紅焔
「ん!?」
草木も眠る丑三つ時。いきなり月がそのまま落ちてきたかのような轟音。俺は突如跳ね起きる。
すぐ横を見た。桃太郎がいない。瞬間的に嫌な予感が頭をよぎる。
俺はこげ茶色のわら布団をそこら辺にすっ飛ばし、急いで小屋の戸をくぐる。
すぐ眼前に広がるカラフルなお花畑。なんてロマンチックなんだ。
あれ、小屋の前にお花畑なんてあったけな?
まだ頭が半分寝ぼけているみたい。俺は軽く目をこすり、もう一度お花畑をよく見る。
赤、青、黄色。
やっぱりカラフルなお花畑だ。
お花畑はどんどん近づいてくる。そうかこれは夢なのか。あーお花畑が動いている。俺の中にもこんな夢見るほどのロマンチックさが残っていたとはな、驚きだ。
「どけ!」
わらじが俺の顔面にドストライク。俺の前の世界が回りだす。ぐるぐる。ぐるぐる。ぐるぐる。ぐるぐる。ぐるぐる。ぐるぐる。ぐるぐるぐるぐる……ぴたり。
世界はようやく動きを止める。
顔が痛い……
体中についた泥を落とし、なんとか立ち上がる。
先ほどの一撃で完全に目が覚めた。綺麗なお花畑の招待はやはり鬼。
そして今にも襲いかかろうとする彼らの前に、俺の顔面を堂々とドロップキックを食らわした女、桃太郎が立ちふさがる。
「貴様らは『鍵』を何に使うつもりだ?」
桃太郎は地球全体に語りかけるように優しく、そして宇宙そのものに怒るように強く、彼らに疑問を持ちかける。
「我らは『鍵』の力を使い、この世界を手に入れようと存じようぞ」
彼らのうちの1人。明らかに他とは別格の男。普通の鬼とは肌の色すら違う。正常な人間と酷似した肌色をしている。その肌を隠すように着込んだ茶色の和服が一際異彩を放つ。
つーか『鍵』ってなんだよ。
「そのような支配欲むき出しの理由をこの桃太郎が認めるとでも?」
彼女の顔は少しこわばる。恐ろしい形相。全身に力が入ったことが遠くからでも確認できる。
「そのようなことは100も承知の上。我が名は鬼ヶ島第三の角、雷鬼。力づくで『鍵』を手に入れ存じような」
俺のことは見向きもせずに、臨戦態勢に入る。
「ちょっと待って下さい。俺にも事情を……」
「事情?そんなのを説明できる状況だと思うか?」
確かにその通りだった。彼女が言い終える前に彼らは動き始めていた。無数の炎、無数の雷、無数の水球、無数の氷が宙を飛び交う。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
(なんだよ。鬼って金棒を振り回してるだけじゃないのかよ)
俺はそれらをなんとかかわす。彼らの戦闘と俺の知っている鬼の戦闘との間には、10億光年くらい差があるようだ。魔法みたいなのをガンガン撃ち合い、金棒なんて1人も持ち合わせていない。
「偉大なる緑よ。湧き上がれ」
乱戦の中、桃太郎は剣を高く振り上げる。
すると、剣の動きに同調して、大地から無限の棘。
彼らの大多数を締め上げ、投げ捨てる……ってこいつも魔法使うのかよ。
彼らのほとんどは動揺し、防御に徹する。しかし、雷鬼だけはまったく動じない。軽く目を閉じ、手にした薙刀を天に掲げる。
「我が手に力を」
彼が一言そう呟くと、天の星々は消え、風は止み、大地は激しく揺れ、雷が落ちる。そして、すべての雷は途上で向きを変え、薙刀へと集まる。台風と見間違えるほどの大きな雷の渦が薙刀を包み込む。
「そなたの命、消して存じようぞ」
彼は天高く舞い上がった。薙刀の雷を利用し、空中にとどまっている。
「喰らえ」
薙刀の矛先は彼女に向けられ、無数の落雷が襲う。しかし、彼女はそれをひらりとかわす。
「残念だったと存じる」
彼は背後から姿を現す。
雷は彼女に近づくための囮だったのだ。
防御が間に合うタイミングではない。刃が彼女に向けて振り下ろされる。
「偉大なる緑よ。我が身を守れ!」
彼女は当たる直前で大声を張り上げる。無数の棘は彼女を刃からかばう。
「甘い。鬼殺しの帝王。我が手に今一度の力を」
彼はすかさず再び天に薙刀をかざす。前のとは比にならないほどの巨大な電気の塊が、異常なスピードで薙刀に集う。
「そのもろい盾と共に殲滅と存じよう」
塊は途端に放たれ、棘の盾はすぐに貫かれる。
彼女は何とか抜け出し、逃げ回る。
「終焉と存じよう」
彼は再び雷を放つ。それは的確に彼女の背中を貫く。彼女はその場で崩れ落ちた。
「何か遺言はないかと存じようぞ」
彼は倒れ込む彼女を見下ろす。唖然。俺は金縛りにあっていた。彼はそれほどまでに圧倒的だった。
「……くそ猿……団子だ……団子を食べろ……早く」
「え……?」
突然話を振られ、俺はおもわず感嘆の声を漏らす。
俺には他にどうすることもできない。生き残るために俺は走った。吉備団子は小屋の中にある。
彼女にも何か考えがあるはずだ。俺は彼女を信じ、その可能性に賭けることにした。
「逃がさないと存じようぞ!」
彼が俺に気付き、雷が天より無数に迫る。しかし、俺はそんなの目にも止めない。とにかくがむしゃらに走る。しくじったらどうせ死ぬんだ。なら俺は死ぬ気で走る。
ようやくたどり着いた。団子を探す。
白い袋、白い袋、白い袋……
気持ちの焦りで、なかなか見つからない。焦りはさらなる焦りを招き、目の前を見えなくさせる。
「小屋ごと燃やし存じよう」
外から不穏な言葉が響く。小屋ごと燃やされたら、元も子もない。急がなければ。
「喰らえ」
「あった……!」
俺はようやく見つけた団子を口の中に1つ放り込んだ。同時に辺りは煙と爆音に包まれる。
身体が焔に囲まれているように熱い……爆発の熱なんかではなく、もっと違う。内側から湧き出てくるような感じ。
腕を見る……紅い。足を見る……紅い。目の前も紅い。
俺の身体から勇気と紅い焔があふれ出していた。