表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

ドボンデズの最後

 十一月三十日午前十一時。ドボンデズのアジト地下五階にある首領の間の会議室では、ドロン首領をはじめとしたドボンデズの幹部が出席して定例の幹部会を開いていた。ボイスチェンジャーで変換したドロン首領のヘリウムガスを吸ったような甲高い声が会議室内に響いている。

「・・・それで、デス博士。次の世界征服作戦を指揮する魔人の製造はどうなっているんだね。カニデズが爆死してからそろそろ一か月になるぞ」

「申し訳ありません、ドロン首領。ここのところ別件でややこしい案件に掛り切りになっておりまして、そちらには手が回らず・・・忘れていた訳ではありません」

 キル大佐がグズッと鼻を鳴らしてデス博士をジロリと見た。

「ヨクキキヤガレ、ドクターデス。ワタシノリツアンシタ『セ・・・セカイセンノウサクセン』ヲジッコウニジッシスルタメノ、シノウィルストセンノウクスリハデキテイヤガルノカ。イソイデハヤクシヤガレ」

「キル大佐、今掛かり切りになっているのはその件に関して派生した問題なのだ。そうだな、この際、ドボンデズの幹部諸君にも耳に入れておいてもらおうか。実は・・」

 デス博士は説明の途中でふと顔をあげた。会議室に小林研究員がバタバタと駆け込んできた。

「デス博士、神藤に投与した新型細菌兵器Zの効果が現れました、すぐきてください」

「そうか、すぐ行く。ドロン首領、申し訳ありませんが最重要案件の実験結果が出たようですので、これから三十分ばかり席を外します。後はよろしく」

 デス博士はそう言うと、ドロン首領の答えも聞かずに席を立った。

「何だよデスやんは、慌ただしい。仕方がない、三十分休憩とするか。誰か首領室にコーヒーを持ってきて。あ、キルやんも一緒にどうぞ」

 ドロン首領はキル大佐を伴って隣の首領室に移動すると応接セットに座った。コーヒーを飲むのに邪魔になるのだろう、ドロン首領は被っていた三角頭巾を早々と脱いで膝の上に置いている。『誰も正体を知らない』という首領のキャッチフレーズが台無しであるが、相変わらずドロン首領自身は気にしていないようだ。見て見ぬふりをするのも悪の秘密結社のお約束なのだ。


 陸上自衛隊習志野駐屯地を離陸した二機のUH―2多用途ヘリコプターは一度東京湾上に進路を向け、木更津沖から時速二百五十キロで東京湾を縦断して新木場にあるドボンデズのアジトの上空に現れた。洋上から超低空で侵入してきた二機のヘリコプターには、陸上自衛隊特殊作戦群第五中隊所属の隊員十四名とロボット兵器昇龍が分乗していた。

 今回の対テロ作戦の隊長は竹永晴海一等陸尉。作戦部隊のコードネームは『チーム・バンブー』。細菌兵器を使ったテロ計画を察知した内閣情報調査室から極秘裏に首相官邸の危機管理官へ進達があり、防衛省に対してテロ対策作戦の実行が命じられたのだ。東京二十三区内という場所柄、作戦は極秘かつ短時間で完了させることが求められ、銃器の使用によるテロ組織の主要メンバーの抹殺も承認されていた。ヘリコプターにより急襲し、内部制圧後は速やかにヘリコプターにより撤収する。事後処理は警察と公安関係部署が担当し、無用な混乱を避けるため本作戦に関する情報統制を徹底することが厳命されていた。

 一機のヘリコプターがドボンデズのアジトの上空でホバリングを始めた。ヘリコプターの側面のハッチが開いて降下索がスルスルと下ろされると、降下索を伝って兵士が次々に降下していく。先頭に立つのは竹永だ。迷彩服を着用し、短機関銃H&K社製MP5(口径9ミリ)を携行した竹永は、地面に降りるや否やドボンデズのアジトの入口に向かって走った。その後を次々と兵士が追った。

 もう一機のヘリコプターはアジト横の運動場に着陸した。ローターの巻き起こす風で黄色い砂塵が舞い上がった。こちらには昇龍が載せられていて、昇龍の横では有村技官が慌ただしく起動準備を行っていた。椅子の上に置かれたキャリーバッグを開けると、中には三つのモニター画面とキーボード一体型の操作機が入っていた。有村技官はキーボードをパタパタと叩いた。昇龍は別途出動命令があるまでこの場で待機するのだ。

 入口のガラス戸を蹴飛ばすようにして、竹永がドボンデズのアジトの建物に突入した。その後ろにチーム・バンブーの兵士がバラバラと続く。

「全員動くな、両手を上げろ」

 竹永が怒鳴った。玄関フロアのすぐ横の総務課で、三人の係員がキョトンとした顔で突入してきた兵士を見ている。カウンターの近く座っていた総務係長の高野が立ち上がって、竹永に声を掛けた。

「あのう、どちら様でしょうか?」

 高野係長の間延びした声を無視して、竹永は短機関銃を構えて再び怒鳴った。

「全員動くな! 武器を捨てろ。両手をあげて大人しくしろ。抵抗する者は射殺する」

 高野係長は手に持っていたホッチキスを慌てて机の上に置いて両手を上げた。

「バンブーアルファ、ベータ、ガンマ、突入せよ!」

 竹永が鋭い声で指示すると、竹永の後ろに控えていた兵士たちが次々にアジトの奥に向かって廊下を走って行った。竹永の後ろにひとり残った兵士は、竹永の背後を守るように短機関銃を構えている。

「ああ、勝手に入られては困ります。こちらの受付簿にお名前とご用件を・・・ヒッ」

 カウンターの上に置いてある受付簿に手を伸ばそうとした高野係長は、竹永に銃口を向けられてその場で固まった。

「動くなと言っただろう。おい、デス博士はどこにいる」

「デス博士ですか、今頃は幹部会に出席されていると思いますが。あのう、デス博士にご面会ですか、それならこちらの面会簿に・・・ヒッ」

「だから動くなと言っているだろう」

 竹永に銃口を突きつけられて、高野係長は受付簿の横に置いてある面会簿に手を伸ばしかけて止めた。

「あなたたちはいったい何なんですか。いきなり入ってきて銃を突きつけるなんて。非常識な。入口に貼ってある『警察官立ち寄り所』と『こども110番』のシールが見えないんですか。警察を呼びますよ」

 高野係長の後ろで佐久間女史が金切り声で叫ぶと、その横の年配の係員が『そうだそうだ』と相槌を打った。悪の秘密結社は警察官立ち寄り所でもあったのだ。

 タタタタタと軽機関銃の乾いた発砲音が響いた。竹永が天井に向けて軽機関銃を威嚇射撃したのだ。天井から蛍光灯の破片や天井板の切れ端がバラバラと降り注いだ。佐久間女史がキャーと悲鳴を上げた。

「うるさい! 静かにしろ。オイッ、全員両手を上げたまま外に出ろ。運動場に移動するんだ」

 ヘッドギアに搭載した無線機から声が聞こえてきた。

『こちらバンブーアルファ井田、一階は制圧した。バンブーベータ、バンブーガンマとともに、これから地下階に向かう。以上』

「了解、投降した者は運動場に移動させろ。抵抗する者は射殺して構わん。以上」

 通信を終えた竹永は、銃口を振って無言で高野係長に移動しろと命じた。

 そのとき、遥か彼方からエンジン音が響いてきた。エンジン音は海風に運ばれてだんだんと大きくなっていく。運動場を迂回するようにしてホンダスーパーカブ50が爆音を上げてドボンデズのアジト前に走り込んできた。

 スーパーカブには白のタンクトップの上に革ジャンを羽織り、ジーンズをはいた片岡が乗っていた。片岡はヘルメットを脱ぐとラゲージボックスに丁寧にしまい、それからゆっくりと玄関フロアに入ってきた。いつもながらの暑苦しい顔が、いつもと違って精悍に見える。

「止まれ!」

 竹永の後ろに控えている兵士が片岡に銃口を向けて叫んだ。精悍な顔をした片岡は、向けられた銃口を気にするそぶりも見せずに邪魔だとばかりに右手で払いのけると、竹永に向かってゆっくりと歩いた。

