不幸限定の1,000億円宝探し
【読了時間:約3分】
人生最悪の日に、1,000億円の宝探しゲームが始まった。
エリートたちが天才的頭脳で大迷走する裏で、運の悪さ「だけ」を武器に突き進む女の子の話。
サクッと読めてスカッとします。どうぞ!
「……終わったぁ……」
近藤奈緒は、コンビニ袋をぶら下げたまま、アパートの階段の下で立ち尽くしていた。
五月の雨は中途半端に冷たい。
土砂降りならまだ諦めがつくのに、今日の雨はずっと細かく肌にまとわりついてくる。
じわじわ嫌な感じ。
人生みたいだな、と奈緒は思った。
手に持ったビニール傘は、骨が一本ひしゃげている。
駅前の突風で壊れた。
その十分前には、元彼が知らない女と腕を組んでいた。
さらにその数時間前には、会社をクビになった。
すごい一日だった。
悪い意味で。
奈緒は折れたヒールを見下ろした。
さっき転んだ拍子に完全に死んだらしい。
「嘘でしょ……」
しゃがみ込む。
ヒールがぶらんぶらんしている。
修理とかそういうレベルじゃない。
奈緒はしばらく眺めて、それから諦めて笑った。
「あーもう、はいはい」
なんかもう、逆に面白くなってきた。
「わかったから」
昔からこうだ。
小学校の遠足の日だけ熱を出す。
文化祭の日だけ腹を壊す。
大学受験の日に財布を落とした時は、さすがに神様に嫌われてると思った。
社会人になってからも変わらない。
電子レンジは奈緒が使う時だけ壊れるし、自販機は高確率で金を飲む。
雨の日に限って傘を忘れる。
そして今日は、
会社をクビになって、彼氏に振られて、最後に靴が死んだ。
完璧。
「……帰ろ」
奈緒は片方のヒールを引きずりながら階段を上がった。
築四十年の木造アパートは、雨の日になると廊下が妙に滑る。
嫌な予感がした。
したのに。
案の定だった。
「うわっ!?」
ガンッ!!
膝を強打した。
「いっっつ……」
コンビニ袋が飛ぶ。
買ったばかりのカップ焼きそばが、ころころ転がって排水溝に吸い込まれていった。
奈緒はその場で固まった。
「……嘘ぉ」
地味にショックだった。
焼きそば、ちょっと高いやつだったのに。
涙が出そうになって、奈緒は膝を抱えた。
その時だった。
排水溝の脇で、何かが光る。
「ん?」
古い真鍮色コイン。
片目のライオンみたいな紋章が彫られている。
裏返す。
小さなQRコード。
「絶対ロクでもないやつじゃん」
でも、なんとなく読み込んだ。
画面が暗転する。
映像が流れた。
『こんばんは』
出てきたのは、銀髪の男だった。
やたら顔がいい。
同時進行の翻訳がすごい。
そして、やたら楽しそうだ。
『おめでとう。“最初のチェックポイント”発見だ』
「……は?」
奈緒は間抜けな声を出した。
男はワイングラスを揺らしながら続ける。
『現在、一千万人ほどの参加者が必死に間違った場所を探している』
そこで奈緒は思い出した。
SNSで騒がれていた、あの1,000億円ゲーム。
世界的資産家イーロン・マークス主催の宝探し。
東大生だの元軍人だのが参加してるとかいう意味不明な祭り。
『私はイーロン・マークス』
「本物?!」
男は親指を立てたが、結局優雅に一礼した。
『そしてこれは、“不運な人間”のためのゲームだ』
「…………え?」
『SNSに出した暗号は全部偽物だ。頭のいい人間ほど深読みして外れる』
奈緒は数秒黙った。
それから真顔で言った。
「性格悪っ」
イーロンは吹き出した。
『よく言われる』
その瞬間。
バシャッ!!
上の階から大量の水。
「ひゃっ!?」
奈緒に直撃。
見上げると、隣の部屋のおばさんがベランダで固まっていた。
「あらぁ!? ごめんなさぁい!」
「いやもういいです慣れてるんで!!」
反射で返した瞬間、奈緒はハッとした。
イーロンが腹を抱えて笑っている。
『素晴らしい』
「どこが!?」
『今ので次のヒントが出た』
スマホ画面が切り替わる。
【地下鉄A8出口】
その下。
【現在エスカレーター故障中】
奈緒は嫌な顔をした。
「絶対階段じゃん……」
☆☆☆
地下鉄A8出口は、本当に最悪だった。
長いし、蒸し暑い。
しかも人が少ない。
「はぁ……」
折れたヒールを引きずりながら階段を下りていると、後ろから男が駆け下りてきた。
スーツ姿に高そうな時計。
仕事できそう感がすごい。
男は奈緒を追い抜こうとして――滑った。
「うわっ!?」
ゴンッ!!
