面影
Recall
何故こんな状況になっている。
Recall
俺は普通に歩いていただけだ。
Recall
徐々に頭の中に風景が浮かんでくる。確か病院の前。
Recall
あれはだいたい15分前のこと……
日課である妹のお見舞いを終えた帰り道。彼女は今日も優しい寝息をたてながら眠り続けていた。
8年と3ヶ月と12日。それは彼女が眠りについてからの日数。
いつの間にか、その小さな胸は膨らみ始め、その白い顔は大人の女性に近づき始めていた。
しかし、身体がどんなに成長しようとも、彼女の2つの瞳を見れることはなかった。
「…………茜……」
俺はかすかに彼女の名前を呼びながら、まっすぐな黒髪をそっと撫でる。すると、彼女は気持ちよさそうな声を出す。幻聴かもしれないその声は、俺を少し幸せにする。
病室を出て、階段を下った。病院の階段に住む妙な恐怖に追われるままに、俺は外へと出る。
グレーの空を眺め、ひとり天気予報をしていた、ちょうどその時。
『……ちゃん……たす……て……』
どことなく聴こえてくるその声に引き寄せられ、一歩また一歩と自然に足が出る。
そして、気が付いたら、ここにいた。
澄み切った青い空。地平線がはっきりと現れている。どうやら俺は他の場所に飛ばされたらしい
一体ここはどこなのだろうか。
まぁ、とりあえずそんなことはどうでもいい。二の次だ。
それよりも……
(なんで俺は鬼に追われているんですか!)
後ろから迫りくるのは、無数の鬼。
赤鬼、青鬼、黄鬼。あーなんてカラフルで綺麗なんだー……って
「何故だ! 何故なんだ!」
「ごらぁぁぁ! 待ちやがれ!」
「ぎゃあああああああ!」
自分でも驚くほどの大声を出しながら、なにもない一本道をひたすら逃げ惑う。
「ちくしょう。俺が一体何をしたっていうんですか!」
いくら叫んだところで逃げ場は現れないし、鬼は止まらない。とにかく真っ直ぐに走る。足に上手く力が伝わらない。普段からしっかり運動をしておけばよかったと、つくづく思う。
だんだん足の神経に意識が回らなくなってくる。
「しまっ……」
足に激痛が走り、急速に顔と地面が接近する。
終わった。鬼はすでに目前まで迫ってきている。俺は静かに目を閉じた。
……あれ?生きてる?
手が、足が、口がしっかりと動く。
咄嗟に俺は目を開いた。
「目を開けるな!」
「へ……?」
誰かが俺を鬼からかばうように立っている。それは幼い少女のように見えた。
俺は彼女に言われるがままに、再び目を閉じる。
目を閉じた瞬間、無数の悲鳴が聞こえた。そして、すぐに静かになる。
しばらくして、鬼のかすれた声が耳に届く。
「その黒髪に刀……貴様、鬼殺しの帝王……桃太郎か……?」
「さて、何のことでしょうか?」
再びの断末魔と共に辺りは静寂に包まれる。
「もう開いていいぞ」
静けさの中に少女の声がこだます。
恐る恐る目を開くと、そこには無数の鬼の死体と、血まみれの日本刀を手にした少女が立っていた。
俺は彼女を見つめたまま言葉を失い、立ち尽くす。
凛とした彼女の顔には、何故か茜の面影があった。
「伊波陸。貴様をわたしの仲間にしてやる」
少女の気高い声は俺の耳に響いた。しかし、心まで響かない。俺の心は虚ろな気分に支配されている。
俺は俺自身も気付かないまま、静かに頷いていた。