「よう、竹永じゃないか。久しぶりだな」

 片岡が竹永に声を掛けた。竹永は眼を剝いて片岡の顔を見ている。

「お前・・・片岡か? たしか演習で爆発に巻き込まれて・・・噂では人間兵器になったとか」

 片岡はニヤリと笑うと、竹永の正面に立った。

「まあな。それよりも、その物騒なものを下ろせよ。話もできやしない」

 竹永の頭の中は、突然の片岡の登場に混乱しているのだろう。片岡に言われるままに銃口を下げた。竹永は訝し気な表情で片岡に聞いた。

「片岡、お前がなぜここへ? まさかテロ組織の一員じゃないだろうな」

「テロ組織? なるほど、そういう風に言われて出動してきたのか。上の者がやりそうなことだ。竹永、教えてやろう。ここドボンデズはな、テロ組織よりもっと始末の悪い、世界征服を企む悪の秘密結社なんだよ」

 竹永の顔が途端に緩んだ。竹永の後ろに控えている兵士がプッと吹き出した。

「はあ? 世界征服? 悪の秘密結社? 片岡、お前正気か?」

「正気だとも。そして俺は正気の使者、あ、違った、正義の使者月影だ!」

 片岡はそう言うなり、竹永の腹に強烈な正拳突きを叩き込み、竹永の後ろの兵士に目にも止まらぬ回し蹴りを食らわせた。竹永は短機関銃を持ったままズルズルと床に崩れ落ちた。回し蹴りを食らった兵士は十メートルも飛ばされて壁に激突して動かなくなった。相変わらず、片岡は手加減を知らないのである。

 片岡は両腕を胸の前でX字に組んで叫んだ。

「正義の使者月影に体形変化!」

 説明しよう。片岡隆盛は元陸上・・・もういいか・・・正義の使者月影に体形変化するのだ!

 片岡はスーパーカブに走り寄り、ラゲージボックスから特殊強化装甲装置を取り出すと、ボンヤリと見ている高野係長と佐久間女史に声を掛けた。

「おい! ボーと見てないで手伝ってくれ。時間がないんだ。こっちへきて留め具を止めてくれ・・・よしいいぞ・・・月影降臨!・・・何と三分二十八秒、世界新記録だ」

 月影はアジトの中に突入した残りの兵士を追って、猛然と走り出した。


 晃と村木は戦闘部隊第一班のロッカールームで応接セットに座って将棋を指していた。班長の山本が幹部会に出席しているためだろう、他の隊員たちもトランプやマージャンに興じていた。

 廊下を大人数がバタバタと走り回る音がしている。晃が盤面から顔を上げた。

「村木さん、何だかバタバタしていますね」

 村木は盤面から顔を上げる気配もない。村木は盤上の角に手を伸ばした。

「マッタク、班長が不在だと直ぐこれだ。・・・よし、角成りで王手。どうだ晃」

「ありゃ、そんなところに。ウーン、馬を取るべきかそれとも玉が逃げるべきか・・・」

 廊下から「逃げろー」という声が聞こえてきた。

「逃げる? そうだよなあ・・・よし、玉の早逃げだ」

 村木が顔を上げて辺りを見回した。

「誰だよ、変なことを言うのは。真剣勝負なんだぞ。それじゃあ馬が寄って王手と」

「また王手? 合駒を打つべきか玉が逃げるか、難しいな」

 廊下から「撃て、撃て」という声が聞こえてきた。パンパンという銃声が響く。

「打て? やっぱり合駒を打った方がいいか・・・よし、金打ち」

 晃が金を打って王手を合駒で防いだ途端、廊下から「やっぱり逃げろー」という声が聞こえてきた。晃が唇を尖らせた。

「何だよ、打てって言うから合駒を打ったのに、やっぱり逃げろとは酷いじゃないか」

「ウヒヒ、はい飛車成り。これで詰んだでしょう」

 廊下から「待ってくれ」という声が聞こえてきた。

「待て? 晃、真剣勝負に待ったはないぜ」

 廊下から「参った、降参だ」という声が聞こえてきた。

「晃、参ったのね。よし、僕の勝ちだな。これで三勝一敗と・・・今夜のチャッピーは晃の奢りで決定だ。ありゃ?」

 村木が顔を上げると、短機関銃を構えた兵士が晃と村木の前に立っていた。部屋の中には他の隊員の姿は見えず、晃と村木しか残っていなかった。将棋に集中してみんなが逃げ出していることに気付かなかったのだ。何事につけ集中力の続かない晃と村木だが、無駄なときには人一倍集中力を発揮するのだ。村木がとぼけた声を出した。

「あのう、あなたはいったい・・・」

「寝ぼけていないで両手を上げろ! 変なマネをすると容赦しないぞ」

 迷彩服を着た兵士は短機関銃の銃口で村木の頭をコツンと小突いた。

「オイ! そこのやつ。両手両足じゃない、両手だけ上げろ。両足まで上げたら立てないだろうが」

 村木の後ろで、晃が椅子に座ったまま両手両足を上げている姿を見て、兵士は呆れたような声を出した。まったく、肝っ玉が据わっているのか単なるバカなのか分からない。いや、おそらく後者だ。

 を上げた村木は、銃口を突きつけている兵士に向かって言った。

「あのう、後ろ・・・」

「何だ!」

「後ろに・・・」

 村木が兵士の背後を指差した。

「後ろだと?」

 振り返った兵士の首根に月影の手刀が叩き込まれた。兵士はグシャリと床に崩れ落ちた。

「片岡さん!」晃が叫ぶ。

「この場合は月影と呼べよ、お約束だろうが。それにしてもドボンデズの戦闘部隊員は弱っちいな。何だよ、このざまは」

「そうは言っても、あんな卑怯な手を使われては、手も足も出せなかったんです。なあ、晃」

「はいな村木さん。マッタク、女子供を人質に取るとは極悪非道の連中です」

 あることないこと、いや、ないことばかり口にした晃と村木は、許せんとばかりに床に倒れている兵士を睨みつけた。

「何を言っているんだか。とにかく、お前たちは建物の外へ逃げろ。襲ってきたのは陸上自衛隊の特殊部隊だ、下手をすれば殺されるぞ。他の隊員にも伝えろ、いいな」

「片・・・月影さんはどうするんです」

「俺には未だやることがある。デス博士を守らなきゃならないんだ。そう言えば神藤はどうした、お前たちバカ三人組はいつも一緒だったろうが」

 バカにバカと言われたことに晃も村木も気づいていない。晃が悲しげな声を出した。

「和也さんはデス博士に拉致されて人体実験の犠牲になりました。今頃はもう帰らぬ人になっているでしょう。チャッピーのつけも払わずに逝ってしまったんです」

「分かった。といってよく分かってないんだが、とにかく神藤はデス博士の研究室にいるんだな」

 廊下の奥からタタタタという軽機関銃の発砲音が響いてきた。月影は晃と村木に背を向けた。晃が月影の背中に声を掛けた。

「月影さん、和也さんを助けてください。あ、できれば、いや、できる範囲で、あるいは気が向いたらで結構ですが」

「任せておけ」

 月影は胸の前で腕を交差させてX字をつくる決めのポーズをしてから、ロッカールームを飛び出した。


 地下五階の首領の間の会議室で、暫時休憩に入っていたドボンデズ幹部会のメンバーは、椅子に腰掛けて雑談をしていた。

 ピンポロポーンと全館放送のチャイムが鳴った。スピーカーから高野係長の危機感の全く感じられない事務的な声が響いてきた。

『業務連絡、業務連絡。短機関銃を持った武装勢力がドボンデズのアジトに突入してきました。正体は不明、人数は十五名程度と思われます。各自、身の安全の確保を最優先に、落ち着いて行動してください。命を守る行動を直ちにとってください。エレベーターは運転を中止します。避難の際には階段を利用してください。繰り返します・・・』

 放送終了と同時にヴォーンヴォーンという警報音が建物内に鳴り響いた。

 山本は咄嗟に立ち上がると、入口のドアに駆け寄り廊下に顔を出した。迷彩服を着た兵士がバラバラと階段を駆け降りてきた。人数はバンブーガンマの四人。兵士たちは近くのドアを片っ端から蹴破って室内を確認しながら、首領の間に向かって廊下を進んでいる。威嚇射撃だろう、タタタタという短機関銃の発砲音が響いてきた。 

