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声━ONCE UPON A TIME  作者: 室町弥生
出会い編
2/3

違い

 …………茜…………

 俺は唇を噛みしめ、目の前の高飛車な少女を見つめた。彼女は地べたに座り、血まみれとなった日本刀の手入れをしている。

 その名は桃太郎。これは俺ではない。彼女の本名だ。

 俺は知らないうちに彼女の家来になったっぽい。そしていつの間にか俺の手の中にあった、袋に入ったこの白い団子(通称・吉備団子)こそ、彼女の家来の証……らしい。

 「じろじろ見るな、このくそ猿! 気持ち悪いぞ!」

 「痛っ」

 真正面から無数の石と罵声が飛んでくる。俺は慌てて目をそらす。いつ日本刀が飛んでくるかわからない。

 『くそ猿』ってのは俺のことで、何故か俺は昔話の桃太郎でいう猿的ポジションにいる。


 彼女と一緒にいると少し複雑な気分に襲われる。茜とまったく同じ顔の人間が自分の意思で動いているからだ。

 しかし、俺はそれを正直に受け止め、素直に喜べるほど、単純な人間じゃない。

 見かけこそ瓜二つでも、茜と彼女が完璧に重なることなどありえない。

 茜は茜であり、彼女は彼女なのである。それは永遠に変わりのない事実。


 気が付けば、かなりの時が過ぎていた。桃太郎は手入れを終え、立ち上がる。

 「そろそろ、行くぞ」

 「はい……」

 俺は素っ気ない返事をする。まだどこか気持ちが前に向いていない。

 何度も心に言い聞かす。

 (今は今だ……しっかりしろ俺)

 俺の心はなかなか頑固者だ。頭では理解しているはずなのに、心は全然理解しようとしない。

 ずっと片隅で茜のことを考えている。無理やりにでも2人を重ねようとしている。

 「大丈夫か?」

 「あ……はい」

 桃太郎の声で俺は目覚め、自分の過ちに気付く。

 俺の瞳に映る、青い和服を窮屈なく着こなす、この少女は茜ではない。

 そう結論をだし、彼女の後を歩き始める。切り替えが早いのも俺の長所だ。


 俺達は何もない道をひたすら歩く。三蔵法師御一行様の辛さを身を持って味わった気がする。

 「今夜はあそこで休むことにする」

 目がかすんでよく見えない。しかし、桃太郎が指さした先には確かに何かがある。

 太陽はだいぶ西に傾き、辺りはもう朱色の世界。この辺の定義は元の世界と変わらないらしい。

 俺達は急ぎ足でそこへ向かい、歩き始める。


 やはりそこは小さな村だった。

 わらでできたボロッちい家がたくさんある。だが、そんな村でも今の俺には魅惑のオアシスに見えた。


 俺達は『雉ヶ谷村(きじがやむら)』と書かれた看板を過ぎ、村へと足を踏み入れる。


 「早く寝床を探さぬとな」

 「そうですね」

 風が強く、かなり寒い。早くしないと凍え死んでしまう。

 俺達は村の中を野良猫みたいにぶらぶら歩く。

 やったー!飯が食べれる。椅子に座れる。ベッドに寝られる。

 俺は寒さや疲れなどはすっかり忘れて、喜びに胸を躍らせていた。

 まるで楽園、いや天国にまで来たような気分だ。


 「すまんのう。景気が悪いもんで、こんな部屋しか用意できなくて。ま、ゆっくりしていってくださいな」

 前言撤回。

 やはりここはオアシスでも楽園だも、ましてや天国でもなかった。

 気のよさそうなおじさんから用意された部屋は、狭い豚小屋+αっていう有り様である。酷いにもほどがありすぎる。

 「なかなかよいところが空いておったな」

 桃太郎は真顔で言う。正気ですか、あなたは?

 辺りを見回す。わら、わら、わら、以上。

 「ここのどこがマシなのですか?」

 「全てだ。嫌なら外で凍え死ぬが良い」

 彼女は本気だ。仕方がない、今日はここで寝ることにしよう。凍え死ぬのはごめんだからな。


 「あとくそ猿。寝る前に一言忠告しておくが……寝ている私に一瞬でも触れたら、貴様に明日はないぞ。わかっておるか?」

 「……はい」


 俺達は横になる。せめて彼女の寝顔だけでも、目に焼き付けておきたかった。

 しかし、俺の体には相当の疲労がたまっていたのだろう。俺の意識はすぐに飛んでいってしまった。 

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