第三話
次の休みの日、約束どおりに公園の入り口へと向かう。ちょっと早めに行ったつもりだったがすでに彼女はいた。
「人を待たせないのは基本よ」
と指を立てて、そんな事を言っていた。転校生が上手くやっていく方法らしい。
「どう、この服」
とクルリと回る。いつもの制服とは雰囲気が違っていて戸惑う。何となく話しづらい気がした。
「まあ、良いんじゃない」
どうにか、その言葉だけ絞り出す。思いのほか喜んで
「ありがとう」
と無邪気に言われた。お世辞だと言ってやろうと思ったが、あんまりに嬉しそうなので心の中に収めた。
「ねえ、これ見て」
そう言って首に掛けていたデジカメを見せる。
「たまには、写真なんてどう」
と言い出した。こっちは絵を描く気満々でいたのに出鼻をくじられた気分だ。
それが顔に出ていたみたいで彼女の方があたふたとし始めていた。
「いや、その気分転換、気分転換。ちゃんと絵の題材も探すよ」
あんまりにも慌てふためいていたので気が逸れて笑ってしまった。
「もう、なによ」
今度は怒り出した。コロコロと表情が変わる子だなと思う。
「それじゃあ、とりあえず歩こうか」
「そうだね」
そう言って歩き出す。公園は木が生い茂っていて、少し薄暗い。道は整理されていてコンクリー
トで固められている。
彼女はその辺を適当にパシャパシャと写真を取っている。それをたまに見せてくれるが、中々良い感じで撮れているので驚く。そういう才能に恵まれている子なのかもしれない。
こっちも絵を描くのに良い題材が無いか見て回るが、どうもピンと来るものがない。そう思っていると開けた所に出てくる。
どうやら原っぱのようで、家族連れや友達同士でピクニックなんかに使っているようだ。その辺でフリスビーを投げたり、サッカーをしていたりして賑やかだ。
「ここ何だか良いね」
彼女がそう言ってカメラを向ける。人もそうだが、所々で野花が咲いているのがアクセントになっていて良い感じの風景になっていた。
「ここで描くか」
ここなら、何か描けそうな気がする。そう思えたので適当な所で草の上に座り込む。
「待って、シート持って来たよ」
そう言って彼女がシートを広げる。有難く使わせてもらう。
二人で喋りもせず風景を眺める。しばらくこの原っぱの雰囲気を体で感じていた。
彼女の方はカメラをあちらこちらに忙しなく動かしている。彼女も良い題材を探しているのかもしれない。
ふと、目の前の草花に目をやる。すると一輪だけ雑草の中に咲いている小さな花が目に付いた。
「……」
この賑やかな原っぱの中で静かに咲くこの花が何となく引き付けられる。早速、俺はスケッチボードを取り出して描き始める。それに気付いた彼女がこっちを楽しそうに見ている。
「描くものが決まったみたいだね」
そう言って俺が描いている絵を覗き込んでいる。俺は気にする事無く描いていく。何が面白いのか彼女はずっと、俺の絵を眺めていた。
「なるほどね、中々良い題材ね」
何を上から目線でと思っていたら
「この辺はこうした方が良いんじゃない」
と今度は紙を指でなぞって言ってくる。あまり人に指図されるのは良い気分じゃなかったので無視していると
「もう、貸して見て」
と俺から鉛筆を取って描きいれる。
「あっ」
抗議しようと思ったが、彼女が描き入れた事によって格段に良くなっていた。
「ねっ、この方が良いでしょ」
と彼女がニッコリと笑ってこっちを見る。
「まあな」
彼女の表情と実際に良くなった絵を見て受け入れるしかなかった。
その後も、彼女は事あることにアドバイスを入れて俺の絵に描き入れていった。俺は渋々それを受け入れて少しずつ絵を完成させて行く。
そして、下書きが終る頃には日が傾いていた。
「今日はこれで終わりだな」
「そうだね。」
二人で立ち上がる。同じ姿勢でいたので軽く伸びをして体を解した。
今日、描いた絵は今までに無いほどの良い出来だった。ただ、ほとんど彼女に過失修正されてしまって、果たして自分の絵と言っていいのかどうか分からない所だ。
「かなり良い絵になったんじゃない?」
「お前のお陰でな」
と俺が嫌味っぽく言うと苦笑して
「そうやって練習していく物だよ。まあ、気に入らないのは分からなくは無いけど」
と言われる。どうやらこっちの気持ちが分かっている様だ。
正直、ありとあらゆる所を直されて気分が悪かった。自分のやり方を否定されるのは気持ちの良い物ではない。でも教えて貰うというのはこういう事なのかもしれない。
道具を片付けて、原っぱを後にする。二人で並んで生い茂る木を通り抜ける。
「それにしても、君は何で絵にこだわるの」
と彼女からいきなり、そんな事を聞かれる。改めて考えてみると自分でも分からなかった。
「例えばさ、写真とかも良いんじゃない。ほら」
彼女は俺にデジカメで撮った写真を見せてくれる。どれも綺麗に撮れていて芸術性を感じるこ
とが出来た。
「上手く描けないんなら他の芸術に転向するのも有りなんじゃないかな」
彼女にそう言われたが、まったく心が動かなかった。やっぱり俺は絵が良いようだ。
「俺はやっぱり絵が良いかな」
「そっか」
彼女はつまらなさそうにデジカメをいじる。彼女の期待には答えられなかったようだ。
生い茂った木が過ぎ去って公園の出口に辿り着く。
「今日は、ありがとう。楽しかったよ」
彼女は一人で帰るつもりのようだが、日が落ちて暗くなっていた。
「暗くなっているから送るよ」
彼女はそれを聞いて慌てて手を横に振る。
「良いよ、いきなり男子と一緒に帰ったら驚かれるし」
「じゃあ、見つからない所まで送るよ」
今度は観念して頷く。何となく気まずくなって、二人とも黙って歩いていた。意外と彼女の家は近かった。
「ありがとう」
彼女と家の近くで別れた。
「また、学校でな」
俺はそう言って自分の家の方へ行った。
彼女に質問されて改めて俺は何で絵を描いているのか疑問に思う。しばらく考えながら歩いていたが、途中でそんなに難しく考える必要は無いのかも知れないと思った。
「好きだから描いているで良いじゃないか」
そう思ったら少し心がスッキリした。ちょうど結論が出た所で家に辿り着いた。
明日は昨日描いた絵に色を付けていこう。そう思った。