学び
これは、僕が息子に語った、ほんの些細な物語です。
「勉強しろ!」と声を荒げるたびに、僕自身の後悔と、親から投げつけられた言葉が胸をよぎりました。
あの頃の僕にとって勉強はただの苦痛でした。
目の前の教科書が将来の自分とどう繋がるのか全く見えなかったからです。
社会に出て幾多の壁にぶつかる中で、僕は知りました。
あの頃の「勉強」は、ただの暗記ではなく、世の中を深く見つめ、人生の選択肢を広げるための「学び」だったのだと。
この物語は、そんな僕が、コップ一杯の水を使って息子に伝えた、ささやかな挑戦の記録です。
この話が、かつての僕のように勉強の意義を見失っている誰かの心に届き小さな一歩を踏み出すきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。
小説:『学び』
プロローグ:コップ一杯の水に映る過去と今
「遊んでないで勉強しろ!」
僕が発したその強い言葉は、かつて僕自身が親から投げつけられた言葉と全く同じだった。
あの頃の僕は、お前と同じで何故こんなことを言われなきゃいけないんだと反発ばかりしていた。
目の前の勉強が未来の自分にどう繋がるのか、そんなことは何も見えなかった。
勉強なんて生きる上で何の役にも立たない…そう本気で思っていた。
けれど僕は社会人になってから何度も痛いほど過去の考えの甘さを痛感している。
あの時もう少し深く学んでいれば、もっと違う道を選べたかもしれない。
我が子には僕と同じ後悔をしてほしくない。
ただそれだけの気持ちで僕は子ども勉強を強いてしまう。
「勉強なんてなんの役にも立たないじゃん!」
そう反発する子どもの姿は、まるで過去の自分を見ているようだ。
DNAの継承が見事で笑える…自分は確かに努力を怠ってきた。
注意する資格なんて本来は無いのだが、やはり我が子に後悔させるような人生を歩んでほしくない。
何か勉強に興味を持ってくれたらなぁ…と考えながら水を飲んだ。
「水かぁ…」
僕は子どもが座ってる机の勉強道具を片付け、代わりに水道から汲んできたコップ一杯の水を置いた。
そして僕は語りかける。
「…これ、何に見える?」
子どもは呆れ顔で答える。
「バカにしてるのか?ただの水でしょう」
僕は笑顔を浮かべて子どもに答えた。
「そう、ただの水だ。勉強してないが故にお前の目にはただの水にしか見えないんだらうな。」
「この水をよくみてみろ。数学を学べばこのコップにどれだけの水が入ってるか、その数字が見えてくる。理科を学べば、この水が水素と酸素でできていることを知る。社会を学べば、この水がどこからやってきたのかを知る。音楽を知れば水の量でコップの音色が変わる事を知る。この水を考察する事で全ての教科が必要な理由がわかる。今から僕が話す内容がしっかり理解できた時、水に対しての考え方がかわるはずだ」
勉強は確かに大事だ、だがもっと大切なのはその中にある意味を知ること。
これは、一杯の水から始まった物語。
・第1章:理数で世界を解き明かす
僕は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
「なんだよ、そのため息は」子どもは不満そうに尋ねた。
僕はわざとらしく肩をすくめてみせた。
「深呼吸だよ。…お前が吸った酸素と、僕が今吐き出した二酸化炭素、両方とも目に見えないのに、ちゃんとここにあるんだよな」
「気持ち悪りぃな…熱でもあるのか?」
子どもはそう言って、つまらなそうにコップの水をただ見ていた。
「この水は…理科を学べば、この水が水素と酸素でできていることを知ることができる。理科ついでにもう一つ、空がどうして青いのか知っているか?」
子どもは少し戸惑った表情で首を傾げる。
「実は、それも光と、そして空気中に漂う目に見えない水の粒が関係しているんだ。理科を学ぶと、そういう身近な不思議を解き明かす探偵みたいで、すごく楽しいんだ。あと余談だけど、人間の体の水分比率と地球の水分比率も、ほぼ同じだって知っていたか?」
考えた事もない…という感じで驚いたように目を見開いた。
「すごいだろ?そして、数学を学ぶと、このコップにどれくらいの量が入っているか、正確にわかるようになる」
僕は語りかける。
「これは水に限った事じゃない。世界を細かく見ていくと、この水の底に映る景色も少しずつ違って見えてこないか?まるで世界に隠された宝物を見つけるみたいで楽しいだろ!」
父の言葉に何かを感じたのか、子どもは黙ってコップを見つめている。
「理科を学ぶという事は、世の理を理解すると言うことだ」
さっきまでの不満そうな表情は消え、探求心が芽生え始めているようだった。
・第2章:社会と技術で広がる水の旅
「じゃあ問題!この水はどこから来たと思う?」
僕の問いに、子どもは少し考えてから「蛇口から。水道管を通って」と答えた
「その通り。じゃあ、その水道管の中を流れる水は、もともとどこにあったものだろう?」
「…川?」
