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あなたが「ただの女友達」と呼ぶその方、先ほど私を毒殺しようとしましたが?

掲載日:2026/09/22

あなたが「ただの女友達」と呼ぶその方、先ほど私を毒殺しようとしましたが?


 男爵令嬢ナディアが私の紅茶へ小瓶の中身を落とした瞬間、銀の蓋に映っていた彼女の指が止まった。白い粉は湯気の下へ沈み、蜂蜜色だった茶をわずかに濁らせている。私はカップへ伸ばしかけた右手を引き、代わりにテーブルの呼び鈴を三度鳴らした。


「近衛騎士を。こちらの方が、先ほど私を毒殺しようとしました」


 婚約者のロランドは、口へ運びかけた焼き菓子を皿へ落とした。菓子の表面から砕けた胡桃が転がり、白いクロスに油の染みを作っていく。向かいに座るナディアは空になった小瓶を袖口へ押し込もうとしたが、私はその手首から目を離さなかった。


「何を言っているんだ、ヴィオラ。ナディアがそんなことをするはずがない。こいつは昔からこういう悪戯をする、男友達みたいなものなんだ」


「あなたが『ただの女友達』と呼ぶその方、先ほど私を毒殺しようとしましたが?」


 庭の噴水から落ちる水音が、開け放した窓を通って応接室まで届いた。テーブルには三人分の紅茶と、ナディアが土産だと言って持参した木苺の焼き菓子が並んでいる。彼女はいつもどおり乗馬服を着て、足首まであるドレスを窮屈そうに扱う令嬢たちを笑っていた。


「毒殺だなんて大げさよ。何も飲んでいないじゃない。ちょっと味を変えてあげようとしただけでしょう?」


「では、あなたが入れたものを、この場で飲んでいただきましょう」


 私がカップを押し出すと、ナディアの椅子が床を擦った。彼女の膝がテーブルの脚へ当たり、受け皿の縁で小さな音が鳴る。男勝りを自称する彼女は、狩猟会で猪の血を浴びても笑っていたが、今はカップから一歩でも遠ざかろうとしていた。


「待て、ヴィオラ。そこまで言うなら、まず中身を調べればいい。ナディアに飲ませる必要はないだろう」


「ええ。ですから近衛騎士を呼びました。友人関係の精査より先に、取調室へのご案内が必要なようですわ」


 私は白いナプキンを広げ、カップへかぶせた。毒物がこぼれないよう、受け皿ごと自分の側へ引き寄せる。ロランドはようやく立ち上がったものの、私ではなくナディアを背に隠す位置へ移動した。


「また君の悪い癖だ。少し薬草に詳しいからといって、何でも毒だと決めつける。僕たちの仲を疑って、ナディアを陥れたいだけじゃないのか」


 言い終えた彼の袖から、私が去年贈った金の留め金がのぞいていた。ナディアの乗馬服の襟にも、同じ意匠の小さな留め金が付いている。二人は偶然だと言ったが、ロランド家の紋章を崩した特注品が、偶然二つ作られることはない。


「決めつけてはいません。夜鐘草の根を乾燥させた粉には、湯へ入れた直後だけ青白い膜が浮きます。香りは甘いのに、匙を近づけると金属に似た刺激が鼻へ残る。領地の薬草庫を三年間管理した者として、見間違える余地はございません」


「そんな知識があるから、君自身が入れたのではないか」


「なるほど。では、誰が入れたかも確認いたしましょう」


 私は窓際に置かれた小さな銀盆を指した。磨き上げられた盆は、ナディアの右手と小瓶をはっきり映していた。さらに盆の横には、王立薬学院から借り受けた記録用の魔石が、朝から淡い緑色の光を保っている。


「何よ、あれ。どうして記録用の魔石なんか置いてあるのよ」


「あなたが先月から三度、私のお茶へ手を伸ばしたからです。一度目は砂糖を入れてあげるとおっしゃり、二度目は冷めたから取り替えるとおっしゃった。三度目の今日は、ご自分で菓子と茶葉を持参なさった。私は三度目まで見逃すほど、おおらかではありません」


 扉の外で靴音がそろい、濃紺の制服を着た近衛騎士が四人入ってきた。先頭の騎士は王宮毒物取締局の徽章を示し、ナプキンをかぶせたカップと、床へ落ちた小瓶を別々の革箱へ収めた。ナディアはロランドの上着をつかんだが、彼はその指を外すことも、握り返すこともできずにいた。


「違うの。ほんの少し眠らせる薬だって聞いたのよ。死ぬようなものじゃないわ」


 毒物取締官が小瓶の匂いを確かめ、細い検査紙の先へ残った粉を付着させた。紙は黄色から濃い紫へ変わり、彼はすぐに蓋を閉じる。窓から入る風が焼き菓子の砂糖を乾かし、甘い匂いだけが室内へ残った。


