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孤児院から全力疾走で逃げ出した少女が帰る場所を求めて失われた古代文明を探す話  作者: 高ノ原 麻矢


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2 リーナと歴史博物棟

「ここで降りるよ」

 リーナはアルに言われた通り、その停留所で乗合馬車からそっと地面に降り立った。

 ギルに買ってきてもらった、簡素だけれど上品な紺のワンピースの裾がふわりと揺れる。

 そして、リーナが二人とともにやってきたのは、豪華な門の前だった。

門自体は開いているが、門番らしき人が立っている。敷地を囲む塀はどこまでも続いていて果てが見えないほどだ。

「『王立大学術院』?」

 リーナは門の脇に大きく書かれている文字を読んだ。なんだか、自分にはとても場違いな所に来てしまった気がする。

 アルはそんなリーナに、自慢げに紹介した。

「そう。王立大学術院。略して『学院』。何かを調べるならここ。国中の技術と情報が集まってるよ」

 気後れするリーナに、にっこり笑ったアルは、慣れたように門番の方へと歩いていく。

 ギルもその後を追い、リーナも慌てて二人の元へ急いだ。

 二人は鳥が掘り込まれたブローチのようなものを門番に見せ、私を従者だと言って一緒に門をくぐった。

「うまくいったね」

 しばらく歩くと、アルはいたずらっぽい笑みを浮かべてそう言った。

「さて、いいかい? 設定はこうだ。学院生の僕たちは、侍女の勤勉さに気づき、ご褒美にと大学へと連れてきてあげた。好奇心旺盛な侍女は、アトセルティルス文明がお気に入りで、資料を探している」

「うん。わかった!」

 アルに元気よく返事をしたリーナに、ギルが呆れたように視線を向ける。

「リーナ……。侍女ならアルの隣りは歩きませんよ」

「えっ?」

「従者は主人の斜め後ろから、主人と主人の周りに気を配りながらついていくものなんですよ」

「へぇー。こんな感じ?」

 リーナはアルの後ろ、ギルの反対側に陣取った。アルが左にギル、右にリーナを従えている感じ。

「そう。あと、足音も静かに。主人に不便が無いよう、影のように付き従うイメージで」

 なんだかめんどくさい。リーナは反射的にそう思った。しかし、二人の協力を得るためならこれぐらいお安い御用よと、気合を入れる

「また足音が大きくなってきましたよ」

「ぐっ」

 やる気が裏目に出て悔しがるリーナは、かえってぎこちない歩き方になる。

「あんまり無理しなくていいよ。足は大丈夫?」

アルはリーナに振り向き、優しく頭にポンポンと手を乗せて微笑んだ。

(王子様!?)

 思わずリーナは心の中で叫んだ。ここまで一切思わなかったと言えば嘘になる。こんな金髪で手助けしてくれる優しい青年なんて、物語に出てくる王子様しかありえないじゃない。まさかこの目で拝める日が来るなんて。いや、待って。貴族の青年てみんなこんな感じなの!?

 リーナがそんなことを頭の中にかけ巡らせていると、ギルの低い声が現実に引き戻す。

「足は、どうですか?」

「ふあっ!?すみません。アル様に応急処置していただいたおかげで、大分ましです」

 ギルの圧に慌てるリーナを見て、アルはほほえましそうに笑った。

「そう、良かった。でも、無理してはだめだよ」


「さあ、ここが歴史博物棟だ」

 アルは目の前の大きな白い建物を見上げてそう言った。

歴史博物棟の大半は、記録が残っている時代の展示だが、一部、アトセルティルス文明の可能性のある遺跡から出土した物も展示されているらしい。

「この部屋だ」

 リーナがアルに案内されて入った部屋には、意外とたくさんの物が展示されていた。未だ解読されていないという文字が刻まれた石板、こぶしほどもあるまん丸な透き通った緑の宝玉、本物の顔そっくりに形作られ、独特の装飾がされたお面。しかし、どれもいまいちピンと来ない。おかしい。

 内心焦りながら展示物を見て行くと、金でできたオブジェが目に留まった。とうもろこしくらいのとんがった筒状の物の両側に、三角の羽のようなものが付いている。

「これ……飛ぶ?」

 思わず口をついて出た言葉に、リーナは自分でハッとした。聞いていたアルも、リーナの視線を追ってのぞき込む。

「さあ、どうかな? 用途不明品の一つみたいだからなぁ」

「そっか……」

 リーナは上の空で返事をしながら、懸命に頭の中を巻き戻そうとする。さっき、そのオブジェを見た時、一瞬何かが見えた。きっと何か手掛かりのはず。なのに、どうしても思い出せない。

 その後も、一通り出土品を見て回ったけど、他には何も見つからなかった。いまいち手掛かりが得られず、初っ端から手詰まりになってしまって、リーナはがっかりする。それに、やっぱりちょっと足首がズキズキ痛む。医者に行けたらいいけど、診察費が高すぎてとても診てもらえない。

「あー!もう、どうしてこんなに医者が高いのよ!もっと簡単に医者に行けたらいいのに!」

 リーナが突然そんなことを言ったので、アルとギルは驚いてリーナの方を振り返った。 

珍しく、ギルが口を開く。

「医者が、高い?」

 ギルがやけに真剣に聞いてくるので、リーナは気おされた。

「そ……そうよ。貴族でもないと、医者なんて高すぎてちょっとやそっとじゃ行けないわ。―っていうか、ひどい病気やけがでも医者に行けないまま死んじゃうことだってあるんだから」

悔しそうに目をうるませるリーナをなだめるように、アルはリーナの頭をそっとなでる。

「そっか……。医者は少ないし、薬も平民には高価だもんね……。誰でも簡単に医者に行ける世界か。そんな日が来るといいね」

「うん。きっとできるはずよ……」 

 リーナは心から願った。

「で、それよりも、足は大丈夫?」

 アルが心配そうにリーナの顔をのぞきこんだ。

「あ……。うん。ちょっと痛むけど大丈夫。ゆっくり歩いてくれてありがとう」

「当たり前のことだよ」

 アルがほほ笑む。

「さて、アトセルティルス関連と思われる物はこれで全部だけど、何かあった?」

 うつむいて首をふるリーナ。

「そっか。うん。じゃあ、次に行こう」

「次!?」

 リーナは勢いよく顔を上げた。その瞳に輝きが戻る。

 アルは、リーナのあまりの変わりように思わず吹き出した。

「君は……本当によく表情が変わるね。面白いな」

 アルの笑いをこらえて震える声に、さすがのリーナも恥ずかしくなった。笑わなくったっていいじゃない。

「また表情が変わってるよ」

 言われて初めて、リーナは自分がほおを膨らませてむっつりしていたことに気づいた。そして更に眉間にしわが寄る。

 その表情を見て、アルはさりげなくせきばらいをして、笑いをおさめた。今度はリーナに向けて優しい笑みを浮かべる。

「ごめんごめん、馬鹿にしたわけじゃないんだ。素直でいいなって。新鮮だったんだよ」

 リーナは、なんだかアルに上手く丸め込まれたような気がしたけど、早く「次」に行った方がいいと思って、小さくうなずいた。



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