前の名前なんていうんだ。名前が分からなかったら再会出来ないだろう」
そう言うと彼女は少し膨れて
「朝礼の時、聞かなかったの?」
「校長の話が長くてウトウトしていたんだ」
そう言うと仕方が無いという感じでため息を付いて
「私の名前は……」
それに俺も
「改めまして……」
この時、お互いの名前を知った。そして再会を約束して別れた。
これが彼女との出会いと別れだった。
あれから数年が経ち俺はこの場所にいる。
「どうにか来られたな」
俺は彼女と約束した美術大学の前に立っていた。今日は入学式だった。
「一浪したけど」
努力はしたが一発で行くには実力が足りなかった。だが、それこそ執念で一年勉強し直した。そして遂にこの日に辿り着いたのだ。
大学の門の前では富山やら沖縄やら何やらと横断幕を持った人が並んでいた。どうやらそれぞれ地元の人達を歓迎しているようだ。その先に階段があり、それを上っていく。ふと上を見ると一人の女性が上からこちらを眺めていた。
すぐに分かった。あの頃の面影が残っていた。
「大遅刻だぞ。一年も待たせて」
彼女はそう叫んでいた。間違いない。俺は階段の頂上まで行って彼女の前に立つ。
「ちゃんと来たぞ」
「待っていたよ。絵の下手な執念の画家さん」