2:日常は、一瞬にして…
白銀の世界。
スキーウエアに身を包んだ人達が大勢いる。
ゼッケンをつけた少年少女は修学旅行生だ。
雪山は更に賑わっていた。
綾はニット帽を目深まで被り、人並みの景色を味わう。
人々の顔を眺めていると、出発の朝の母を思い出した。少しの間だけれども、綾がいなくなる安堵の表情。わざわざ見送りまでして、嬉しそうだった。
『い、いってらっしゃい。気をつけてね…』
ぎこちない笑みを見せる母。
…何か、あってほしいのだろう?
綾は何も言わず、冷たい視線だけを返して家を出た。
「ねぇ、明日の自由時間、どこ行くの?」
綾のすぐ近くで、女子五・六人が楽しそうな声を上げている。
「…いいよね、ユカたちは」
「え?」
「あたしたちの班、荒井がいるんだよ」
「ね、楽しめないよね…」
「ちょっと、聞こえるよ」
一人が低声に注意した。
「だいたい、どうして来たの?」
だが、綾と同じ班の女子がつんと声を張り、聞こえよがしに言う。
「そうよ。いっつも独りで、何にも参加しようとしないのに」
「人間と同じことをしたかったんじゃない? ほら、荒井って、バケモノみたいに力が強いから…」
「何人か殺しかけたんでしょ?」
「どうして? どうして、そんなのが同じ学校にいるの? コワイ…」
シャッと、綾は滑り出した。
(自宅から、近かったからだ)
一番下まで来て、停止。ストックを握る手を見下ろす。
(…一体、何人を殺しかけたろうか。多すぎて、忘れた)
けれど、それは力の制御が上手くできなかった幼い頃の話。最近では、そんな事はない。
綾はリフトに乗り、頂上を目指した。
両親も殺しかけたことがある。物はたくさん壊した。
「…私は、何故存在する? 誰が必要とする訳でもない。
私が望んだ力ではない!」
ギュッと唇を噛む綾。力を入れすぎて、ストックを折ってしまうところだった。
上級者コースを滑り始めてすぐ、綾は大きくコースを外れ、森の奥へ進んだ。
ただ、確かめたかったのかもしれない──自分の存在価値を。
もうずっと、仕舞い込んだままの想いがある。
「──私は、独りでもいい」
きつく眉を寄せ、木々の合間を縫い、ひたすら滑り続けた。
想いが溢れ出す。
「だがっ…だが、誰か! 誰か、私を必要としてくれ!!」
咽喉がはち切れんばかりに叫んだ。
切ない想いが谺する。
大地が震えた。
振り返ると、大量の雪が迫ってくる。
いくら、綾がバケモノだと言われていても、自然には勝てない。
空が反転し……
「───」
綾は瞠目した。
空には……
意識が闇に落ちる。