 山本は冷静に兵士や銃器の特徴を確認した。

「あれは陸上自衛隊の迷彩服、市街地用迷彩服か。携行している銃器はH&K MP5。徽章は特殊作戦群・・・バカな、何で陸自の特戦群がドボンデズを襲撃するんだ」

 山本はドアを閉めると、会議室内にいる幹部会メンバーに向かって声を張り上げた。

「陸自の特戦群の襲撃だ、理由は分からん。とにかく丸腰では勝ち目がない。一旦退避だ、地下シェルターへ移動しよう。勝田班長と犬飼班長はドロン首領とキル大佐の誘導を頼む。ああ、ここにいる連中も連れて行ってくれ。吾条班長と猿谷班長はこっちへこい。時間稼ぎのバリケードを造ろう。急げ!」

 いくらドボンデズとは言え、戦闘部隊の班長ともなるとさすがに訓練されている。山本の指示を受けると各班長は無言のままキビキビと動きだした。

 山本たちが会議室のテーブルや椅子を入口のドアの前に積み上げたのと同時に、ドンドンをドアが叩かれた。続いてドスンドスンとドアに体当たりする音がしたかと思うと、突然タタタタという短機関銃の銃声が響いた。木製のドアに穴が開き、バリケードとして立て掛けてあるマホガニー製のテーブルにビシビシと銃弾がめり込んだ。それでもドアは開かない。ドアの外から「退避!」という声が聞こえた。

「いかん、手りゅう弾を使う気だ。吾条、猿谷、首領室へ逃げろ!」

 山本は叫びながらバリケードの傍から離れると、隣の首領室へ走り込んだ。山本が床に伏せると同時に、ドオンという音と共にドアが粉々に吹き飛んだ。ドアの前に立て掛けていたマホガニー製のテーブルは爆発の衝撃で会議室の反対側の壁まで吹き飛ばされている。ガラスの破片や木片が天井からバラバラと雨のように降っている。

 ジャリジャリとガラスの破片を踏みながら、会議室の中にふたりの兵士が入ってきた。短機関銃を構えて油断なく周囲を警戒しながら会議室を進み、山本たちが駆け込んだ首領室に近づいている。バンブーガンマの残りのふたりの兵士は更に下の階に向かった。

 首領室の床に転がっていた山本はゆっくりと上体を起こした。爆圧により一瞬意識が遠退いたが、目立ったケガはない。大きく口を開けていたおかげで鼓膜も破れずに済んだようだ。山本の横で吾条と猿谷が床の上に転がったまま呻いている。 

「吾条、猿谷、動けるか。とにかく地下シェルターの入口まで移動するぞ」

 山本がふたりにささやいたとき、高らかな笑い声が聞こえてきた。

「ワハハハ、正義の使者月影降臨! 悪党ども、お前たちの好きなようにはさせない!」

 月影が会議室に飛び込んできた。後方にいた兵士が月影の飛び蹴りをまともに食らって壁際まで吹き飛んだ。もうひとりの兵士が振り向きざまに月影に向かって短機関銃の引き金を引いた。タタタタという乾いた発砲音がして銃口から火炎が噴き出た。しかし、発射された銃弾は月影の特殊強化装甲に跳ね返されてしまう。

「ワハハハ、無駄だ。そんなやわな銃弾では月影様のこの身体に傷ひとつ付けることはできぬわ! くらえ!」

 月影の容赦ない正拳突きを食らって兵士がドサリと床に崩れ落ちた。手加減というものを知らないバカには本当に困ったもんだ。

 山本が首領室から顔を出した。

「片岡、いや月影、助かったぜ。しかし、どうしてお前がここに? なぜ俺たちを助けるんだ?」

「おっ、山本か。説明している時間がない。残りの幹部はどうした」

「ドロン首領とキル大佐は地下シェルターに避難して無事だ。デス博士はこのひとつ下の階の兵器開発室にいるはずだ」

「分かった」

 月影は頷くと山本に背中を向けて走り出した。

「月影、いったいどうしたんだ」

 月影は会議室の入口で山本を振り返った。

「俺は世界平和のために、どうしてもデス博士を助けねばならんのだ」

 そう言うと月影は姿を消した。

「世界平和のため? 相変わらずあいつの言うことはよく分からんが、放っておけんな」

 山本は倒れている兵士から短機関銃と予備の弾倉を取り上げると、月影を追って会議室を飛び出した。


 竹永は意識を取り戻した。ドボンデズのアジトの一階玄関フロアの床に倒れていた竹永はゆっくりと立ち上がった。竹永の横をドボンデズの戦闘部隊員たちがワラワラと建物の外へ逃げ出していく。胃がひっくり返りそうな痛みに堪えながら、竹永は無線機で呼びかけた。

「こちら竹永。バンブーアルファ井田、応答せよ・・・ダメか。バンブーベータ広瀬、バンブーガンマ市原、誰でもいい応答せよ・・・。クソッ、いったいどうなっているんだ」

 ザーという雑音がしばらく続いた。

『・・・こちら広瀬・・・』

「広瀬か、状況を報告しろ」

『何が何だか・・・手順どおり各フロアを制圧していったのですが、地下四階まで下りたときに、突然変なやつが現れて、いきなり殴られて気を失っておりました。申し訳ありません』

 怒鳴り声を上げようとした竹永は、自分も先程まで気を失っていたことを思い出して言葉を呑み込んだ。絞り出すような声で聞いた。

「デス博士はどうした」

『未確認であります』

 そこへ割り込むようにして通信が入ってきた。

『こちらバンブーガンマ市原。現在、地下六階の兵器開発室の前です。室内にデス博士と山本研究員の姿を確認しました。これより突入して・・・あれは何だ?・・・ウワー!・・・』

 タタタタという短機関銃の発砲音と悲鳴が交錯した後、ガリッという衝撃音がして通信が途絶えた。

「市原、応答しろ、市原・・・クソッ」

 竹永の脳裏に、自分に正拳突きを食らわせた片岡の顔が浮かんだ。片岡が作戦の邪魔をしているに違いない。しかも、やつは腐った人間兵器、違った、腐っても人間兵器なのだ。生身の兵士では歯が立たないのは当たり前だ。竹永は通信機で運動場のヘリコプター内に待機している有村技官を呼んだ。

「こちら竹永だ。有村技官、直ちに昇龍を起動の上、テロ組織本部建物に出撃させろ」

『こちら有村。了解しました。昇龍を起動、テロ組織本部建物に出撃させます』

 ヘリコプターの側面のハッチを潜り抜けるようにして昇龍が姿を現した。四本の腕と八本の脚をもつロボット兵器が、背後に黄色い砂塵を巻き上げながら運動場を恐ろしいスピードで走っている。身体全体を覆う黒い装甲板が不気味に陽光を反射した。左右の第一腕にはそれぞれ軽機関銃が握られている。

 竹永の顔に笑みが浮かんだ。これで片岡もテロ組織も一巻の終わりだと思うと、腹の痛みが少し薄らいだようだ。竹永は通信機の送信ボタンを押した。

「こちら竹永、全チームに連絡。ロボット兵器昇龍を起動させた。間もなくテロ組織建物に入る。各自、昇龍に誤射されないよう識別用発信機のスイッチを入れろ。以上」


 地下六階の兵器開発室の前では、バンブーガンマの市原と真田が短機関銃を構えた姿勢で部屋の中の様子を覗っていた。チームリーダーの市原が通信機で竹原に報告を入れた。

「こちらバンブーガンマ市原。現在、地下六階の兵器開発室の前です。室内にデス博士と山本研究員の姿を確認しました。これより突入して・・・」

 通信機に向かって報告している市原の目に、階段を転げ落ちるようにして現れた月影の姿が映った。

「あれは何だ?・・・」

 市原は思わず声を上げた。

 月影は廊下を猛然と走って、市原と真田の目の前に迫った。恐怖に駆られた市原が「ウワー!」と叫び声を上げながら月影に向かって短機関銃を乱射したが、銃弾はビシビシと音を立てて月影の特殊装甲によって弾き返されてしまう。銃弾を受けても月影の走るスピードは全く落ちない。月影は走ってきた勢いそのままに、市原と真田に体当たりを食らわせた。ふたりは月影もろともドアを突き破って兵器開発室の中に転がり込んだ。市原のヘッドギアに付いている通信機が床に叩きつけられて壊れた。

