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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

おとなののんびりシリーズ

不幸限定の1,000億円宝探し

作者: 茨野 三智
掲載日:2026/05/25

【読了時間:約3分】


人生最悪の日に、1,000億円の宝探しゲームが始まった。

エリートたちが天才的頭脳で大迷走する裏で、運の悪さ「だけ」を武器に突き進む女の子の話。


サクッと読めてスカッとします。どうぞ!

「……終わったぁ……」



 近藤奈緒は、コンビニ袋をぶら下げたまま、アパートの階段の下で立ち尽くしていた。


 五月の雨は中途半端に冷たい。


 土砂降りならまだ諦めがつくのに、今日の雨はずっと細かく肌にまとわりついてくる。



 じわじわ嫌な感じ。


 人生みたいだな、と奈緒は思った。



 手に持ったビニール傘は、骨が一本ひしゃげている。


 駅前の突風で壊れた。


 その十分前には、元彼が知らない女と腕を組んでいた。


 さらにその数時間前には、会社をクビになった。



 すごい一日だった。


 悪い意味で。



 奈緒は折れたヒールを見下ろした。


 さっき転んだ拍子に完全に死んだらしい。



「嘘でしょ……」



 しゃがみ込む。


 ヒールがぶらんぶらんしている。


 修理とかそういうレベルじゃない。


 奈緒はしばらく眺めて、それから諦めて笑った。



「あーもう、はいはい」



 なんかもう、逆に面白くなってきた。



「わかったから」



 昔からこうだ。


 小学校の遠足の日だけ熱を出す。


 文化祭の日だけ腹を壊す。



 大学受験の日に財布を落とした時は、さすがに神様に嫌われてると思った。



 社会人になってからも変わらない。


 電子レンジは奈緒が使う時だけ壊れるし、自販機は高確率で金を飲む。


 雨の日に限って傘を忘れる。



 そして今日は、


 会社をクビになって、彼氏に振られて、最後に靴が死んだ。


 完璧。



「……帰ろ」



 奈緒は片方のヒールを引きずりながら階段を上がった。


 築四十年の木造アパートは、雨の日になると廊下が妙に滑る。


 嫌な予感がした。



 したのに。


 案の定だった。



「うわっ!?」



 ガンッ!!



 膝を強打した。


「いっっつ……」



 コンビニ袋が飛ぶ。


 買ったばかりのカップ焼きそばが、ころころ転がって排水溝に吸い込まれていった。


 奈緒はその場で固まった。



「……嘘ぉ」



 地味にショックだった。


 焼きそば、ちょっと高いやつだったのに。


 涙が出そうになって、奈緒は膝を抱えた。



 その時だった。


 排水溝の脇で、何かが光る。



「ん?」




 古い真鍮色コイン。


 片目のライオンみたいな紋章が彫られている。



 裏返す。


 小さなQRコード。



「絶対ロクでもないやつじゃん」



 でも、なんとなく読み込んだ。



 画面が暗転する。


 映像が流れた。



『こんばんは』



 出てきたのは、銀髪の男だった。


 やたら顔がいい。


 同時進行の翻訳がすごい。


 そして、やたら楽しそうだ。



『おめでとう。“最初のチェックポイント”発見だ』



「……は?」



 奈緒は間抜けな声を出した。


 男はワイングラスを揺らしながら続ける。



『現在、一千万人ほどの参加者が必死に間違った場所を探している』



 そこで奈緒は思い出した。


 SNSで騒がれていた、あの1,000億円ゲーム。


 世界的資産家イーロン・マークス主催の宝探し。


 東大生だの元軍人だのが参加してるとかいう意味不明な祭り。


『私はイーロン・マークス』



「本物?!」



 男は親指を立てたが、結局優雅に一礼した。



『そしてこれは、“不運な人間”のためのゲームだ』



「…………え?」



『SNSに出した暗号は全部偽物だ。頭のいい人間ほど深読みして外れる』



 奈緒は数秒黙った。


 それから真顔で言った。



「性格悪っ」



 イーロンは吹き出した。



『よく言われる』



 その瞬間。


 バシャッ!!


 上の階から大量の水。



「ひゃっ!?」



 奈緒に直撃。


 見上げると、隣の部屋のおばさんがベランダで固まっていた。



「あらぁ!? ごめんなさぁい!」


「いやもういいです慣れてるんで!!」



 反射で返した瞬間、奈緒はハッとした。


 イーロンが腹を抱えて笑っている。



『素晴らしい』



「どこが!?」



『今ので次のヒントが出た』



 スマホ画面が切り替わる。


【地下鉄A8出口】



 その下。


【現在エスカレーター故障中】



 奈緒は嫌な顔をした。



「絶対階段じゃん……」



 ☆☆☆



 地下鉄A8出口は、本当に最悪だった。


 長いし、蒸し暑い。


 しかも人が少ない。



「はぁ……」



 折れたヒールを引きずりながら階段を下りていると、後ろから男が駆け下りてきた。


 スーツ姿に高そうな時計。


 仕事できそう感がすごい。



 男は奈緒を追い抜こうとして――滑った。



「うわっ!?」



 ゴンッ!!


