13:霧に抱かれて
綾は背後の、大地を踏み締める音に反転する。
最初の申が意識を取り戻し、綾の前に立ちはだかった。申の昏い眼光には、怒気が燃え盛っている。
「まだ、愉しませてくれるのか?」
綾は唇だけで微笑み、躯を低く屈めて地を蹴った。が、ハッと急停止する。
細いモノが風を切る音を聞いたと思うと、申の右眸を矢が突き貫いた。
「オ、ォオオォォォ───!!!!」
申が唾を飛ばしてのたうち、我を忘れたように腕を振り回す。近くにいた綾は、巻き添えを食うまいと素早く後退した。
玉幽は左に佩刀していた剣を鞘から抜き、暴れる申との間合いを詰める。キラリと刀身を翻し、申の首を落とした。
切断面から大量の血が流れ出し、玉幽の爪先に迫る。玉幽はさっと離れ、もう一体の、頭の潰れた申を一瞥した。と、土埃に塗れた脳髄の中に、絳い煌きを見る。
「?」
見間違いだろうかと、目を擦る玉幽。もう一度凝らして見ると、確かに絳い煌きが存在していた。
「何だ……?」
玉幽は上体を傾け、煌きに手を伸ばす。指先に摘んだそれは、絳い宝石が砕けた時の欠片のような物だった。
小さく尖った絳い欠片。
「……何だろう……」
緩い月光に翳すと、絳い輝きが血の流れを連想させた。
「玉幽! 二人とも生きてる」
レスターが手を挙げ、合図を送る。玉幽はパッと拾った物を衣服の中へ仕舞った。
「手伝ってくれ」
玉幽は綾をチラとも見ず、四十代頃の男の傍らに膝をつき、男の腕をとって自分の首に回す。男が呻いたので、極力痛めた身体に障らないようにして立つ。レスターも同じくして、若い男を支えた。
綾は未だ、どろりどろりと血が溢れる申の頸を見つめていた。眼裏には白刃の流れが浮かんでは消え、浮かんでは消える。
「おい」
いつまでも動こうとしない娘に、レスターは声を掛けた。娘に興味を示していたはずの玉幽が無視して行こうとするので、仕方なくではある。しかし、声には有無を言わせぬ力強さが籠められていた。
「アンタも戻るんだよ。いいね?」
ギラギラとした紫水晶の双眸に、綾は従わざるを得ない。反抗という行為を、空恐ろしく感じさせた。
綾はぎゅっと拳を握り、樹海の中の国に戻る。
「まったく、何が気に入らないんだか……」
連いてくる娘の気配を捉えながら、レスターは呆れたように呟き、先を行く玉幽の、新緑色の髪を見た。