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6:安らぎ

 闊達かったつに夫を送り出したタミヤは、

「さてと、まずは身体を綺麗にしなくちゃね」

 頭のてっぺんから足の爪先まで綾を確認し、せかせかと動き出した。

「ちょっと待ってね、洗濯物を置いてくるよ」

 と言って、小部屋へ移動する。綾がその後を覗いてみると、そこは寝室のようだった。頭の方を壁に、寝台が二つ据えられている。

 タミヤは右の寝台に、抱えていた洗濯物をボサッと放り出した。

「ちょうど湯を張ったところだったんだ。さあ、おいで」

 ニコリと破顔し、綾を家の中の奥へと案内する。

 決して広くはない家の奥へ進むと、木造の扉に突き当たった。扉を引くと、脱衣所らしき狭い部屋が。大人が二人も入ればきついくらいだ。

 入って右手には木の葉の舞う様子が刺繍されたカーテンがあり、その向こうの空間は脱衣所に比べると随分広い。そして、綾にとって馴染み深いものであった。木造の浴槽も木桶も腰掛けも石鹸も。

 綾は口を薄く開いた。何とも言えぬ安堵感が全身に広がる。

(これは…この安らぎは、何だ…?)

 元の世界、自分の家でさえも、感じたことのない感情モノだった。

「ある物は、好きに使っていいよ。その間に、服を探してくるよ…若い頃のあたしの服があるはずだから」

 と、思案げに言い残すタミヤ。丸い後姿を見流した綾は、血黒くなった服をつまんだ。これは、洗っても元通りにはならないだろう。

「汚い…」

 目と鼻の先には、綺麗な湯がある。

 綾は、毟り千切るように服を脱ぎ、カーテンを引いた。

 浴槽に張られたお湯が、仄かに湯気をたてている。少し頭を上げると四角な窓があり、僅かに湯気が逃げていた。

 足元の木桶を手に取り、湯を汲んだ。頭から一気にダバーッとかぶる。それだけで血が落とせればいいのだが、こびり付いた血は容易にとれない。

 そこで、隅に転がっているタワシのような、タワシよりも毛が柔らかい物を拾い上げ、石鹸をゴシゴシ泡立てた。それを腕に押し当て、肌が朱くなるほどこする。

「汚い…汚い…」

 物の怪に取り憑かれたように同じ言葉を繰り返し、唐突にタワシを手放した。

「…ない、か…」

 視線を走らせたが、シャンプーのような物は見当たらない。だから、石鹸を思い切り泡立てた。それで、髪の毛を何度も洗う。

 泡立てては流す、その繰り返し。

 やがて流す水が濁らなくなり、再びタワシを手にした。髪の毛は洗い終わり、身体にとりかかる。

 はたから見ていると思わず止めに入りたくなるほど、自身を痛みつけるかのように擦りあげる。

「服、ここに置いとくね」

 背後のカーテン越しに、タミヤの明るい声が届く。

 はたと、綾の動きが止まった。

「…ありがとうございます」

 小さく礼を言ったがタミヤは去らず、問うてくる。

「どうだい? 背中、流そうか?」

「いい……」

 思わぬ申し出を、綾は断ろうとしたが、考えた。

 …背中も満遍無く洗いたい…

「…お願い、します」

「はいよ」

 了解を得、何の気兼ねもなくタミヤが入ってきた。嬉しそうに腕捲りし、綾からタワシを受け取る。

「若いから、肌が綺麗だね」

 作業を始めてすぐ、そんな事を口にした。

 綾の肌は程好く小麦色に色付き、非常に健康的だ。吹き出物も一切なく、他人たびとが羨むくらい目を惹く。

「だいぶ落ち着いたかい?」

「え?」

 気遣わしげな声音に、綾は首を捻った。

「魔物に襲われたんだろう?」

「……」

 そうだ、魔物に襲われたのだ。綾には、雪崩に呑まれた後の記憶がない。しかし、皆が──正確には、玉幽とレスターだろうが──言うのだから、そういう事なのだろう。

「怖かっただろう? 怪我がなくて何よりだね。玉幽さんとレスターさんのお蔭だ」

 あの二人が守人となってから安心できるようになったと、タミヤが、他の者達も、二人を称える。

「他の守人だって頼りになるけど、あの二人は格別だよ」

 後ろにいるタミヤの顔は見えないが、たぶん微笑んでいるのだろうと綾は思った。

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