綺麗に転んだ。
タブレットが吹っ飛ぶ。
紙が舞う。
「あ、大丈夫ですか!?」
奈緒は慌てて駆け寄った。
男は舌打ちしながら紙を集めている。
その中に、一枚だけ黒いカードが混ざっていた。
片目のライオン。
「あ」
男の顔色が変わる。
「返せ」
低い声だった。
奈緒は反射的に後ずさる。
「いや、落ちてましたよね?」
「それは俺のだ」
その瞬間。
館内放送が流れた。
【漏水が発生しています】
天井から水。
男に直撃、奈緒にも直撃。
階段が一気に濡れる。
そして男がまた滑った。
「ぐっ!?」
今度は本気で転がった。
奈緒は耐えきれず吹き出した。
「っ、ふふ……!」
「笑うな!」
「いやだって二回目!」
男は真っ赤になった。
その時、奈緒のスマホが震える。
【チェックポイント突破】
「え」
画面の向こうで、イーロンが満面の笑みを浮かべていた。
『ちなみに彼はMIT卒の解析チームリーダーだ』
「やめろ!!」
男が叫ぶ。
奈緒は思わずまた吹き出した。
☆☆
だんだん、わかってきた。
このゲーム。
運が悪い人間しか進めない。
普通なら避けるし、避けられる。
でも奈緒は踏む。
全部踏む。
カラスに追い回される。
排水溝にハマる。
自販機に金を飲まれる。
しかも毎回、その先にチェックポイントがある。
一方SNSでは、エリートたちが盛大に迷走していた。
『ヘリ飛ばしたのに外れ!?』
『六本木じゃないのか!?』
『どうなってる!?』
奈緒は泥だらけで歩きながら思った。
……もしかして私、才能ある?
でも、湾岸へ向かう途中。
さすがに心が折れかけた。
靴擦れで足が痛い、雨で寒い。
スマホの充電も残り少ない。
何より、ずっと一人だった。
「なんで私ばっかり……」
海風の中で、奈緒は立ち止まった。
クビになった時の課長の顔。
元彼の顔。
『一緒にいると不幸になりそう』
あの言葉が、また胸の奥に刺さる。
奈緒はぐしゃっと顔を拭った。
「……ほんと最低」
その時だった。
ガコンッ。
「ひゃっ!?」
足元が抜けた。
古い排水溝。
片足が見事にハマる。
「〜〜〜〜っっ!!」
痛い。
抜けない、最悪。
「もう!」
涙目になりながら足を引っ張る。
その時。
カラン。
排水溝の奥で何かが転がった。
またコイン。
奈緒は数秒黙った。
それから。
「っ……あはははは!!」
とうとう笑ってしまった。
なんなのこれ。
本当に。
画面の向こうで、イーロンも笑っていた。
『素晴らしい』
その言葉を聞いた瞬間。
奈緒は少しだけ、泣きそうになった。
今日ずっと、役立たずみたいに扱われてきた。
不器用だって。
ダメだって。
でもこのゲームだけは、自分の“ダメな部分”を必要としている。
『君は、ちゃんと前に進んでる』
イーロンが珍しく静かな声で言った。
奈緒はしばらく黙ってから、小さく笑った。
「……むかつくなぁ、その励まし方」
☆
最後の目的地は、湾岸の古い倉庫だった。
扉が開く。
スポットライトと拍手がわざとらしい。
そしてタキシード姿のイーロン。
「ようこそ、近藤奈緒」
スマホが震える。
【100,000,000,000円 入金完了】
奈緒は画面を見た。
ゼロが多すぎて逆に怖い。
三秒後。
「いや怖ぁ!!」
叫んだ。
☆
そこから人生が壊れ始めた。
元彼、元上司、知らない親戚。
怪しい投資家。友達の友達。
スマホが止まらない。
【やり直そう】
【君を支えたい】
【愛してる】
「昨日までクソだったじゃん……」
奈緒は真顔で呟いた。
「怖い」
1,000億円より、人間のほうが。
その時、ふと思い出すイーロンの笑顔。
あの性格の悪い金持ち。
絶対ここまで込みで楽しんでる。
「……性格悪っ」
奈緒はネットカフェに駆け込み、スマホの充電をしながら送金画面を開いた。
「ふふん……」
IPS細胞の医療支援。
能登などの災害支援。
児童養護施設の支援。
1000億円。
確認画面を眺めながら奈緒は少しだけ考えた。
少しだけ。
それから押した。
【送金完了】
残高、0円。
数分後。
さっきまで群がっていた人間たちが、一気に消えた。
『なんだよ一文なしって』
『時間返せ』
『ふざけんな』
奈緒はベンチに座って笑った。
「うくくっ……」
笑いが止まらなかった。
仕事もない。
彼氏もいない。
靴も壊れた。
1000億円も消えた。
なのに。
昨日より、ずっと気分が良かった。
スマホが鳴る。
知らない会社からのDM。
あのずぶ濡れの男。
【不運さん、あなたを雇いたい】
奈緒は空を見上げた。
雨は止んでいた。
「……まあ、なんとかなるか」
立ち上がる。
その瞬間、また少しつまずいた。
「あっぶな」
でも今度は笑えた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
1,000億円を秒で溶かす奈緒ちゃん、最後に最強の就職先(?)を見つけて私も一安心です。
「面白かった!」「スカッとした!」という方は、
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