「半分正解だ」と答えて、窓の外を指さした。
「でも、その川の水は、もともとどこにあったか知っているか?この水の旅は、もっと壮大なんだ。海や湖、森の霧から蒸発した水蒸気が空に上がって雲を作り、その雲が雨を降らせて、川になる。そうやって、何度も何度も形を変えながら、この水は旅をしている」
子どもは窓の外を見つめ、勉強が何故大切であるかを認識し始めた。
授業で確かに習っていた事ばかりだが、教科書や黒板をただ書き写し、テストで良い点を取るためだけの勉強をしていただけで本質を学んでいないことに今回初め実感した。
「その旅の最後のゴールが浄水場なんだ。そこでたくさんの人が働いて水を飲めるように綺麗にしてくれている。僕たちがこうして蛇口をひねるだけで水が出てくるのは、恵まれた環境にいるからなんだ。世界には、戦争や災害、貧困で、きれいな水が飲めない子どもたちがたくさんいる。社会を学ぶっていうのはね、そういう目に見えない人々の繋がりや、世界が抱える問題を知ることなんだ。知った知識は、自分自身のためだけじゃなく、そういう人たちの暮らしを考えることにもつながる。水って本当凄いよな!」
「うん…」
子どもは小さくうなずき、コップの水を両手で包み込んだ。
さっきまで不満げだった表情は消え、静かに何かを考えているようだ。その小さな手に収まった水が、今、どれだけ遠い場所から来たのか、そしてどれだけの人の手を経てきたのか、その重みを少しだけ感じ取ったのだろう。
・第3章:心と体を育む水
「水について、どれくらい理解してる?」
そう言うと、子どもは少し考えてから、「うーん、H₂O?」と答えた。
「それは化学式ね、その回答は水について教科書通りにただ暗記しただけ、そんなテストで良い点を取るためだけに覚える勉強は苦痛でしかないから嫌になるんだ。少し視点を変えたら勉強も楽しくなるよ」
自分自身、子どもの時がそうだった。やれと言われてただやっていた勉強は楽しさなんて全く無く、良い点を取るための勉強すらしていなかった。
子どもがここまで返答できてる時点で当時の僕よりはよっぽど努力しているのは理解できるけど、それでもまだまだ足りない。
「人の身体に水分がどれだけあるか知ってるか?」
子どもは無言で頷いた。
「その水分を僕たちは飲むこと以外でも様々な所から摂取してる事を考えた事ある?毎日食べている野菜にも、肉にも、米にも、あらゆるものに水分がある。
食べることでも身体に水分を取り込んで命を紡いでいる。…生命の正体は水と共にあるんだ」
子どもがこの話を聞いた時目を輝かせて食いつくように質問をしてきた。
「よく友達とかと宇宙人はいるのかって話をするんだけど、宇宙人も水が必要なのかな?」
誰もが一度はした事があるであろう会話、本来勉強というのはこうして興味を持ち自ら考え答えを遊びの中から出していくもの。
でも基礎学力がないと人の探究心は満たせない、社会で生きるために必要だけど、自分自身の欲を満たすためにも勉強も大事だと改めて感じた。
「一般的な生物学で言えば水は絶対条件ではある、だからNASAは水のある惑星を探し、そこに生命があるかを分析している。火星とかつては水があり生命の痕跡があったと話題になっていたよね」
勉強について反発していた子どもがここに来て聞く姿勢から学ぶ姿勢に変わった。
「でも、これは水の話から少し外れるんだけど、生命体は住む環境に適応して進化する、だから水が絶対であるとは言い切れないと僕は思う。水分が無い以上はしなやかな筋肉もないから動けないとは思うけど、宇宙全体を視野に入れるなら授業で習った常識の枠を超えた自由は発想力が必要だよ」
僕自身、アニメなどをよく見てきたから宇宙の話は好きだ、だからこの手の話になるとついつい話が脱線してしまう。
「でも僕らは地球の環境に適応して進化してきた生命体だ。人体の水分がなくなったら命を落とす。保健体育で習っただろ?脱水症状や熱中症って。あれは体の中の水分が足りなくなって、体の機能がうまく働かなくなる状態なんだ。お前が何気なく水を飲むという行為は、喉の渇きを潤すだけじゃなく、自分の命を守るためのとても大切な行為なんだ」
子どもはハッとしたように僕の顔を見つめ、何かが繋がったかのような目をしていた。確かに自分自身の命の源があることを感じ取ったようだ。
・第4章:五感と自由な発想で感じる水
「そういえば、さっき宇宙人の話をしていた時、お前は常識の枠を超えた自由な発想力が必要だって言ったよね。それは何も理科や社会だけじゃなく、他の勉強でもすごく大切なんだ」
僕はそう言って、コップを耳元にそっと近づけた。
「水には音がある。耳で聞き取れる音は、空気の振動によって感じ取れるものだ。空気にも、水に共通する酸素が含まれていることを知っているか?この水の音も、その振動で僕たちは感じ取っている。理科の話に戻るけど、コップの中の水の量を変えると、叩いた時の音が変わる。ここで音楽を学べば、好きなように音を奏でる事が出来るんだ」
