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11/16

11:それぞれ

 夕刻、玉幽とレスターは務めを交替し、休息を摂るため宿へ戻った。

 ラルム国には東西南北に門があり、それぞれに守人が配置している。門の近くには、守人のための宿が設けられており、玉幽らはそこの宛がわれた部屋で仮眠する。

 空が青紫に染まり始めた頃、玉幽は弓と剣を装備したまま宿を出た。レスターも玉幽に連いていく。

 人々の波の中、二人に向けて様々な声が飛び交った。

「ああ、東の守人さん。いつもありがとうございます」と、老女。

「ご苦労さん、お若いの」と、五十代頃の男。

「守人さんが居てくれるお蔭で、いつも安心して暮らせます」と、少女。

「いつも助かるよ! どうだい? 特別に安くしておくよ!」と、商売を忘れない果物屋の女。

 玉幽は無愛想だが、レスターは笑顔で手を振り応えていた。

「もっと愛想よくしてやれよ。みんな好意を持ってくれてるんだから」

 愛嬌を振り撒きながら、玉幽をからかう。玉幽は無言のまま歩き続けた。

「ま、自分が戦ってるワケじゃないから、みんな、こんな風にしてられるんだけどねぇ」

 冷笑を、紫水晶の瞳に浮かべ、平和と呼ばれる生活を営む人々を観察する。白金の巻き毛を揺らし、皮肉たっぷりに肩を(そび)やかした。

 レスターは魔物との戦闘を愉しんでいるくせに、守られて安穏と暮らしている人々にはどこか冷たい。もちろん、それを表に出すことは滅多にないが。

 英雄になりたいのではない、なりたくもない。その辺は、玉幽も同感だった。それだけの力があるから、やれるだけのことをするのである。彼とは五年ほどの付き合いもあり、そういう内面を目にするのも悪くない。ただ、対処が苦手で、少々辟易もしていた。

「で? あの娘に会ってどうするんだい? 珍しいよねぇ、玉幽が女に興味を示すなんてのは」

「……別に。気になるだけだ……いけないのか?」

 玉幽のむっつりした子供っぽい口調に、レスターは唇を歪める。

「いいや。誰も悪いとは言っていない。面白そうだ……それに……」

 一旦言葉を切り、奇妙な光を双眸に閃かせた。

「憶えているか? あの酉の魔物、まだ子供だ。体長も人間より一回り大きいくらいだった」

 先の戦闘での酉は、翼を広げた姿は大きいものの、体躯(カラダ)自体は人間と大して変わらないのだ。

「あの娘、怪我ひとつなく、丸呑みされたみたいだったろ? 変じゃないか? いくら魔物でも、口が裂けちまうだろ」

 獲物が大きければ、喰い千切るのではないだろうか。万一に丸呑みできたとしても、無傷で済むはずがない。

 それに、あの握力。玉幽の腕には、娘の細い指の痕がまだ残っている。

「あの娘は、いろいろと不可解な点があるねぇ」

 真面目な話をしているはずだが、レスターは現在の状況を愉しんでいるようにしか見えない。玉幽は息を吐き、あの娘が気になる理由を考えた。レスターに尋ねられた時、すぐに答えられなかったから。力のこともあるし、レスターの言う事もあるのだが、それ以外に心にかかるものがあった。けれど、それが何かは判然とせず、ただ漠然と気持ちが惹かれるのだ。

「ま、会えば何か判るだろ」

 それきり二人は口を閉ざし、レスターは相変わらず上辺だけの愛想で人々に応えた。

 やがて、ラカスとタミヤの家に到着し、扉を敲く。一拍置き、扉が押し開かれた。中からタミヤの快濶な顔が出てくる。

「あら、お二人さん。どうしたんだい?」

 玉幽とレスターを前にしたタミヤはキョトンとした後、すぐに微笑んだ。

「娘の様子はどうです?」

 レスターが仰々しくお辞儀をし、尋ねる。タミヤは「え?」と片眉を上げた。

「会わなかったのかい? あの子なら、ついさっき出立したよ。故郷に帰るって……ちょうど、旅に出る人を見つけたって言ってたよ」

「え?」

 玉幽とレスターは驚き、互いの顔を見交わす。レスターはニヤリと口許を歪めた。

「やってくれるね、あの女」

 レスターが小声で零した直後、人々が走り惑い、騒ぎ始めた。一人の男が玉幽とレスターを認めて、悲鳴に近い大声を上げる。

「ああ、守人様! 東の門に魔物が!」

「申だ!」

 人々の波間から、怖気た声が上がった。

「守人は!?」

 眉を顰めた玉幽の傍らで、レスターが状況確認を急ぐ。

「やられたみたいです! それで、ああ、娘が襲われているようです!」

 レスターは忌ま忌ましげに舌打ちし、

「あの女か!」

 駆け出した玉幽に続き、東の門を目指した。

 押し寄せる人々の合間を縫い、二人は疾風の如く走る。レスターは元々小柄なため、モノの隙間を行く動作は易い事だった。一方、玉幽もレスターより頭一つ大きいが、レスターと同様に苦ではないようである。

 あっという間に東の門に着き、見ると門はほとんど閉ざされかけており、人々が蜘蛛の子を散らすように退避していた。

 人一人がやっと通れる幅を玉幽、レスターと潜り抜け、樹海に足を踏み入れて初めて微々とした事柄を目にする。

 玉幽とレスターと交替で入った守人の二人は、遠くに倒れて動かない。そして、申の魔物は一体が地に伏し、もう一体があの娘と対峙していた。

「二人を!」

「了解」

 レスターは先に疾走し、申と娘の脇をすり抜けて、負傷している守人の元へ急いだ。

 足を止めた玉幽は、矢筒から矢を一本掴み、弓に番えた。

 狙いは、申の眸。ひたと的を定める。


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