4:敵か味方か
身体が重い……
雪がこれ程に重たいとは…
触れれば柔らかく溶けてしまう結晶が…
修学旅行に雪崩に遭うとは、似合いの終焉だな……
………………
それにしても、臭い…何だ?
…これは、血の臭い?
何故…どこか、怪我をしたのか
雪崩に呑まれたものな…
………………
いや…違う…
身体が揺れている…?
この揺れは…誰かに、担がれているのか?
だが、これは…何だ!?
頭から血を浴びたような…!!
意識を取り戻した綾は、勢いをつけて身体を起こした。
「うわっ!?」
当然、綾を担いでいた男はバランスを崩す。が、すぐさま両足を踏ん張った。
顔を上げた綾は、もう一人の男と目が合う。中華風の衣装が目を引く。
(これは…?)
異常事態だと判断した綾の行動は迅い。
自分を担ぐ男の胸に両足を回し絡め、大きくのけ反った。大地に突いた両の手に力を込め、力のままに男を持ち投げる。男を背中から地面に叩きつけた。
「──っ」
男は息を詰まらせる。
そうして駆け出し、もう一人の男目掛けて突進した。
「!!」
体当りをかまそうとしたのだが、スキーブーツのせいで体勢を崩してしまう。
前のめりに倒れる綾の目と鼻の先には、男の腕が迫っていた。
「っ!」
咽喉を引っ掛けられ、今度は綾が地面に叩きつけられる。
背中を強打し、息が詰まった。上から咽喉を押さえられたため、呼吸がさらに困難となる。
「大丈夫か?」
綾を捕らえる男は、魔物の血に塗れた綾から目を離さぬまま、仲間に尋ねた。
「げほっ…大丈夫だ。あ〜、ビックリしたァ」
暗く霞み始めた視界の外で、綾は自分が投げ飛ばした男の声を耳にする。
反撃しようと、男の腕を握り締めた。綾の力は尋常でない。腕一本くらい簡単にへし折れる…はずが、この時は何故かどうにもならなかった。
(な、何故…? こういう時にこそ、力が有るべきだろう…!)
綾は悔しげに歯を食いしばる。
「………」
男は、碧玉の瞳で綾を見据えた。
空いている手で、綾の両目を覆う。
綾の全身に緊張が走った。
「…落ち着け。俺たちは、敵ではない」
静かに降りてきた声は、ゆっくり、深く、綾の中へ浸透し、緊張を解していく。
綾が暴れ出さないのを確認し、男は綾を解放する。綾に掴まれた腕には、指の痕がくっきり残っていた。
「連れていっても、平気か?」
「ああ…」
仲間の問いに、少し考える様子で返事をする。
綾は仰向けになったまま、聳える樹木を眺めた。
(ここは、どこだ…?)
ガバリと半身を起こし、動きを鈍らせた原因のスキーブーツを脱ぎ捨てた。
(最悪だ。何なのだ、この血は…私の血ではない)
自身に怪我はない。鼻をつく異臭に、綾は柳眉を険しくさせる。
(何があった…?)
どす黒い血に染まったスキーウエアにも手を掛けた。下に着込んでいたトレーナーも何もかもが血黒く汚れている。
肌に張り付いて気持ちが悪い。綾は舌打ちした。
「おーい、女、立てるか?」
振り返ると、白金の髪をした男が綾を呼んでいる。
「いつまでも、その恰好は嫌だろ? この先にある国に連れて行ってやる」
それを聞くと、綾はすぐに着替えたくなった。身体を洗いたい。
ここがどこだという問題は後回しだ。
とにかく、全身の血を洗い流したい。