 床に倒れた市原の指が無意識に短機関銃の引き金を引いた。

 兵器開発室の隔離用ブースのベッドの上で横になっていた和也は、ドスンという大きな音を聞いて反射的に上体を起こした。ドアを突き破って部屋の中に何かが転がり込んできた。あれは・・・月影だ。そして迷彩服を着たふたりの兵士の姿が見える。何事が起ったのか理解できないまま呆然と月影の姿を眺めていた和也の耳に、タタタタという軽機関銃の発砲音が届いた。短機関銃の銃弾が部屋の中を狂ったように飛び交った。目の前のアクリル板にボコボコと穴が開く。和也の腹にヒヤリとした感触が走ったが、痛みは感じない。

 和也は何気なしに両手を腹に当てて、その手を目の前にかざした。両手は真っ赤な血でぐっしょりと濡れていた。

「何じゃこりゃぁー!」

 どこかで聞いたようなセリフを残して、和也は意識を失った。


 昇龍は八本の蜘蛛のような脚をワサワサと動かして、高速で運動場を横切りドボンデズのアジトに近づいている。起動を了して活動を開始した昇龍だが、まだ武器使用の許可コマンドは発せられていないため、ドボンデズのアジトから走り出てくる戦闘隊員たちを無視している。但し、攻撃は加えていないものの、昇龍は運動場を逃げ惑う戦闘隊員たちの顔をひとりひとり瞬時で認識して、登録されているデス博士と小林研究員の顔写真との照合を行っていた。

 昇龍がドボンデズのアジトの入口に立つ竹永の前に着いたときには、逃げ出した戦闘隊員たちの姿は見えなくなっていた。昇龍を出迎えた竹永は苦虫をかみ潰したような顔をしているが、これは片岡に殴られた腹の痛みのせいだけではない。片岡のおかげで戦闘隊員たちに逃げられてしまったのだ。しかし、雑魚どもは放っておいていいだろう。とにかくアジトの中にいる幹部を始末すればテロ組織は事実上壊滅するのだから、今回のミッションは成功なのだ。竹永はそう思い直すと、無線機でヘリコプターの有村技官に指示した。

「こちら竹永だ。有村技官、昇龍に武器使用許可のコマンドを発令せよ。繰り返す、武器使用許可のコマンドを発令せよ。以上」

 昇龍の額に付いている小さな丸いライトの色が青から赤に変わった。戦闘モードに切り替わったのだ。

「昇龍、戦闘開始!」

 竹永の声が響いた。しかし、昇龍は竹永の前から動こうとしない。

「?・・・どうした昇龍、もう壊れたのか」

 竹永が手に持った短機関銃の銃口で昇龍の頭をコツンと叩いた。

 竹永が身構える間もなく、昇龍の右第二腕がスッと持ち上がると、第二腕の先に付いている口径二十ミリのリボルバーカノンが火を噴いた。至近距離で二十ミリの銃弾を受けた竹永の身体は衝撃で真後ろに吹き飛び、壁にぶつかるとドサリと床に崩れ落ちた。同時に昇龍の左第二腕が竹永の後ろに控えている兵士に向けられた。咄嗟に何が起こったのか理解できないまま、兵士はリボルバーカノンの餌食になった。

 陸上自衛隊習志野駐屯地の地下演習場で行われた性能テストの際に、月影から受けた月影チョップの衝撃で壊れたAI回路は、敵味方識別用発信機の発する信号を無視し、武器の所持の有無も無視して、動く標的に対して攻撃を加える無差別攻撃モードに移行していた。昇龍は無差別殺人兵器として暴走を始めたのである。昇龍の額のランプの色は赤から紫に変わり、高速で明滅を繰り返している。

 狂った昇龍は新しい標的を求めてドボンデズのアジトの中に入って行った。


 和也は手術台の上に載せられていた。手術台の上の照明器具がパンツ一丁の姿で横になっている和也の身体を赤々と照らしている。和也の両手両足と腰の部分は拘束具で固定されていて、腕には輸血用と投薬用の二本のカテーテルが刺さっていた。手術台を取り囲むようにして、デス博士、小林研究員、山本班長、片岡が立っていた。片岡は月影の頭部ユニットを外して片手で抱えている。誰も言葉を発しないままジッと和也の顔を見ていた。

 和也の意識が戻った。まだ視界がボンヤリと霞んでいる。和也はゴクリと生唾を呑み込むと、やっとの思いで声を出した。

「私はいったいどうしたんでしょう・・・ここは?」

 デス博士が和也の顔を覗き込んで厳かに言った。

「安心したまえ、ここはドボンデズの魔人製造室だ。万能細胞Zの移植手術は成功した。腹部に受けた傷はすぐに良くなるだろう」

「万能細胞Zの移植手術?」

 身体を動かそうとした和也を激痛が襲った。仰け反るように身もだえて痛みに耐えている和也に向かってデス博士が言った。

「万能細胞Zが身体中で増殖を始めたのだ。なに、痛みは直ぐに治まるから安心したまえ。小林研究員、しばらく眠らせた方がいいだろう、麻酔薬を投与してくれ」

「承知しました」

 小林研究員が投薬用の点滴袋に麻酔薬を混入させると、和也はスウッと意識を失った。


 昇龍はドボンデズのアジト内に散開しているチームバンブーの兵士を次々に射殺しながら階を降りた。兵士たちは味方であるはずの昇龍から銃撃を受け、理解できないままバタバタと倒された。誤射防止のための識別用発信機が用をなさないのだ。無線機からは兵士たちの悲鳴のような声が飛び交っている。

『こちら安藤、昇龍が我々に攻撃を・・・ウワー』

『こちら山口、識別用発信機が機能していないようだ、昇龍が・・・』

『・・・バンブーベータ全滅・・・こちら広瀬・・・バンブーベータ全滅・・・』

 ヘリコプターで状況を監視していた有村技官は、通信機から流れてくる悲鳴とただならぬ気配に動転していた。攻撃部隊チームバンブーの竹永隊長とは先程から連絡が取れない。理由は分からないものの、昇龍が暴走していることに間違いはない。これ以上の犠牲者を出さないためには昇龍の活動を停止させなければならない。

 有村は昇龍の操作機の前に立ち、モニター画面に表示されている活動停止のボタンをクリックした。本来であれば戦闘行動中を示すモニター画面の背景色の赤色が、活動停止を示す青色に変化するはずが、モニター画面の背景色は赤色のまま変化しない。

「おかしい」

 有村の呟きにヘリコプターの操縦士が操縦席から振り返って有村を見た。

「どうしました」

「昇龍が活動停止のコマンドを受け付けないんだ。システムを再起動してもう一度試してみよう」

 有村が操作機のキーボードを慌ただしく叩いた。システムはシャットダウンしたが、今度は再起動しない。モニター画面の映像も消えてしまった。

「ダメだ、再起動しない。いったいどうなってしまったんだ。とにかくメンバーに退避を指示しなければ」

 有村は通信機をオンにすると早口で指示した。

「こちら有村、昇龍の操作担当技官です。現在昇龍が暴走中。システムエラーにより停止不能。敵味方識別信号も無効の模様。昇龍は武器携行者を戦闘員と認識して攻撃するため、各自武器を放棄の上速やかに退避せよ。繰り返す、各自武器を放棄の上速やかに退避せよ。以上」

 『武器不携行者イコール民間人』と認識の上、攻撃対象から除くという基本回路が昇龍に組み込まれている。有村はそれを踏まえて退避行動を指示したが、暴走している昇龍が動くもの全てに対して無差別攻撃を加えていることなど知る由もない。

