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12:穢れたチカラ

 東の門は開放されていたが、詰め所にはラカスと守人であろう男二人が雑談している様子だった。

 綾は歯噛みする。

 彼らは、連れもない娘が門を通過することを許可しないだろう。

 一瞬の隙を突くしかない。

 綾がいる位置から門までは隠れる場所もなく、開けていた。一度建物の陰から出ると、後戻りはできない。機会は一度だけ、彼らが門から気を逸らす一瞬……これをしくじると、別のルートを探さなければないらないのだ。そうなれば、人目につきやすい上、時間がかかる。綾はタミヤに嘘をついているため、できれば早く立ち去りたいと思っていた。

 一体どれくらい待てばいいのか……綾は浅く呼吸し、逸る気持ちを堪える。

 しかし、それ程待つ必要はなく、彼らが詰め所の奥へ見えなくなった。

 今しかないと思った時には、門へ向かって真っ直ぐ飛び出していた。体勢を低くし、門までの距離を詰めていく。途中、詰め所へ視線を投げた。ラカスたちは壁に掛かっている絵画らしき物を見るために引っ込んだようである。

 と、視線を感じたのか、守人の一人が振り返った。しかと目が合ってしまう。

 しまった、と、眉を(しか)めた綾だが、走るのを止める訳にはいかず、門を抜けた。

「待て、女!」

 守人たちは慌ただしく詰め所を出、綾の後を追う。

「戻れ! 樹海を一人で行くつもりか!?」

 止まる気配のない綾を怪訝に思い、四十代頃の守人が問い質した。視線が合った方だ。

 さらに後ろから、三十代頃の若い守人も無謀だと説明する。

「とても無理です! 慣れぬ者ではすぐに方向を見失ってしまいます!」

「止まれ!」

 樹海に慣れ、守人を務めているだけあって、決して遅くはない綾に追いつく。その肩を掴もうと手を伸ばす。

「ぐ、ぇっ」

 瞬間、蛙が潰れたような声を発し、綾の左肩を掠めて飛んでいった。男は数メートル先の樹木に衝突し、ずるずると地面に倒れ伏す。

「なっ!?」

 動かない男に、息を呑む若い男に、瞠目する綾。

「──(さる)か!!」

 若い男は、仲間が吹き飛ばされた原因を見据え、吐き捨てた。綾も左を振り返り、守人の言う「申」を見る。

 それはまさしくサルであった。体躯は人間の倍もあり、くすんだ灰褐色の毛並みをしている。剥き出しの牙は鋭く黄色い。

「魔物……これが」

 綾は昂揚的な呟きを洩らし、異形の存在を仰ぎ見ていた。

「ぐっ!!」

 と、鈍い音と声と共に、若い男も吹き飛んだ。ゴウッと地面の上を飛び、盛り上がった樹木の根にぶつかり、人形のようになって転がり、止まる。

 申の魔物がもう一体、綾の後ろに現れた。

 最初の申が、男たちと同様に綾を張り飛ばそうと右腕を振りかぶる。

 風を切って振り下ろされてきた巨大な手を、綾は軽々と躱し、あろうことか申の肩に飛び乗った。もう一体の申が拳を突き出してきたので、宙で一回転し、着地する。申の拳は、仲間の申にぶち当たり、意識を奪ってしまった。

 申は怒りに咆える。

「ニン、ゲン──!!」

 地を震わすような咆哮だった。

 綾は左足を引いて構え、踏み込んだ。綾を握り潰そうと下ろされくる申の両手の隙をスルリと潜り抜け、申の胸へ滑り込む。目の前の鳩尾辺りに貫手を刺した。

 しかし、それはただの貫手ではなく、申の腹肉を突き破る強烈なものであった。

 綾はおぞましい微笑を口許に閃かせ、申が苦痛に咆えるのを聞く。それらは皮肉にも、年頃の少女の美貌を際立たせる要素となった。

 申の腹中に腕を突っ込んだ綾は、内臓を掻き回し、手近の臓腑を引っ張り出す。

 申が綾を引き剥がすために両腕を動かしたが、綾は引き摺り出した臓腑を右手に持ったまま、さっさと後退していた。

 申はよろめき、腹を押さえる。

 綾は左の、黒真珠の瞳で冷ややかに眺めた。口端がグイと上がり、冷笑が溢れる。渇いた笑声を立てた。

「魔物にも苦痛があるのか!」

 申の魔物は綾を睨み据え、一歩後退る。綾の異様な気迫に気圧されていたのであった。

「怖れるか。たかが人間を……!」

 綾が持つ力は、世の中に受け入れてもらえない。人間など、いとも容易く殺めてしまえる。周囲の人々は綾を恐れ、関係を持とうとはしなかった。例え、綾が善意を働こうとも、感謝はただ一瞬のこと。半秒後には、その力が自分に向いて来やしないかと慮するのだ。

 綾もまた、脆い人間を疎ましく思い、独りを心掛けていた。心掛けるべくもない。孤独はすぐに訪れ、住み着いてしまった。

「ワレラヲ、グロウス、ルカアァァア!!!!」

 申が喚き散らし、足を踏み鳴らす。臓腑を放した綾は疾風となって地面を走り、申の左側に並んだ。次いで、側宙で蹴りを叩き込む。蹴りは申の側頭部に命中した。

 申は体勢を崩し、右手を地面に(つか)えた。申の頭が、綾の胸元まで下がる。綾は着地した瞬間また跳躍した。(クウ)で一転、申の後頭部へ踵を落とす。

 凄まじい力で振り落とされた踵は申の頭をかち割り、脳髄をぶちまいた。頭を失くした申の巨躯はビクビクと痙攣し、停まる。どす黒い血が悪臭を放ち、大地に染みた。綾の右腕からも血が滴る。

 綾の顔からは一切の感情が消え、空虚な風が吹き抜けた。


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