AIの生成について
AIの発達ってすごい。
私はお風呂で汚れと不機嫌さを洗い流しながら、そのような事が思い浮かんだ。
大雑把なお題、詳細なお題、文章や自身が描いたイラストなどで何をどうして欲しいのか注文をして、出力と言うのだろうか?AIに代理創作をしてもらう事が出来る。
創作活動の他にも、しょうもない言葉を送信すると、AIモデルによっては真面目に、あるいはノリ良く返信が届く。
その違いを楽しむのも一興だが、私がお風呂場で至った思考は生成AIによる代理創作において『嫌われている場合がある』という事への疑問だった。
何故嫌われるのか、それはやはり金銭が発生する場合が多いからだろうか。
私自身、小説や絵を描くことはあるが、これを商品として金銭に変えようと思えば、かなりの才能かそれぞれの創作に長期的な時間向き合う必要が出てくる。
努力に対して報われづらい事が創作という活動ではあるが、コレがAIに頼むとスラスラと創って貰えるのだ。
実際私も利用した事はあるが、確かに綺麗な絵を描いてくれた。
これは凄い!そんな感想を抱いたことは覚えている。
自分が考えている物を完璧に創造!というわけではなかったが、イラストを注文した際に、ものの数分で注文した衣装やポージングはしっかり描かれていた。
なるほど。このレベルは確かに素晴らしい。
物によっては人が描いた物かどうか区別がつかないだろう。
そう。その区別がつかない程の綺麗な出来栄えが問題なのだと思う。
私の友人の話になるのだが、とあるイラストレーターをSNSで見かけ、そのイラストレーターのホーム画面にて絵の依頼が出来るサイトのURLが貼られていたそうな。
友人は、コレほど上手いならば描いてもらいたい!と考えてそのサイトを訪れ、最低金額として設定されていた二千円を支払い、自分の好きなアニメキャラクターのイラストを注文した。
その後、2時間ほどで依頼したキャラクターのイラストが届いたらしい。
その時に友人は、面倒くさいオタク魂を出してしまい『このキャラクターでこの衣装カラーと装備はあり得ない。申し訳ないが描き直してもらうわ』と依頼した物を私に見せてきた。
私も(なるほど、これは確かに)と概ね同意するものではあった。
そして友人は依頼したサイトではなく、イラストレーター本人へダイレクトメッセージを送った。要約するが内容はこうだ。
『このキャラクターのイメージカラーは赤で、弓や銃をメインにしているので描き直して貰えないでしょうか?報酬は再度支払います』
上記の内容を送信した友人は、それから数日返信を待った。そして、そのイラストレーターから届いた返信を私に見せながら怒りを露わにした。
以下、その返信の内容を要約。
『私は依頼者からのイラストに関しては、生成AIに創って貰っているので、一枚絵の細部を変更することは出来ません。依頼のものにご不満がある場合は、ポーズや服装、カラーリングなどを詳細に記入し、サイトにて再び依頼したください』
この内容を私に見せながら友人は『コレを見てくれよ!AIに作らせてたやつだったわ!』と憤りながら詐欺であることを私に主張してきた。
そして、これは相手側が自分の手で創ったものではないから不当な取引だとイラストレーターへ再びダイレクトメッセージを送信したのだ。
それからは、友人とそのイラストレーターのやり取りを私は逐一聞かされることとなった。
友人としては、AI生成であるならばそう明記するべきでだ。これは詐欺だ!と断固として主張。
その意見に対してあちらは、AIによる生成だろうと注文通りのイラストを提供したうえに、利用規約などで違反はしていない。詐欺ではない。そっちが勝手に思い込んだのだ。と主張した。
その話を聞かされた私は、お互い様だなとため息を吐くしかなった。
イラストレーター側は、自らが描いたようにSNSに投稿し、AIで描いていることを明記しなかった。しかし、あちらが使用した生成AIの利用規約に関して言えば違反は一切していない。
その理屈はわかるが、自らが望んでいない方法で創られた物に金銭を支払わなければならない事や、その方法を明記したいなかった事への憤りは充分に理解できる。
私は、この二人の契約と感情の争いは、どちらかが決着がつかないだろうと踏んでいた。
そして、こういったすれ違いや勘違い、はたまたそれを利用した詐欺まがいの行為が、AIというジャンルに嫌厭の意を持たせるのだろう。
令和の現代社会において、ネットワークによる悪評は真偽問わず森林火災のように燃え広がる。
仮に一部の、全体の数パーセントがAIを悪用し金稼ぎをした場合、その出来事は一瞬で拡散され注意喚起として広まる。
そうして悪評が広まると、なんとなくの印象でAIというジャンルが悪く見られがちになるのだ。
私も、AIによるフェイクニュース。生成AIによるイラストに関してのいざこざをSNSで見かけることはある。
そういう悪評で、私自身もAIというジャンルは忌避していたのだが、ある日ふと思った。
この問題は、道具を使う者が非難される事象であり、ジャンル自身には何も非はないはずでは…と。
そんな当たり前の事だが、私はあまりにも届く情報の偏りから、AIという物自身が悪意あるものなのだと思い込んでいたのだ。
自分の頭の硬さに苦笑いが漏れたが、それと同時に、何故被害者でもない私はそこまで忌避感を抱いたのかを考えた。
そして至った結論としては、人の創作の苦労を知っていたからだと気づいた。
何十時間、何百時間。多い人ならば何千、いやそれ以上数え切れないほど、イラスト 動画 シナリオ 小説 様々なジャンルに対して向き合って来たことだろう。
その苦労をせずに、文章を打ち込みさっさと出来上がった物で金稼ぎをしているのが許せない!私はそう感じたのだろう。
生成AIを使用した商売に関して反感を抱いていたのは、私が人の努力を尊いと考え、その努力が踏みにじっている様に感じたからなのだと、自分を納得させた。