 有村は通信を終えると、脂汗の浮かんだ顔を上げてヘリコプターの天井を睨んで、誰にともなく吐き捨てるように言った。

「だから言わんこっちゃない。試作機の段階で実戦投入するのは早すぎたんだ」

 ヘリコプターの操縦士が有村に声を掛けた。

「有村技官、仮に昇龍が地上に姿を現した場合はどうしますか。このヘリコプターで攻撃を仕掛けて破壊しますか?」

「このヘリコプターに搭載されている二十ミリ機関砲では昇龍の装甲には歯が立たないよ。ましてやチームバンブーの兵士が携行している軽機関銃ではかすり傷も付かない。そうだな、最悪のケースを想定して今のうちに本部に対策を検討してもらうか。暴走した昇龍が東京の市街地に侵入でもしたらとんでもないことになるからな」

 有村はため息を吐きながら通信機のボタンを押した。


 ドボンデズのアジト地下六階の魔人製造室にバンブーガンマの市原と真田が逃げ込んできた。山本が短機関銃の銃口を向けると、ふたりは両手を上げて降参の意思を示した。

「助けてくれ」

 リーダーの市原が山本に向かって言った。

「何があったんだ」

 山本が短機関銃を構えたまま尋ねた。

「昇龍が暴走して、敵味方の区別なく攻撃を始めたんだ」

「昇龍?」

 首を傾げた山本に片岡が答えた。

「昇龍と言うのは防衛省特殊兵器開発研究所で開発された最新鋭のAI搭載ロボット兵器だよ。いわば俺の後輩だな。この前そいつの性能テストに駆り出されてえらい目に遭った。生身の兵士じゃあ歯が立たんだろう」

 そうだとばかりに市原が頷いた。

「昇龍は武器携行の有無を認識して、武器不携行者は民間人として認識して攻撃しないはずなんだ。だから、武器を放棄して退避するように指示があったんだが、昇龍は狂っちまった。やつは誰彼構わず見境なしに攻撃を加えているらしい。おかげで俺たち以外は全滅した。連絡によると、システムエラーで活動停止できないらしい。やつは間もなくここにやってくるぞ。とにかく逃げるしかないんだ、どこかに脱出口はないのか」

 市原の声は恐怖と焦りで上ずっている。

「この階の下は機械室で行き止まりだ。地上に逃げるにはエレベーターか階段を使うしかないが、緊急警報が鳴っているからエレベーターは止まっている。階段は廊下の両端にあるが、昇龍がどっちの階段を使って降りてくるか分からない。とにかく戦うしかないだろう」

 山本はそう言うと短機関銃をガチャリと叩いた。歯をむき出して笑う山本の姿は闘争本能に火の付いた野生のゴリラだ。

 片岡は頭部ユニットを被りながら言った。

「山本、昇龍は最新鋭のロボット兵器だ。強力な装甲板に覆われているから、その短機関銃じゃあ手も足も出ないぜ」

 片岡は頭部ユニットを被り終えると、パチンと留め具を止めた。

「よし! 正義の使者月影降臨!」

 片岡は両腕を胸の前でX字に組んで決めのポーズをとった。

「昇龍はこの月影がくい止める。ロボット兵器に対抗できるのは人間兵器の俺かドボンデズの魔人ぐらいだが、魔人はいまいないんだろう?」

 バンブーガンマの市原と真田は珍しいものを見るような目で月影を見ている。

「何だよその顔は。この月影は防衛省特殊兵器開発研究所で造られた人間兵器かっこ試作品かっことじるなんだぜ。バカな後輩を優秀な先輩が面倒を見るってことだな。まあ、いつの世も同じことの繰り返しだ、先輩はつらいよ。俺が昇龍と戦っている隙に、お前たちふたりは昇龍が降りてきた階段とは反対側の階段で地上へ逃げろ。山本、ドボンデズ一味はどうする」

 山本の代わりにデス博士が口を開いた。

「ドロン首領もキル大佐もそのほかの幹部連中も、全員が地下シェルターに避難している。我々は地下シェルターに向かうことにする。我々秘密結社の姿を白日の下に晒すことはできないのでね。悪の秘密結社とは闇に隠れて人知れず存在するものなのだ」

 月影はフンと鼻で笑った。

「そうかい、何だかいつも白日の下で姿を見ているような気もするが・・・まあいいや」

 山本が口を挟んだ。ゴリラ顔に心配そうな色が浮かんでいる。

「月影、お前昇龍に勝てるのか?ミサイルや重火器も付いていないし、『何とか光線』とかも出ないんだろう。バ・・・えっと、ひとつ覚えの月影チョップだけじゃあ・・・」

「バカのひとつ覚えって何だよ、失礼な。必殺技って言えよ。え? バカとは言っていない? 心の底で思っているんだろう、まあいいや。それに俺はどこかの星からきた宇宙人じゃないぞ、光線なんて出る訳がないだろう。とにかく、お前たちが逃げるための時間稼ぎぐらいはできるはずだ・・・たぶんだが。ところで、デス博士。人口統制計画とやらを無効にする新型細菌兵器とやらは完成したのかい」

 デス博士は眼を剝いて月影を見た。

「月影君、どうしてそれを・・・まさかヨクルトレディーが・・・」

「ヨクルトレディーが関係しているかどうかは知らないが、デス博士が人口統制計画の存在を知ったことや、それを無効にする新型細菌兵器を開発していることが、人口統制計画を実行した黒幕に気付かれたんだ。この急襲はデス博士と新型細菌兵器を葬り去ることが目的なんだよ」

「なるほど、そういうことか・・・。寿命短縮機能を無効化する機能を組み込んだ新型細菌兵器Zは完成している。隣の兵器開発室の金庫に保管しているから取りに行こう」

 廊下を見張っていた市原が声を上げた。

「昇龍がきたぞ!」

「よし、世界の平和は俺が守る!・・・アイル・ビー・バック!」

 片岡は両腕を胸の前でX字に組んでお約束のポーズをとると、廊下に飛び出した。

 昇龍の第一腕が持つ軽機関銃二丁と第二腕のリボルバーカノン二機が一斉に火を噴く音が廊下に響いた。途端に月影が部屋の中に転がり込んできた。月影の身体のそこここから青白い煙が薄っすらと立ち昇っている。山本が月影の身体を抱き起こした。

「何だよ、早くもやられたのか。バックが早すぎるぞ、月影、しっかりしろよ」

「・・・死ぬかと思ったぜ。普通は少し睨み合ってから、ある程度近づいたところで呼吸を合わせてセーノで始めるんだが、ヤロウいきなり撃ってきやがった。お約束の分からないやつは困るぜ」

「当り前だ、やつはAIなんだぜ、お約束は学習していないんだよ」

「何か盾になるようなものはないか、金属の板とか」

 月影は魔人製造室の入口の両開きのドアをチラリと見ると、駆け寄って両手でパンパンと叩いて硬さを確かめた。そしておもむろに片方のドアを引き千切るようにして外した。

「これなら何とかなりそうだ。そのストレッチャーをこっちに回してくれ」

 手術台の横に置いてあったストレッチャ―の前面に、外したドアが盾のように据え付けられた。銃弾を防ぐ移動式盾が完成した。月影は洗面台に向かうと、こぶしで鏡を叩き割り、掌ほどの大きさの鏡の破片を拾い上げた。

「俺が昇龍に向かってこれで突っ走る。銃弾を防いでいる間に隣の兵器開発室に入って新型細菌兵器Zとやらを回収するんだ。回収したら俺に構わず逃げろ、いいな!」

 月影はストレッチャーをガラガラと押して部屋から走り出た。途端に軽機関銃とリボルバーカノンの一斉射撃が始まった。月影は盾にしたドアの横から掌だけ出して、握った鏡の破片で昇龍の位置を確認しながらストレッチャーを押している。山本が顔を出して廊下の状況を確認した。ストレッチャーの前に立てたドアが銃弾を防いでいるが、昇龍の銃撃は凄まじく、あまり長く持ちそうにない。

「デス博士、今だ!」

 山本が中腰の姿勢で廊下に飛び出した。デス博士と小林研究員がその後に続く。バンブーガンマの市原と真田は廊下の反対側の階段を目指して走って行った。

 昇龍とストレッチャーの間の距離が残り五メートルになったとき、月影はストレッチャ―を昇龍に向かって思いきり蹴飛ばした。そして、前を走るストレッチャーを追いかけるように走り出すと、昇龍の三メートル手前で踏み切り、宙に跳んだ。ストレッチャーがガシャンと音を立てて昇龍にぶつかった。昇龍が右第一腕を使ってストレッチャーを横に払いのけたとき、昇龍の正面から両手を頭上でクロスさせた月影が飛んできた。

