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登校初日から天真爛漫な美少女に告白されて、僕がその一親等になった件について  作者: 金森 亮
第二章 一親等のわけ

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8/11

第8話 初めて電話をするということ

 翌16日、今日もまた何の変哲もなく一日を終えて、彼女と帰路についていた。


「ねぇ、響」

「……僕的には響くんのほうが良かったんだけど」

「私的には響のほうがいいわ。それに、いつになったらその「希奈さん」呼びを止めてくれるのかしら……?」

「さぁな。よくて結婚してからじゃないか、知らないけど」

「それなら、今すぐ結婚しましょ。婚姻届と印鑑持ってくるから」

「僕らまだ成人していないんだけど……」


 彼女のボケにツッコむ表情も、先週までの困惑とはだいぶかけ離れたものになっている。この普遍はこの普遍で、また居心地が良かった。なんと言っても、人と言の葉を交わす喜びを噛みしめていたのだ。


『たった一週間でここまで人生が色づくなんて……。そりゃあ、ラプラスの悪魔が否定されるわけだ』



 僕は家に着くと、叔父に一言告げて部屋に籠った。ここからの時間は彼女がいても変わらない、独りの時間を堪能できると思い込んでいた。しかし、それは恋人ができた人間にはもはや無いも同然だった。



 家での僕の日課として、部屋にあるミニ冷蔵庫から缶コーヒーを取り出し、部屋に籠って四時間近く小説に明け暮れるというものがある。わざわざ缶コーヒーを買っているのは、全てパソコンで執筆をしているので、溢したときの被害を最小限に食い止めようという魂胆がある。


 無論、今日もまた一本、缶コーヒーを嗜んではパソコンと正対しようとしていた。


 すると突然スマホのバイブレーションが鳴り響く。どうせ天気予報かなにかだろうと思って目を向けると、彼女からこんなトークが送られていた。


「今週末、どっか行かない?」

「どっかってどこだよ」

「うーん」 「そうね」 「一旦電話してよき?」 「周りに誰もいないならだけど」


『……電話って……あの電話か?』


 電話をするにあたって僕には切実な問題がある。それは人生で一度も他人と電話をしたことがないということだ。

 知っていることと言えば、接頭辞が「もしもし」なことぐらいで、この要望にどう対処するべきか頭を巡らせては巡らせる。


 そして僕は大体二分ぐらい既読無視をしたのち、「分かった」 「いつでもいい」と言ってそのときを待つことにした。


『……やることはやらないと。だって、これでも彼氏になったんだから』



 そうして十七時を少し回った頃、スマホのバイブが何度も鳴り響き、彼女との通話が始まった。


「も、ももももしもし?」

「……第一声がそれってどういうことよ」

「電話に慣れていないんだ。察してくれ」

「じゃあ、私と何回も電話して作法を覚えることね」

「……電話に作法もなにもないだろ」


 少しの間、環境音のノイズだけが流れる。交際初日から電話というのは、やはり話す内容に悩む。すると彼女がこんな一言を捻りだす。


「とりあえず、明日からよろしくね」

「あぁ、よろしくな……まだ、ちょっと荷が重いけど」

「そこは誰にどう見られても堂々とするの。あとは気持ちの問題よ」

「……また根性論か」


 彼女はしばしこんな脳筋なことを言ってくる。一体なにが彼女をこの言動に導いているのか見当もつかない。


「それで早速だけど、デート、響はどこに行きたいのかしら?」

「なんにもこだわりがないな。なんせ、半月前まで彼女ができるなんて微塵も思っていなかったから……」

「それもそうね。それなら、私に一任してもらっちゃっていいかしら?」

「ぜひそうしてくれ。過度に期待はしないでおくから」

「えぇ……寂しいな」

「い、言い方が悪かった。あえて期待値を低く設定しておいたほうが、現実で簡単に期待を超えられるからだって言いたかったんだよ。ごめん……」

「なんだ、良かった……」


『彼女の表情がまるで分からない……。やっぱり、電話って怖いな』


 彼女と出会って一週間と少ししか経過しておらず、彼女の感情表現と言ったら、満面の笑みとちょっとした落胆しか見たことがなかった。身体中に緊張が走ると、僕は変なことを口走ってしまう。