 綺麗に転んだ。


 タブレットが吹っ飛ぶ。


 紙が舞う。



「あ、大丈夫ですか!?」



 奈緒は慌てて駆け寄った。


 男は舌打ちしながら紙を集めている。


 その中に、一枚だけ黒いカードが混ざっていた。


 片目のライオン。



「あ」



 男の顔色が変わる。



「返せ」



 低い声だった。


 奈緒は反射的に後ずさる。



「いや、落ちてましたよね?」


「それは俺のだ」



 その瞬間。


 館内放送が流れた。



【漏水が発生しています】



 天井から水。


 男に直撃、奈緒にも直撃。


 階段が一気に濡れる。


 そして男がまた滑った。



「ぐっ!?」



 今度は本気で転がった。


 奈緒は耐えきれず吹き出した。



「っ、ふふ……!」


「笑うな!」



「いやだって二回目!」



 男は真っ赤になった。


 その時、奈緒のスマホが震える。



【チェックポイント突破】



「え」



 画面の向こうで、イーロンが満面の笑みを浮かべていた。



『ちなみに彼はMIT卒の解析チームリーダーだ』



「やめろ!!」



 男が叫ぶ。


 奈緒は思わずまた吹き出した。



 ☆☆



 だんだん、わかってきた。


 このゲーム。


 運が悪い人間しか進めない。


 普通なら避けるし、避けられる。


 でも奈緒は踏む。


 全部踏む。


 カラスに追い回される。


 排水溝にハマる。


 自販機に金を飲まれる。


 しかも毎回、その先にチェックポイントがある。


 一方SNSでは、エリートたちが盛大に迷走していた。



『ヘリ飛ばしたのに外れ!?』

『六本木じゃないのか!?』

『どうなってる!?』



 奈緒は泥だらけで歩きながら思った。


 ……もしかして私、才能ある?


 でも、湾岸へ向かう途中。


 さすがに心が折れかけた。


 靴擦れで足が痛い、雨で寒い。


 スマホの充電も残り少ない。


 何より、ずっと一人だった。



「なんで私ばっかり……」



 海風の中で、奈緒は立ち止まった。



 クビになった時の課長の顔。


 元彼の顔。


『一緒にいると不幸になりそう』



 あの言葉が、また胸の奥に刺さる。


 奈緒はぐしゃっと顔を拭った。



「……ほんと最低」



 その時だった。


 ガコンッ。



「ひゃっ!?」



 足元が抜けた。


 古い排水溝。


 片足が見事にハマる。



「〜〜〜〜っっ!!」



 痛い。


 抜けない、最悪。



「もう!」



 涙目になりながら足を引っ張る。


 その時。


 カラン。


 排水溝の奥で何かが転がった。



 またコイン。



 奈緒は数秒黙った。



 それから。



「っ……あはははは!!」



 とうとう笑ってしまった。



 なんなのこれ。



 本当に。



 画面の向こうで、イーロンも笑っていた。



『素晴らしい』



 その言葉を聞いた瞬間。


 奈緒は少しだけ、泣きそうになった。


 今日ずっと、役立たずみたいに扱われてきた。



 不器用だって。


 ダメだって。



 でもこのゲームだけは、自分の“ダメな部分”を必要としている。



『君は、ちゃんと前に進んでる』



 イーロンが珍しく静かな声で言った。


 奈緒はしばらく黙ってから、小さく笑った。



「……むかつくなぁ、その励まし方」



 ☆



 最後の目的地は、湾岸の古い倉庫だった。


 扉が開く。


 スポットライトと拍手がわざとらしい。



 そしてタキシード姿のイーロン。



「ようこそ、近藤奈緒」



 スマホが震える。



【100,000,000,000円 入金完了】


 奈緒は画面を見た。


 ゼロが多すぎて逆に怖い。



 三秒後。



「いや怖ぁ!!」



 叫んだ。


 ☆


 そこから人生が壊れ始めた。


 元彼、元上司、知らない親戚。


 怪しい投資家。友達の友達。



 スマホが止まらない。



【やり直そう】

【君を支えたい】

【愛してる】



「昨日までクソだったじゃん……」



 奈緒は真顔で呟いた。



「怖い」



 1,000億円より、人間のほうが。



 その時、ふと思い出すイーロンの笑顔。


 あの性格の悪い金持ち。


 絶対ここまで込みで楽しんでる。



「……性格悪っ」



 奈緒はネットカフェに駆け込み、スマホの充電をしながら送金画面を開いた。



「ふふん……」



 IPS細胞の医療支援。


 能登などの災害支援。


 児童養護施設の支援。


 1000億円。



 確認画面を眺めながら奈緒は少しだけ考えた。



 少しだけ。


 それから押した。



【送金完了】



 残高、0円。




 数分後。



 さっきまで群がっていた人間たちが、一気に消えた。



『なんだよ一文なしって』

『時間返せ』

『ふざけんな』



 奈緒はベンチに座って笑った。



「うくくっ……」



 笑いが止まらなかった。



 仕事もない。


 彼氏もいない。


 靴も壊れた。


 1000億円も消えた。



 なのに。



 昨日より、ずっと気分が良かった。



 スマホが鳴る。



 知らない会社からのDM。

 あのずぶ濡れの男。



【不運さん、あなたを雇いたい】



 奈緒は空を見上げた。


 雨は止んでいた。



「……まあ、なんとかなるか」



 立ち上がる。


 その瞬間、また少しつまずいた。



「あっぶな」



 でも今度は笑えた。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

1,000億円を秒で溶かす奈緒ちゃん、最後に最強の就職先(?)を見つけて私も一安心です。


「面白かった!」「スカッとした!」という方は、

画面下の**【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】**にして応援していただけると、作者の折れたヒールが直ります!よろしくお願いします!

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