 強烈な月影チョップが昇龍の頭部にさく裂した。

 ドボンデズの魔人なら五十メートルも吹き飛ばされるところだが、昇龍は三メートルほど後退するだけだった。昇龍の装甲板には傷ひとつ付いていないが、昇龍の動きが一瞬止まった。

「チャンス!」月影が心の中で叫ぶ。

 月影は昇龍の八本の脚のうち身体の前面の二本を抱えると、昇龍を持ち上げるようにして前に走った。その姿はウルフと呼ばれた往年の名横綱千代の富士が、前三つを取って一気に寄り切る姿と瓜二つだ。月影はそのまま昇龍を押してエレベーターホールまで走り、昇龍をエレベーターの扉にドスンと叩きつけた。決まり手は寄り切りで月影の勝ち・・・そうはいかない。

 昇龍の二本の第一腕が手にしていた軽機関銃を放り投げると、月影の肩を掴み、振り払うようにして月影を投げ飛ばした。月影はエレベーターホールの床をカーリングのストーンのようにクルクルと回転しながら滑り、壁にぶつかると止まった。月影は素早く身体を起こして床に片膝を突くと、両手を前に出して戦闘態勢をとった。正義の使者はこれしきのことでは倒れないのだ。

 昇龍がぶつかった衝撃のためだろう、チンと音がしてエレベーターの扉が開いた。

 エレベーターの中には能天気な顔をした晃と村木が立っていた。晃と村木はエレベーター使用禁止という館内放送を無視して脱出のためにエレベーターに乗ったのだが、本来なら地上階に向かうべきところ、慌てた村木が地下六階のボタンを押してしまい、結局、地下六階に降りたところでそのまま閉じ込められてしまったのだ。

 晃がほっとした声を出した。

「よかった、村木さん。扉が開いた」

「よし、晃。退避だ」

 晃と村木は、月影と昇龍が睨み合っているエレベーターホールの真ん中にフラリと出てきた。

「バカ! 隠れろ!」月影が叫ぶ。

「え?・・・ウワー」

 昇龍の姿を見てただならぬ気配を察知した晃と村木は、悲鳴を上げながらエレベーターの中に逃げ込んだ。晃が『閉』のボタンを必死になって連打した。ドアがスウッと閉まる。昇龍の発射したリボルバーカノンの銃弾が閉まったエレベーターの扉にボコボコと穴を開けた。能天気なふたりは危機一髪で助かった。

「お前の相手は、この月影様だ!・・・お前はもう壊れている!」

 月影は再び月影チョップをお見舞いしてから、昇龍の懐に飛び込むと「アタタタ」と奇声を発しながら目にも止まらぬ速さの正拳突きを無数に繰り出した。


 兵器開発室に入ったデス博士は、壁に設けられた大きな保冷庫を慌ただしく開けた。

「小林研究員、新型細菌兵器Zの入ったアンプルのケースと万能細胞Zの母株を耐衝撃保冷容器に入れてくれ。それと研究資料のバックアップデータを保存しているUSBも忘れずにな。私は例のものを用意する」

 小林研究員はアタッシュケースほどの大きさのジュラルミン製のケースを手にして、保冷庫に半ば上半身をうずめるようにして作業を始めた。デス博士は保冷庫の横の倉庫に入ると、中から台車を押して出てきた。台車の上にはエアコンの室外機ほどの大きさの銀色をした金属製の箱が載っていた。

 小林研究員がジュラルミンケースを大事そうに両手で抱えてデス博士を見た。

「デス博士、こちらの準備はできました」

「よし、それでは山本班長、小林研究員を連れて先に地下シェルターに避難してくれ。私は後から行く」

 山本は眉根を寄せて訝しそうにデス博士を見た。

「デス博士はどうされるのです。それに、隣の部屋で意識を失っている神藤を置いて行くわけにはいきません。神藤は私が担いで連れて行きます」

「神藤のことは私に任せるのだ。私は神藤に超人用装甲スーツを装着させてから、神藤を連れて君たちの後を追う」

「超人用装甲スーツ?」

「神藤には万能細胞Zを移植してある。腹の傷が治癒することはもちろん、身体全体の筋肉組織や骨組織が万能細胞Zにより強化されるのだ。片岡と同様に超人的な力が授けられたのだよ。そして、これは私が開発した超人用装甲スーツだ。試作品だがね。片岡の装着している特殊装甲装置の二十倍の強度を持ち、しかもしなやかな特殊繊維で造られている。この特殊繊維は敵の攻撃による衝撃を九十九・九九パーセント吸収することができるのだ」

「何と! 九十九・九九パーセントも・・・うん? どこかで聞いたような・・・」

「しかも、着脱に便利なファスナー方式を採用しているから、いちいち留め具を止める必要がない。体形変化の際のイライラもこれで解消だ。どうだ、画期的だろう」

「背中のファスナーだと、ひとりでは上げ下げに不便かも知れませんね」

「いちいち文句を言うな。とにかく、神藤はこの超人用装甲スーツを装着することで、正義の使者月影二号・・・いやもっとかっこよく『月光』に体形変化するのだ!」

「ということは、正義の使者を名乗るバカがもうひとり増えるということですか」

 山本があきれて、ヤレヤレという顔をした。

「そういうことになるな。急ごう」

 デス博士は無責任にそう言うと、山本の肩をポンと叩いた。なるようになるさとでも言いたいのだろう。


 和也は魔人製造室の手術台の上で目を開けた。意識が朦朧としていて、頭が割れるように痛む。

「気が付いたかね」

 声がした方向に顔を向けると、デス博士が和也の顔を覗き込むようにして立っていた。

「ここはどこ? 私はいったい何を・・・ああ、頭が割れるようだ・・・私?・・・私は誰?」

「記憶が混濁しているようだな。無理もない。麻酔薬で眠らせていた脳を強制的に覚醒させたのだから。強制覚醒薬の影響で記憶障害が残るかも知れんがやむを得ない、時間がないのだ」

 和也は上体を起こした。和也の首から下には超人用装甲スーツが既に装着されていた。背中のファスナーもきちんと上まであがっている。頭部ユニットはデス博士が持っている。デス博士はボンヤリとした目で見つめている和也に向かって噛んで含めるようにゆっくりと言った。

「私はデス博士。君の名前は神藤和也だ」

「出津博士・・・私はしんどうかずや」

 和也がうわ言のように復唱した。

「出津博士ではなくてデス博士だ、thの発音に注意してくれたまえ・・・舌先をかんでth、いやそれはどうでもいい。そして君は悪の殺人ロボット兵器に襲われて重傷を負い、万能細胞Zを移植されて復活して超人的な力を得たのだ。君が装着しているのは超人用装甲スーツだ。君は超人用装甲スーツを装着することで世界平和を守る正義の使者『月光』に体形変化するのだ!」

「正義の使者・・・月光」

 デス博士は持っていた頭部ユニットを和也に被せた。頭部ユニットが首周りの連結部と接着してカチャリと音がした。

「正義の使者月光降臨!」

 和也は無意識に叫んだ。片岡の決めセリフが頭の片隅に残っていたのだろう。

 そのとき、魔人製造室に月影が転がり込んできた。その後から昇龍が姿を現した。昇龍は二本の第二腕を振り上げると、製造室内に向けてリボルバーカノンを乱射した。

 デス博士の身体を銃弾が貫いた。デス博士は身体を捻りながらスローモーションのようにゆっくりと倒れた。赤いバラが舞い足元から白い鳩の群れがザアッと飛び立った・・・ような気がしたが、見間違いだ。デス博士の白衣は血で染まっている。倒れ込むデス博士の身体を月光が受け止めた。月光の両手はデス博士の血でぐっしょりと濡れている。

「何じゃこりゃぁー!・・・ウン? どこかで言ったような。いや、それよりも、出津博士しっかりしてください」

「出津じゃなくてデス・・・この際、どうでもいいか。月光、あれが悪の殺人ロボット兵器だ、あいつは狂っている。あいつを倒さなければならん・・・頼んだぞ・・・月光・・・」

