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9:示された路

 一歩外に出て、ぐるりと視線を巡らすと、痛いほどの視線が注がれていた。誰もが、守人に助けられた娘に興味津津なのである。

 綾は見られることが嫌で、早足になってその場を逃れた。

 それでも、声が追ってくる。娘の無事を親身に喜び、若い守人を称賛する声が。

 煩わしい、落ち着かない。

 何か情報を得ようと当てもなく歩を進め、ただ風景が流れ、頭の中を過ぎていく。

 ここはラルムという国。おそらく、地球ではないのではないか、と考える。

 雪崩に呑まれ、気がつけば見たこともない景色の中に居た。

 この状況に、意味があるのか。

 これからどうするべきなのか。

「そこの貴女」

 それは、音楽的に神秘な声だった。

 雑踏を掻き分け進んでいた綾は足を止め、声の主を探す。一度聞くと忘れられないような、気になる音色だ。

 そして、それは確実に綾に掛けられたものだった。この人込みの中、綾だけに。

 声の主はすぐに見つかり、人波から抜け出して、じぃっと観察する。

 その人物は、男か女か判然としない。真っ白な肌は穢れひとつなく、中性的な美貌をしている。銀色の髪は長く長く真っ直ぐで、どこぞで絡まることなく流れていた。纏っている衣は純白で、重量感がない。真ん中で分けられた前髪の間では、フェロニエールの飾り石が揺れていた。その石は、角度によって蒼にも紅にも翠にも変化する。判らないのは瞳の色で、どうにも表現し難い。ある色にも当てはまるし、あの色にも当てはまる……という具合に。

 この世の者ではない、霞がかった雰囲気がある。

「占いなど、如何ですか」

 どうやら占い師のようだ。占い師はにこやかに、卓上の水晶玉を示した。

 卓には白と青の布を掛けてあり、中央に直径十センチ程の水晶玉が鎮座している。水晶玉は不思議な靄を宿し、綾の暗い面をユラユラと映していた。

「……生憎、そういう類は信じない」

 綾は無愛想に断り、雑踏の中へ戻ろうと反転する。

「まぁ、お待ち下さい。信じる信じないはその人にお任せします。けれど、話を聞くだけでも宜しいではありませんか──異世界の方」

 確信に固められた含み声に、綾は肩越しに占い師を睨む。

「帰る方法を、知りたくはないですか?」

 ぐっと眉間に皺を刻み、妖しい占い師と対峙した。まるで、仇敵をついに見つけ出した復讐者のような態度だ。

 そんな綾に怯む様子を見せない占い師は、寧ろ愉しげであった。不明色の瞳を向けられ、綾は微かに顎を引く。

「月花宮にお行きなさい」

「ゲッカキュウ?」

 初めて耳にする言葉を、小さく繰り返した。

 占い師は頷く。

「銀月王にお会いなさい」

「誰だ?」

「北の果てにあると伝えられる宮殿に住まう王です。対の者──銀月王はあらゆる理をご存知でいらっしゃいます。貴女が元居た世界へ帰る方法も、魔物が現れた事も」

「北の果てでは正確な位置が判らない。第一、銀月王とやらは存在するのか?」

 占い師の言葉は漠然としたものに聞こえる。銀月王の事も伝説でしかないように思えた。

 それでも、異世界に迷い込んだことがはっきりとし、また確実ではないかもしれないが、帰る方法があることも判った。

 綾は帰るべき世界を馳せる。左目を眇め、細く息を吐いた。

 帰るべき世界──なのに、居場所が見つからない。帰っても、意味がないのではないかと思う。

「……どうでもいい事だ。私には、帰る必要があるとは思えない」

「貴女は異世界から来た者」

「ああ……」

 そうか、と、僅かに表情を伏せた。

 占い師の言葉には、異世界から来た綾の居場所はこの世界にないと、暗に示しているようである。

 こちらにも、あちらにも、居場所がないか……綾は、自嘲的な微笑みを浮かべた。

 彼女自身は思いも寄らないだろうが、その微笑みは哀しく、儚く、淋しい。

 つと、腕を伸ばし、綾の背後を指差す占い師。釣られて、綾は指先を追う。

「旅に出なさい」

「旅……」

 占い師が指差す先には蒼天しかない。旅と空と何の関係があるのか問おうとした時、占い師が続けた。

「何か、かけがえのないモノが見つかるでしょう……貴女が求めているモノも然り」

 綾の咽喉が不自然に(くだ)る。

「銀色の月がお導き下さいます」

「銀色の、月?」

 訝った綾は占い師を見、空を仰ぎ、また占い師を見据えた。

「どういう意味だ? 月など、いつも空に在る。それが、何故、導きになる?」

 腕を下ろした占い師に、綾は低く抑圧するように言い放つ。

「銀色の月です」

 占い師はコロコロとわらった。

「憶えがおありの筈です……銀色の月に。お忘れになっているだけでしょう。貴女は、銀色の月に導かれたのですから」

 その瞬間、確かに脳裏を掠める映像(モノ)があったのだが、正体を掴む間もなく記憶の闇に融けてしまった。

 綾は目を閉じ、眉間を押さえた。

 占い師が水晶玉に両手を翳す。

「東の門を守っておられるこのお方が、もうすぐ旅立たれます」

 薄く瞼を上げ、占い師の眼差しを追った。その先の水晶玉には見覚えのある顔が映し出されている。鮮やかな新緑色の髪を持つ青年だ。

「このお方に連いて行かれると良いでしょう」

 綾は唇を引き締めた。

(こいつと……?)

 東の門の守人、玉幽。水晶玉に現れた彼の、眉目秀麗の貌を眺める。

 この青年の、碧玉の瞳からは強い意志が感じられた。旅の同行を簡単には許してくれないだろうと思う。それは、綾が女だという事と得体が知れないという事が考えられた。

「……何故、この者に連いて行かなければならない」

 綾は自分が軽んじられているように感じ、腹立たしげに吐き捨てる。

 彼女には、独りでも旅ができる自信があった。いくら魔物でも相手ではない、と。

「必ずや、貴女の力になりましょう」

 占い師は、綾の憤りを知ってか知らずか、しらじらと言う。

 ──他人の力など必要ない!!

 憤怒が溢れ怒鳴りつけようとしたが、思い止まり、踵を返した。

 帰りたいとは願わない。

 帰れなくてもいい。

 だが、一所に留まっては居れない。

 独りでも問題はない事を証明してやりたかった。


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