第六話「ゲット?ロスト?ベーシスト!前編」
手に入れたばかりギターを、ヤクザの悪の手から助けてくれたGIGUYAの店員。
その正体は、攻撃的な演奏を好む、凄腕の女ベーシストだった。
そうと知った誠二郎とあかりは、俺らのバンドに加わってくれと懇願する。
女は、「加わってもいいけど、私と一度セッションしてみてよ。」と、条件を出してきた。
ギターを手に入れたばかりの俺には過酷な条件だった。
店で、何時間も一緒に俺のギターを探してくれた彼女だ、きっと俺のこと素人だと思ってそんな難題を出したに違いない。
要は、半日で、やるだけやってこい、凄腕女ベーシストは、そんなに安く手に入るものではない。
ということなのだろう。
……………………
「太郎殿!誠二郎殿!待たせたのぅ」
午後の授業を抜け出した俺ら三人。
息を切らせながらも、一番遅れてきたのは、ドラム担当、早乙女あかりだ。
「あぁ、大丈夫だ。疲れただろう。」
誠二が優しくすっから、こいつはあまえんだ。ここはお灸をすえねば…。
「あー待った待った!超待った!おかげでいっぱい誠二からコード教われました!」
「む、なんじゃその言い方…、」
「やっぱ名門高校の生徒様だけあって、悪い事はできません…っか!?」
「ムググ…いきなり!なんだというのじゃ!」
「遅れて申し訳ないという誠意を見せろ!ほら、これで三人分のジュース買ってこい!」
そういうと、俺は財布から千円を抜き取り、あかりに差し出した。
「…え?あ?ジュース?それならお安いご用じゃが…?」
何だよ、二人とも目を丸くしやがって、
「俺ら何でもいいから早くいけ!」
「しょ、承知!」
いうが早いか、あかりはさっきより猛ダッシュで公園の自販機コーナーへ向かっていった。
「あ、ツリは返せよ!!」
「…桜、どうしたんだ?お前らしくもない」
「あぁ、なんつかな…、ギター教えて貰うお礼かな?それに、このギター、タダで手に入ったし、金はあまってんだ。」
「ふむ…、安いお礼だな」
「な!?うるせーっ、我慢しろ!」
「ふ、でも、ありがとう」
っち、調子狂うぜ。
「ところで、桜、昨日の夜、あのベーシストからメールが入った。」
「え?メールですか…」
いつの間にアドレス交換してたんだ…。
「課題曲は、リチャードソン・マンチェスターの『アゲイン』。比較的弾きやすく、静かな曲だ。知ってるな?」
「おう」
「ロック好きな桜のことだ、知らなかったら、追放だ。」
「おう、穏やかじゃないな、それ」
「でだ、そのCDを今日持ってきたから、まずみんなで聞く。多分早乙女は一度聞いただけで完全にコピー出来るだろう。」
「あいつは曲のストーリーが分かっちまえば、やれるかんな…ましてやストーリー性の強い『アゲイン』だからな」
「問題は桜、君のギターだが…。さっき教えたコードが殆ど入ってるから、曲を繰り返し聞くんだ。」
「あぁ、分かった」
「待たせたーー!はぁはぁ…、太郎はこれじゃ、誠二殿はこれ」
「おいっ!なんで俺のがドクターペッパーなんだよ?」
「え!?なんでもよいと言ったではないか!?」
…………………
みんなが揃った所で、俺らは一度皆で曲を聴き、そしてそれぞれ個人レッスンへと入っていった。
「とにかく曲を聴いて…ギターを鳴らしてみるか…」
ギャンギャンギャン。
「綺麗にならねーなぁ……なぁ、愛しのギターちゃん、もっと綺麗な声出してよ。」
ガャンギャァンガギン。
「…だめだなぁ……まぁ俺が下手なだけだが…」
……………………
二時間後。
午後3時、ベーシストとのセッションまで後3時間。
あかりの奴…ドラムセットも無いのに、マイスティックで空を叩いてやがる。
もう、頭の中に全部入ってんのかよ…。
生まれもって才能があるんだな…はぁ…
ギャギンギャン。
あー、綺麗にならねぇ!
何が何でもいい声でなかしてやっかんな!
……………………
セッション開始まで後一時間。
「のぅ、誠二殿、太郎の背中…哀愁漂っておるのう…」
「あぁ…でも、必死にギターとコミュニケーションを取ろうとしてる」
「しかし、誠二殿、ぎぐやまで行くのに30分はかかるじゃろう?もう練習の時間は、」
「あぁ、ないな」
「誠二殿…」
「桜、どうだ?調子は…」
「ん?あ、ぁあ。分かってきたよ」
「は!さ、さくら!」
「うぉ、な、なんだよ、でかいこえだして」
「さ、さくら、お前、弦を押さえてる指、血だらけだぞ!」
「あぁ、これ?知ってるよ、でも指が切れてから、こいつ、いい音でなるようになったんだ。」
「こんな短時間で指が擦り切れるなんて…そのギター…」
「誠二殿!時間じゃ、そろそろ向かわねば!」
「あ、ああ!桜、とりあえずテーピングするんだ、」
「もうここまできたんじゃ、後はもうやるしかないのう!」
…………………
こうして俺達は、GIGUYAへと向かった。
向かう道中、誰も口を開こうとせず、ただ、緊張を押し殺しているだけであった。
あのベーシストを勧誘するだけのセッションなのに、何なんだろう、この緊張感は。
でも分かってる。あの女にはそれほどのオーラ、存在感があるのだから。
そうしている間に、GIGUYA前に俺らは立っていた。
会場は、GIGUYA横の袋小路。
そこに向かうと、すでにスピーカー、ドラムセット、マイクが準備されていた。
想像以上に本格的なそのスタイルに、俺達は息を詰まらせた。
「あ、きたね。」
店の勝手口から出てきた、ベーシストの女店員。
肩から真っ赤なベースを下げ、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
「この半日、必死にやってきたんだろうね?」
皆、その言葉に、自分の認識の甘さを感じたに違いないだろう。
これは学芸会ではない、ただの遊びのセッションでもない。
皆、俺と同じように、自分の心にある魂が、小さく小さく萎縮したのを感じたに違いない。
…………
次回予告
「何やらえらいことになったのう」
「太郎殿は指をきってしまっておるし、誠二殿は柄にもなく、震えてしまっておる」
『ゲット!ロスト!ベーシスト!後編』
「そのままじゃ、私は許さないよ!」