 月光に抱きかかえられたまま、デス博士の首が力尽きたようにガクリと倒れた。

「出津博士・・・クソッ、この仇は必ず・・・いや、できれば・・・えーと、できる範囲で取る・・・取れればいいな・・・」

 昇龍の恐ろしい姿を目の当たりにして、月光の言葉がどんどんトーンダウンしていく。

 月影が月光の腕をつかんで手術台の陰に引っ張り込んだ。昇龍のリボルバーカノンから発射された銃弾が手術台にボコボコと穴を開けている。

「この忙しいときに何をゴチャゴチャ言っているんだ・・・その声は、神藤か。その姿は、まさか」

「世界平和を守る正義の使者月光です。あなたは?」

「俺のことを覚えていないのか? 俺はお前と同じく世界平和を守る正義の使者月影だ。言っておくが俺の方が先だからな。ははあ、万能細胞Zとやらで頭をやられたな、可哀そうに。まさか、チャッピーのつけのことまで忘れたわけじゃないだろうな」

「チャッピーのつけ・・・ウワー! 頭が、頭が痛い! 突然激痛が・・・何のことやらさっぱり分かりません」

 月光は頭を抱えて身悶えしている。このオーバーリアクションは心にやましいことがあるからだろう。

「ふん、わざとらしい・・・ん? この装甲スーツは・・・デス博士の試作品か。軽そうだし肌触りも良さそうじゃないか。抗菌防臭加工か。あれ、留め具の代わりにファスナーが付いているじゃないか。なるほど、上下つなぎ方式なのか、体形変化が楽そうでいいなあ。あらら、小型バッテリー付きでスマホの充電もできるの? 至れり尽くせりじゃないか」

 月影は月光の超人用装甲スーツを撫でて感触を確かめ、背中の着脱用ファスナーを見つけて感心している。そうしている間にも銃弾がふたりの頭上を掠め飛び、ガラスの破片や金属片がバラバラと雨のように降り注いでいる。

「月影さん、あいつは倒せそうなんですか」

 月影は首を横に振った。

「とにかく、こっちはキックとかパンチとかの原始的な攻撃手段しかないから、昇龍の重装甲に太刀打ちできないんだ。そうだ、神藤、いや月光。お前『何とか光線』とか出ないの?」

「無理です」キッパリと断言した。

「そうだよなあ、地球人だもんなあ。・・それじゃあ、必殺技は?」

「必殺技?・・・これから考えます」

「言っておくが、月影チョップは俺の専売特許だから使っちゃだめだからな。そうだ、『足四の字固め』なんてどうだ」

 説明しよう。『足四の字固め』とは往年のお茶の間の人気覆面プロレスラー『ザ・デストロイヤ―』の必殺技で、相手の両足を数字の4の形に固めて激痛を与える寝技である。痛いんだなこれが。

「足四の字固めって・・・あのロボット兵器の脚は八本もあるじゃないですか。私の二本の脚だけじゃ全然足りません」

「それもそうだ」

 ふたりがバカな掛け合いをしていると、突然、部屋の天井の赤色灯がグルグルと回り出し、ビイーン・ビイーンという新しい警報が鳴り始めた。月光は天井の赤色灯を見上げた。

「今度は何が起こっているでしょうか」

 月光の声に重なるようにスマートフォンの着信音が響いた。月影は腰の周りに付いている煙草の箱ほどの大きさの装着具をパカリと開いて、中からスマートフォンを取り出した。もっともらしい装着具は小物入れだったのだ。

「はい、片岡です。・・・山本か。何だよ、この非常時に。こっちはまだまだ大変なんだぞ。・・・何だって!・・・」

 月影が驚愕の声を上げた。


 エレベーターの扉がスウッと閉まった。扉の外で銃弾がめり込むボコボコという音がしている。間一髪で間に合った。晃と村木はホッと胸をなでおろした。

「いきなり扉が開くなんて、びっくりしましたね」

「本当だよ、晃。死ぬかと思った。ところで、このエレベーターは動くようになったのかな」

 村木は操作盤の行き先階のボタンを押した。なぜか一階上の地下五階のボタンだ。

「村木さん、何で地下五階のボタンを押しちゃうんですか。このまま一階まで行けばいいじゃないですか」

「バカだな晃、地震の揺れを感じたら最寄りの階のボタンを押せって言うじゃないか」

 村木の分かったような分からないような説明に、晃はなるほどと頷いた。おそらく晃は分かっていない。

 エレベーターがズウウンと動いて、地下五階で止まった。扉が開く。村木がフラリとエレベーターホールに出た。

「あれ、村木さん、降りちゃうんですか。このまま一階まで行きましょうよ」

「晃、いつ止まるか分からないんだぞ。また閉じ込められたらどうするんだよ。階段で逃げた方が確実だ」

 村木もたまにはまともなことを言うもんだと、晃は感心しながらエレベーターを降りた。それなら最初からエレベーターに乗らなければよかったことに、晃は気付いていない。前を見ると、地下五階の廊下をバタバタとふたりの男が駆けている。ひとりは短機関銃を持った直立二足歩行のゴリラで、もうひとりは白衣を着てジュラルミンのケースを大事そうに抱えた黒ぶち眼鏡君だ。村木が足音を聞いて振り返った。

「あっ、山本班長、それに小林研究員。ご無事でしたか」

 村木が能天気に声を掛けた。廊下の中ほどで、晃と村木の姿を見た山本が驚いたような声を出した。

「村木、それに五十嵐も。お前たちここで何をしている。というか、よく殺されなかったな。やはりバカは死なないのか、それとも死ななきゃ治らないのか、つける薬もなさそうだし、難しい問題だ・・・。とにかく、こっちへこい。地下シェルターに避難するぞ」

「地下シェルターへ? なぜ地下なんですか、地上へ逃げましょうよ」

 村木の後ろで晃が「そうだそうだ」と声を上げる。山本は口答えするなと言わんばかりに、晃と村木を睨みつけた。

「地上には自衛隊が待ち構えているはずだ。小林研究員の持っているケースの中味をやつらに渡すことはできないんだ。それに、試作機のロボット兵器が暴走しているから、こいつを鎮圧するために支援部隊が駆けつけてくるだろう。いや、ひょっとすると戦闘機からのミサイル攻撃で建物ごと吹っ飛ばすかも知れん。とにかく、一旦地下シェルターに避難するしかない」

 山本は首領の間に入り、首領室のドアを開けた。小林研究員が後に続き、その後ろをまだ納得していないのか晃と村木がブツブツと文句を言いながら付いてくる。

「山本班長、首領室に勝手に入っていいんですか」

 村木の声に山本が振り返った。

「地下シェルターに避難するための移動シューターの入口はここしかないんだから仕方ないだろう」

 首領の机の背後の壁に掛けられているドボンデズの紋章である火を噴くドクロの右目に山本が指を差し込んだ。ガタリと音がして壁の一部が回転ドアのように回り、移動シューターの入口が現れた。三人乗りのボブスレーのような形をした二機の搭乗ゲージが、斜め四十五度の角度で頭を下にして並んでいる。その横には、ドロン首領たちが避難する際に使用して空になったシューターの軌道が八本並んでいた。山本は搭乗ゲージの横に立ってロックの解除を始めた。

 晃と村木は物珍しそうな顔をして首領の机を見ていた。畳一畳ほどもある大きな首領の机には、脚や側面に無数のドクロが刻まれている。机の上にはガラスの一枚板が敷かれていて、ガラスの下にはアジト各階の配席図と内線番号の書かれた紙が挟み込まれている。机の上には読みかけの月刊世界征服の最新号が見開きの状態で置かれていた。ドロン首領が退避する際に機密資料などを持ち出したのだろう、机の引出しが開いていた。その引出しの底には単行本ほどの大きさの金属製の箱があり、箱の上には火を噴くドクロの文様が浮き彫りにされていた。箱はくすんだような金色をしていて、禍々しい妖気を発している。

 晃はその箱に気付くと、指でそっとドボンデズの紋章に触れた。すると、ドクロが真ん中から縦にパカリと割れたように箱が左右に開いた。箱の中には五百円玉ほどの大きさの赤いボタンがあった。赤いボタンの上にもドボンデズの紋章が描かれていて、紋章の下に文字の書かれたシールが貼り付けられている。

