3:出会いは宿命(さだめ)
樹々の合間を仰ぐと、雲一つない空が清々しく広がっている。
と、不吉な影が旋回した。
巨大な翼が翻り、褐色の毛が風に靡いている。鋭い嘴は、何を襲ったのか血に濡れ、禍々しかった。体長が二メートル強の、酉の魔物である。
空中で円を描く酉に、そっと矢先が定められた。
的を見極めた瞬間、力強く引かれた弦が放たれる。
鋭く空を切り、矢が疾った。
矢は的に、酉の左目に、突き立つ。
酉が咆哮し、降下を始める。矢を放った敵を、片目だけで探そうとしていた。
刹那、ひとつの影が樹々を伝い、酉の眼前に躍り出す。湾曲した刃を前に翳した。
酉は嘴を大きく開き、吼え、攻撃態勢に入る。
影は薄く笑い、突進してくる酉を流し、横腹に刃を這わせた。
どす黒い血が、大地に注ぐ。
バリバリバリ──ドウゥン…!
酉は大地に衝突し、もがき、羽ばたき、のたうった。その都度、どす黒い血が溢れ出す。
へし折れた枝々が落ちる中、影が音もなく着地した。
憎悪に滾る右目で、近付く死の刃を睨む。
「さよーなら」
絶えぬ微笑…陽気に振り下ろされた刃は、酉の頭を胴から斬り離した。
それは、白金の巻き毛をした美々しい青年である。色が白く、紫水晶の瞳を愉しげに歪ませていた。
「魔物が増えた」
「そーだねぇ」
刃の血を払い、隣に降りてきた青年に答える。酉の片目を奪ったのは彼だ。新緑色の長い髪を、ひとつに結い上げている。
「ま、守人としては、収入が増えていいサ」
「レスター…」
青年は、仲間の言葉に眉を寄せた。
「商売、商売♪」
フフン、と、鼻を鳴らしたレスターは、今倒した酉を覗き込む。頸と腹からはまだ、鼓動に合わせ血が流れ出していた。
「玉幽!」
「何だ?」
「見てみ、コレ」
怪訝な表情を見せる玉幽を、レスターは引っ張る。
「何を…?」
「ホラぁ」
指差すレスター。
「え…」
玉幽は眉を寄せた。
酉の裂けた腹からは、臓腑とは別の何かが漏れている……
「…人間の、腕?」
「みたいだな」
と、レスターが屈み、その腕を掴んだ。
「…生きていると思うのか?」
「モノは試しだ、玉幽」
上唇をペロリと舐める。
ズ、ズルズル……ズ…
玉幽は我が目を疑った。
魔物の腹から引き摺り出されたのは、ゴワゴワの見慣れぬ衣装を着た、年頃の娘。特に外傷はなく、安らかに眠っているように見えた。
「これは、一体…」
レスターが、娘の頸に手を伸ばし、脈を確かめる。
「まだ生きてる」
振り返り、片眉を上げた。
「言った通りだったろ? モノは試しだって」
「そうだな…」
「にしても、魔物に喰われて、よく平気でいたなァ」
レスターが感心し、玉幽も頷く。
「で?」
「え?」
「ここに置いとくワケには、いかないよな」
「ああ…」
レスターは首を傾ぎ、玉幽を見上げた。
「連れて行く?」
「そうしよう」
「ま、どのみち連れて行かないと、守人の評判が悪くなるよな。生存者を見捨てたってサ」
ケケケ、と、嗤う。
「面倒臭い。俺は愉しみたいだけなんだ。で、金も欲しい♪ たくさんあって、困るもんじゃないしねェ」
「………」
玉幽は返す言葉もなく、息を吐いた。
「あれもこれもバカ買いするのが、夢なんだ。愉しそうだろ?」
とても幼い表情を垣間見せたレスター。次の瞬間には、娘に視線を戻している。
「さて、と」
衣服が汚れるのも構わず、全身魔物の血に濡れた娘を肩に担いだ。
「おっこいせと…さ、行こう」
「俺が担ごうか?」
「いや、玉幽の服が勿体ない。俺のはボロだからいいけどサ」
「あまり変わらない。俺だって、ボロだ」
「ま、ここは俺に任せとけって」
レスターはニハッと白い歯を見せる。
「…判った」
玉幽は、レスターに敵わない。彼には口汚ないところもあるが、それでも嫌いになることはなかった。
しかし、腹が立つことはあるが……