子どもは、空気に含まれる成分について考え込んでいるようだ。僕は、その好奇心を見守ることにした。
「そしてな、教科を組み合わせることで発想力は無限に広がるんだ」
僕はそう言って、今度はコップの水を光に当ててみせた。
「光に当てると、水面がキラキラと反射するだろ?美術を学べば、ペンや筆でその美しい反射を描く事ができる。そして、書道を学べば、より繊細な線を自由に出す事もできる。理科と美術、理科と書道を組み合わせることで、この水の透明感や、揺らめく光の表情を、自分の感性で表現できるようになるんだ」
「これも教科の組み合わせだけど、お前が今朝作ったベーコンエッグ、卵とベーコンをただ焼いただけだと味気なかっただろ?でもその後、お母さんが美味しく仕上げてくれたよね?美味しさの正体をxとして、色々な可能性から答えを見つける、それは因数分解の考え方と一緒だ。数学と家庭科の組み合わせだろ?勉強は、こうして点と点が線で繋がることで、無限の可能性を生み出すんだ」
子どもは、僕の言葉を静かに受け止めた。
「お父さんが、このコップ一杯の水に、たくさんの意味が隠されているって言ったのが少しわかった気がする」
「そうだろ?知った知識は自分だけのものじゃない。感じた心は、自分だけの物語になる。そして、その全てが、他の誰かの命を大切に思う気持ちに繋がっていくんだ」
・第5章:学びは未来を紡ぐ力
「お前は、僕がこの水に対して話したことがで何を感じとった?」
子どもは、僕の問いに少し戸惑っている。
「道徳や哲学を学ぶというのは、そういうことなんだ。物事の本質を深く考えることで、この話に意味があったかどうかを、お前自身が判断できるようになる。この判断力は、私生活では無駄な買い物を瞬時に見極める力になるし、仕事では正しい選択をするための武器になる」
僕は語りかける。
「お前はこの水からたくさんのことを学んだ。水の成分を知る理科の学びは、食べ物の栄養バランスや環境問題を考える力になる。水の量を計算する数学の学びは、仕事で予算を管理したり、料理の分量を正確に測ったりする力になる。水の旅を知る社会の学びは、遠い国の人々の暮らしや、世界の経済を考えることに繋がる。そして、水の美しさや音色を表現する美術や音楽の学びは、人の心を豊かにし、新しいアイデアを生み出す力になる」
子どもは、それぞれの話がまるで点と線で繋がるように、目を輝かせている。
「そしてな、国語を学べば今までの学びをしっかり理解し整理して発信することができる。道徳を交えた言葉を選んで人に伝える方法、伝わる人と伝わらない人の『乖離』を考える。言葉は人の心を動かし命を大切にする気持ちと同じくらい繊細で奥深いものなんだ。そして英語を学べば自分が得た知恵、知識、思考を、この国だけでなく世界中で話す事ができる。自分が感じたことや考えたことを他者と共有し、その本質を捉えられるようになる」
・エピローグ:お前の物語
「お前も水を飲め、何気ないただの水だけど、今この瞬間に関して言えばただの水ではないはずだ。知った知識と、感じた心、その全てが詰まっている。時間が経てば普段飲む水でただの水と感じるけど、挫折した時とか今日のこの話をふと思い出した時、知識という武器になり一歩踏み出す力となるはずだ」
子どもは静かに水を飲んだ。
「勉強は、ただの記憶の積み重ねじゃない。それは目の前にある当たり前の世界を、無限の可能性に満ちた物語に変えるための魔法なんだよ。勉強ってのは、教科書どおり暗記しても意味がない。この『ただの水』をここまで深く考えられるように、本質を考えて理解する力をつけることが大事なんだ。そして、なぜ勉強しなければいけないかという理由、もう分かっただろ。お前が知り感じ考えた数だけ、人生の選択が生まれるんだ。お前の好きなゲームで例えるなら、物語の主人公はお前自身であり分岐点で常に選択をしてエンディングを目指さないとならない。ゲームのように選択技は用意されるわけじゃないから、自分で選択技を増やさないとダメなんだ。社会に出たら周りはもちろん、親でさえも助けてあげられない事も多い」
ー僕が伝えたかったことー
得た経験値は自分だけのもの、勉強という敵を相手にレベルを上げて人生というボスに挑む、自分だけの物語だ
物語を最後まで読んでくださり心から感謝申し上げます。
この物語は僕が書道家・歌手として活動する中で、常に胸に抱いてきた一つの信念を形にしたものです。
それは「誰もが自分だけの人生の物語の主人公である」ということ。
勉強は本当退屈で無意味に感じられるかもしれません。
しかし、一つ一つの学びは人生という壮大な物語を紡ぐための、かけがえのない経験値です。
勉強という敵を相手に知識レベルを上げ、人生というボスに挑む。
その旅路には、きっとたくさんの困難が待ち受けているでしょう。
しかし、その全てが、あなただけの物語を彩る大切な要素です。
この小説が、あなた自身の物語を力強く生き抜くためのエールとなりますように。