 晃はシールに書かれた文字を指でなぞりながら読んだ。

「自爆ボタン。絶対に押さないこと」

「どうした晃」

 村木が突然声を掛けて、晃の肩をポンと叩いた。ビクリと反応した晃の指に力が入り、赤いボタンをポチッと押した。

「あっ!」

 晃が声を上げたがもう遅い。部屋の天井の赤色灯がグルグルと回り出し、ビイーン・ビイーンという警報が鳴り始めた。自爆装置の作動ボタンが押されたのだ。

 山本が搭乗ゲージの傍から離れて、鬼のような形相で首領室に駆け戻った。

「お前たち、今度は何をした!」

「押しちゃった。村木さんが驚かすから、つい・・・」

「わわわ・・・僕のせいにするなよ。晃が押したんだから責任取れよ」

 山本は信じられんという顔をして晃と村木を見た。顔から血の気が引いている。

「これはドボンデズアジトの自爆ボタンだ。五十嵐、何ということをしてくれたんだ」

 山本は頭を抱えた。そして何かに気付いたように「うん?」と顔を上げると、晃と村木を見た。

「待てよ、狂った昇龍を葬り去るにはこれしか方法がないのか。よし、村木、五十嵐、搭乗ゲージに乗れ。小林研究員と一緒に地下シェルターに避難するんだ。俺は後から追いかける、急げ!」

 一機の搭乗ゲージに晃、村木、小林研究員を乗せると、山本は射出スイッチを押した。三人を乗せた搭乗ゲージはプシュッという圧縮空気の漏れる音を残して、移動通路の中に吸い込まれた。

 山本はスマートフォンを取り出した。

「・・・こちら山本だ。・・・そうか、片岡、よく聞いてくれ。たったいまドボンデズアジトの自爆装置の起動ボタンが押された。押したのは村木と五十嵐のバカコンビだ。・・・そうだ、鳴り響いている警報と天井の赤色灯はそのせいだ。自爆まで残された時間は五分。片岡、昇龍を何とかしてこのアジトの中に閉じ込めてくれ。・・・そうだ、アジトもろとも昇龍を爆破するんだ。昇龍を倒すにはこの方法しかない。お前と神藤は、デス博士を連れて何とかして逃げろ。・・・何、デス博士が亡くなった・・・分かった。正義の使者の健闘を祈る」

 山本はスマートフォンを切ると、搭乗ゲージに乗り込んだ。


 月影はスマートフォンを切ると、ベルトに付いた小物入れ、違った、装着具にしまった。

「月光、よく聞け。あと・・・四分ちょっとでこのドボンデズのアジトは自爆する。昇龍をこのアジトに閉じ込めたまま、俺たちは脱出しなければならん」

「あいつを閉じ込めたまま?でも、私たちが逃げれば、あいつは私たちの後を追ってきますよ」

「そうだ、だから閉じ込める方法を考えるんだ」

 月光の視線が天井の赤色灯に移った。クルクル回る赤色灯の横には・・・。

「火災報知器だ! 火災報知機を作動させて、各階の防火扉を閉めるんです。これでやつは逃げられません」

「でも、俺たちはどうするんだ?」

「防火扉には人が退避するためのドアが付いています。私たちはそこから逃げられますが、昇龍のあのバカでかい図体ではドアを通れません」

 月影は分かったとばかりに頷いた。

「残り三分。俺がやつをくい止めるから、お前はそのすきに廊下に出て、火災報知機のボタンを押して防火扉を作動させろ。行くぞ!」

 月影は手術台の陰から飛び出すと、銃弾の雨の中を昇龍に向かって走った。銃弾を受けた月影の装甲板からバチバチと火花が飛び散った。月影の装甲板は限界に近づいているのだ。月影はそれを無視して宙に跳んだ。昇龍の胸部に月影チョップがさく裂した!

 衝撃で壁際まで後退した昇龍の横を月光が駆け抜けた。月光の背中にリボルバーカノンの銃弾が浴びせられたが、月光の超人用装甲スーツは銃弾をことごとく跳ね返した。

 廊下の中ほどにある火災報知機のボックスの前に滑り込むようにして到達した月光は、ガラスを叩き割ってボタンを押し、その横にある防火扉作動ボタンを続けて押した。自爆装置の警報に重なるようにして火災警報がジリジリと鳴り、廊下の両端にある防火扉がゆっくりと下りてきた。

 魔人製造室から月影と昇龍がもつれるようにして廊下に出てきた。防火扉はまだ半分ほどしか下りていない。防火扉が下りきるまで、何としてでも昇龍をくい止めなければならないのだ。

 月光の目がきらりと光った。月光は右腕をグルグルと回しながら昇龍に向かって猛然と走った。そして昇龍の脇をすり抜けざま、右腕を昇龍の首元付近に叩きつけた。

 壊れたダンプカーの異名を持つ往年のプロレスラー、スタン・ハンセンの必殺技『ウエスタン・ラリアット』がさく裂したのだ! いや、これからは『月光ラリアット』と呼ばねばなるまい。必殺技の完成だ。

 あまりの衝撃にAI回路が一時的にシャットダウンしたのか、昇龍の額で明滅していたランプがスウッと消えた。動かなくなった昇龍はシステムを再起動しているのだろう、額のランプに光が戻り、青白くチカチカと点滅を始めた。

 防火扉が下りきったズウンという音が廊下に響いた。

「よし、脱出だ。残り一分弱、急げ、月光!」

 走り出そうとした月影がもんどりを打つように倒れた。月影の左足首を昇龍の右第一腕が掴んでいた。

「月影さん!」

「クソッ、放せ・・・ダメだ」

 月光は月影の横に跪くと、月影の左足首を掴んでいる昇龍の右第一腕にこぶしを叩きつけたが、昇龍の腕はビクともしない。

「月光、お前だけでも逃げろ」

「そんな・・・。分かりまし・・・ウン?」

 分かりましたと言いかけた月光の目に、月影の強化装甲板の留め具が映った。左足ユニットを外せばいい。旧式の留め具方式がこのときばかりは幸いしたのだ。月光は左足ユニットの留め具をパチンと外すと、月影の脇の下に腕を入れて思いきり引っ張った。左足ユニットがスポリと脱げた。月光はそのままの姿勢で防火扉まで月影を引っぱって行くと、退避用のドアを開けて外に転がり出た。

 再起動を終えて追ってきた昇龍の身体が防火扉にぶつかってドオンという音が響いた。退避用ドアから昇龍の左第一腕がヌウッと伸びて、月影の右足を掴もうとしている。あわやのところで月影が右足を引っ込めた。昇龍の左第一腕は月影の右足のつま先三センチのところで空を切った。

 自爆まで残り三十秒。

 月光と月影は並んで階段を駆け上がった。地下六階から地下五階に上がると、階段脇のエレベーターホールで、エレベーターがポッカリと扉を開けていた。晃と村木が乗り捨てたエレベーターだ。

「月光、エレベーターシャフトだ。それを垂直に跳び上がれば、間に合うかも知れん」

 月光と月影はエレベーターに走り込むと天井を叩き壊した。垂直に真上に延びるエレベーターシャフトが姿を見せた。月光と月影は地上階に向かってジャンプした。


 ドカーンという耳を聾する爆音とともにドボンデズのアジトの地下から爆炎が吹き上がり、建物全体が炎と黒煙に包まれると、その後、二度三度と爆発が続いた。アジトの建物がガラガラと音を立てて崩れ、建物の底地部分が見る見るうちに陥没していく。それに合わせて敷地内の地面にも無数の亀裂が走り、それは巨大な亀裂となって蟻地獄のように地面を呑み込んでいった。青雲寮の建物も斜めに傾きながらゆっくりと地中に消えた。埋立地の地盤に亀裂が入り、陥没により生じた巨大な穴に海水が流入してきた。海水は激しい蒸気を噴き上げながら陥没した穴に滝のように流れ込んだ。海水の流入が止まったときには、ドボンデズのアジトのあったところは黒々とした大きな池に変わっていた。

 ドボンデズのアジトは消滅したのだ。狂った昇龍を胸に抱いたまま。

(第五話おわり) 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