違い
…………茜…………
俺は唇を噛みしめ、目の前の高飛車な少女を見つめた。彼女は地べたに座り、血まみれとなった日本刀の手入れをしている。
その名は桃太郎。これは俺ではない。彼女の本名だ。
俺は知らないうちに彼女の家来になったっぽい。そしていつの間にか俺の手の中にあった、袋に入ったこの白い団子(通称・吉備団子)こそ、彼女の家来の証……らしい。
「じろじろ見るな、このくそ猿! 気持ち悪いぞ!」
「痛っ」
真正面から無数の石と罵声が飛んでくる。俺は慌てて目をそらす。いつ日本刀が飛んでくるかわからない。
『くそ猿』ってのは俺のことで、何故か俺は昔話の桃太郎でいう猿的ポジションにいる。
彼女と一緒にいると少し複雑な気分に襲われる。茜とまったく同じ顔の人間が自分の意思で動いているからだ。
しかし、俺はそれを正直に受け止め、素直に喜べるほど、単純な人間じゃない。
見かけこそ瓜二つでも、茜と彼女が完璧に重なることなどありえない。
茜は茜であり、彼女は彼女なのである。それは永遠に変わりのない事実。
気が付けば、かなりの時が過ぎていた。桃太郎は手入れを終え、立ち上がる。
「そろそろ、行くぞ」
「はい……」
俺は素っ気ない返事をする。まだどこか気持ちが前に向いていない。
何度も心に言い聞かす。
(今は今だ……しっかりしろ俺)
俺の心はなかなか頑固者だ。頭では理解しているはずなのに、心は全然理解しようとしない。
ずっと片隅で茜のことを考えている。無理やりにでも2人を重ねようとしている。
「大丈夫か?」
「あ……はい」
桃太郎の声で俺は目覚め、自分の過ちに気付く。
俺の瞳に映る、青い和服を窮屈なく着こなす、この少女は茜ではない。
そう結論をだし、彼女の後を歩き始める。切り替えが早いのも俺の長所だ。
俺達は何もない道をひたすら歩く。三蔵法師御一行様の辛さを身を持って味わった気がする。
「今夜はあそこで休むことにする」
目がかすんでよく見えない。しかし、桃太郎が指さした先には確かに何かがある。
太陽はだいぶ西に傾き、辺りはもう朱色の世界。この辺の定義は元の世界と変わらないらしい。
俺達は急ぎ足でそこへ向かい、歩き始める。
やはりそこは小さな村だった。
わらでできたボロッちい家がたくさんある。だが、そんな村でも今の俺には魅惑のオアシスに見えた。
俺達は『雉ヶ谷村』と書かれた看板を過ぎ、村へと足を踏み入れる。
「早く寝床を探さぬとな」
「そうですね」
風が強く、かなり寒い。早くしないと凍え死んでしまう。
俺達は村の中を野良猫みたいにぶらぶら歩く。
やったー!飯が食べれる。椅子に座れる。ベッドに寝られる。
俺は寒さや疲れなどはすっかり忘れて、喜びに胸を躍らせていた。
まるで楽園、いや天国にまで来たような気分だ。
「すまんのう。景気が悪いもんで、こんな部屋しか用意できなくて。ま、ゆっくりしていってくださいな」
前言撤回。
やはりここはオアシスでも楽園だも、ましてや天国でもなかった。
気のよさそうなおじさんから用意された部屋は、狭い豚小屋+αっていう有り様である。酷いにもほどがありすぎる。
「なかなかよいところが空いておったな」
桃太郎は真顔で言う。正気ですか、あなたは?
辺りを見回す。わら、わら、わら、以上。
「ここのどこがマシなのですか?」
「全てだ。嫌なら外で凍え死ぬが良い」
彼女は本気だ。仕方がない、今日はここで寝ることにしよう。凍え死ぬのはごめんだからな。
「あとくそ猿。寝る前に一言忠告しておくが……寝ている私に一瞬でも触れたら、貴様に明日はないぞ。わかっておるか?」
「……はい」
俺達は横になる。せめて彼女の寝顔だけでも、目に焼き付けておきたかった。
しかし、俺の体には相当の疲労がたまっていたのだろう。俺の意識はすぐに飛んでいってしまった。