「夜鐘草で間違いありません。成人でも耳かき一杯で心臓が止まります。男爵令嬢、入手先について取調室で伺います」


「ロランド、何とか言ってよ。あなたが、ヴィオラさえいなくなれば私を選べるって言ったんでしょう!」


 ロランドの顔から血の色が引いた。彼は私を見たあと、近衛騎士の腰にある剣へ目を移し、乾いた唇を舐めた。いつもならナディアの肩を抱いて「こいつは口が悪いだけだ」と笑うところだったが、今度は両手を体の横へ貼り付けている。


「そんな意味で言ったんじゃない。婚約が解消されれば、という話だ。殺せなんて一度も言っていない」


「ですが、私が毎週この時刻に木苺の紅茶を飲むことも、薬草庫の鍵を木曜日だけ執事へ預けることも、ナディア様が知っていました。どなたがお教えになったのでしょう」


「それは……雑談だ。友人同士の雑談に決まっている」


「私の生活習慣と屋敷の鍵の管理が、ずいぶん物騒な雑談になりましたこと」


 取締官が合図をすると、別の騎士がナディアの袖から小瓶を押さえていた布を取り出した。さらに彼女の鞄を改めると、ロランドの封蝋が残る手紙が六通見つかった。最後の一通には、『病弱なヴィオラが急死しても誰も疑わない』と、彼自身の筆跡で記されていた。


「比喩だ。結婚を断るための口実を相談していただけだ。僕は公爵家との婚約を勝手に解消できないから、困っていると書いただけで――」


「ご安心ください。たった今、そのお困り事は解消いたしました」


 私は書記机から二部の書類を取り出した。婚約契約には、互いの生命と財産を故意に危険へさらした場合、被害を受けた側が即時に契約を解除できると明記されている。昨日まで空欄だった日付欄へ今日の日付を書き、署名済みの一部をロランドの前へ置いた。


「婚約は解除します。加えて、私の行動予定と屋敷の警備情報を第三者へ漏らした件について、損害賠償を請求いたします。公爵家からロランド家へ供与していた融資と穀物の優先購入権も、契約に従い本日で終了です」


「待ってくれ。父の領地は今年、不作なんだ。君の家からの融資を止められたら、秋の種麦を買えない」


「私が死ねば、公爵家の財産が婚姻後のあなたへ渡る予定でしたものね。生きて契約を解除する私は、さぞご迷惑でしょう」


 騎士に両脇を挟まれたナディアが、扉の前で足を踏ん張った。乗馬靴の踵が絨毯へ深く沈み、持参した鞄から木苺の赤い実が一つ転がり出る。彼女はロランドの名を呼んだが、彼は手紙を奪い返そうとして、別の騎士に腕を押さえられていた。


「私はロランドに騙されたのよ。婚約者とは形だけだって、あなたは冷たい女だから誰も困らないって言われたの!」


「それは取調室でお話しください。毒を買い、運び、私のカップへ入れた手は、ロランド様のものではありません」


 ナディアは何か言い返そうとしたが、取締官に促されて廊下へ連れ出された。ロランドも重要参考人として同行を命じられ、私へ一歩近づこうとしたところを制止された。扉が閉まる直前まで、彼は婚約を解消する権利が私にはないと繰り返していた。


 応接室が静かになると、私は侍女へ新しい茶器を頼んだ。毒の入った茶葉も菓子も証拠品として運ばれたため、テーブルには白い皿と胡桃の欠片だけが残っている。侍女は戸棚から普段使いの青いカップを出し、厨房にあった林檎の焼き菓子を添えてくれた。


「お嬢様、もう紅茶はお嫌ではありませんか」


「いいえ。悪いのは紅茶ではなく、人の婚約者を殺して後釜へ座ろうとした方ですもの」


 新しく淹れた茶は澄んだ琥珀色をしていた。私は銀盆へ映る室内をもう一度確かめてから、カップを口元へ運ぶ。林檎とシナモンの香りが湯気に混じり、先ほどまで鼻に残っていた金属のような刺激を押し流した。


 三日後、ナディアは殺人未遂と禁制毒物の所持で起訴された。ロランドも教唆の疑いに加え、警備情報の漏洩と証拠隠滅未遂で拘束され、彼の父は公爵家へ正式な謝罪状を送ってきた。謝罪状には「若者同士の行き違い」と書かれていたため、私は毒物取締局の検査証明書と損害賠償の請求書を添えて返送した。


 翌週、私は同じ応接室で一人分の紅茶を淹れた。銀盆には私の手と青いカップだけが映り、向かいの席には誰も座っていない。呼び鈴を三度鳴らす必要も、婚約者が何と弁解するかを待つ必要もなかった。


「ただの女友達でしたら、今後は取調室でご自由に友情を育んでくださいませ」


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― 新着の感想 ―
最後の若者同士の行き違いが最高ですね。 ネジが1本ではなく全部外れている方が父親ならこんな子に育っても仕方がない。 だって、ロランドは婚姻後なら確かに財産が手に入ったかもしれないが婚約中に毒殺しては何…
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