「や、やっぱり顔が見えないって怖いな」

「そう? 私は楽しいんだけどね。響がどんな顔しているのか想像するの」

「希奈さんって本当に社交性の塊だよな。なにがそうさせているんだ?」

「しゃこ……なに? 聞こえなかったんだけど」

「いや、やっぱりなんでもない」

「もう、また「なんでもない」って……。これからなんでもない禁止ね」

「えぇ……なんでだよ」

「口癖になったら良くないもの。お友達に嫌われる必要なんかないじゃない」

「そういうものかな……」

「そういうものよ」


 その後も与太話が展開されていき、やがて夕食時になって電話を終える雰囲気が漂ってきた。いつの間にか、普段とあまり変わらないような態度で彼女との甘いひとときを過ごせていた。


 ただ、ときより会話がぎこちなく運ぶこともあり、そのときは彼女が「大丈夫」なり「落ち着いて」なり言って、僕の精神を安定させるのだった。


 だがそう余裕ぶっていると、最後の最後で少しヘマをした。


「二時間ぶっ通しで話したけど、森さんは大丈夫? 喉とか乾いていな……あ」

「も り さ ん ?  誰 ?  そ れ」

「あ、えっと、い、今のはちょっと慣れのせいでさ……」

「私としてはそろそろ希奈呼びで慣れて欲しいんですけど?」

「一週間でそれは流石に……。あ、でも会って一日で告白してきた人がいたな」

「まぁ、そんな大胆なことをする人がいるなんて」

「……大胆なことしたって自覚はあるんだな」

「ないといったら嘘になるわね」


 そうして無事に通話を終え、僕は一つ大きな呼吸をする。こんな家のしかも自室で人に気を遣う場面が出てくるなんて、全く考えもしなかった。


 『僕の時間は確実に彼女のものになって、彼女の時間もまた僕の時間になっている……ってことか。なんか、いいな』



 翌16日を迎えると、もはや彼女との登下校は不文律と化して、昼には必ず食卓(仮)を囲み、スキンシップも彼氏相応に増えてきた。


「なぁ、響」

「棚田がそう言うときって必ず長話になる気がするんだけど」

「そんなこと言うなって……」


 棚田はこちらに身体を寄せて、小声でこう訊ねてくる。


「お前、もしかして森さんと付き合った?」

「は、は……⁉」

「お? これ、もしかして当たっちゃった感じか?」

「そ、そそそういうお前はどうなんだよ……?」

「はぐらかすなよ。まぁ、先週までは違ったんだろうな」


 完全に図星で、僕は否定する言葉の一つさえも出てこない。野球少年だからとたかをくくっていたが、そう言えば野球少年の交際率は他の部活よりも高いと聞いたことがある。


「凄いな……綺麗に全部あっているよ」

「へへっ。これが男の勘ってやつよ」

「女じゃないのかよ。てか、お前にも彼女の一人や二人いるんじゃないか?」

「流石に二股はしないけど、一股もしていないんだなぁ、これが」

「その割には鼻が利くんだな」

「は、鼻?」

「いやなんでもない」


 棚田はもう少しモテてもいいはずだった。濃い眉にちょっと鷲鼻な顔面は、一度見たらそう簡単に頭を離れない。これを俗にイケメンと言うのだろう。


『……こんな人相の男に寄り付かないなんて、世も末だな』


「彼女がいたらもうちょっと青春っぽい青春できたんだけどなぁ」

「今から諦めモードでどうするんだよ。その見た目じゃ、これから縁なんて腐るほどあるだろ」

「一旦彼女持ち野郎は黙れ」

「なんだよその屋号……」


 そんなこんなで放課後を迎えると、帰り際、僕はふと思い出したことがあって、棚田にこんなことを頼み込んだ。


「棚田」

「なんだなんだ? 「彼女の扱い方を教えてくれぇぇぇ」とかなら聞かないからな」

「僕そんな口調じゃないだろ……。今度、電話の仕方を教えてほしいんだ」

「お、お前……文明人じゃなかったのか?」

「原始人なわけでもないだろ。電話の経験がなさ過ぎて、彼女との電話でしどろもどろになって、それで……」


 そうすると棚田は真剣な眼差しでこちらを見つめるようになり、最後には一言「分かった」と言ってくれた。僕は盛大な感謝をして棚田を部活に送り、その日の晩から特訓が始まることになった。


『やっぱり、友達ができるっていいことずくめだな』


 僕は恵まれていない。しかし、僕は恵まれている。今まで不幸な少年として生きてきた僕に、普通の生き方が与えられていた。これが、本当の転機だった。

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