6
カジノの建物は、外から見ただけじゃ何の変哲もない飲食店。
だが、奥に続く廊下の先、隠し扉の向こうは全くの別世界だった。
天井にはシャンデリア、足元は絨毯。
高級感を演出してるつもりなんだろうが、どこかチープで悪趣味な装飾。
呼吸をするたび、タバコと香水と、金の臭いが混ざった空気が鼻にまとわりついてきやがる。
「分かれよう。俺は客に回る。ハルカとメイはディーラー側に入ってくれ。リョウは…監視カメラと警備の配置を調べてくれ」
それぞれが自分の役を理解してうなずく。
みんな変装済みだ。ハルカはスーツ姿で、メイは派手なドレス。
リョウは裏方スタッフの制服を着て、冷静に通信機を確認している。
俺はというと、黒のシャツにダークグレーのジャケット、髪も少しだけカラーで誤魔化してある。
ギャンブルは得意だ。場を読む目と、勘。
最初は普通だった。
ブラックジャック、ポーカー、ルーレット。
テーブルに座るたび、勝ちが続いた。
だが――続きすぎた。
メイのディーラー姿は堂に入っていたし、ハルカは軽やかにカードを配っていた。
リョウからの通信も、「特に異常はない」と報告が入る。
けど、俺の中にある妙なざわめきは、だんだん大きくなっていった。
「おかしい…」
勝ち続けている。
しかも俺だけじゃない。仲間たちのいるテーブルだけ、何かがおかしい。
運がいいを超えて、"都合が良すぎる"。
手に入れた書類の一つ一つが、調査に役立つ重要な情報ばかり。
敵がうっかり落としていったような証拠が、目の前に転がっている。
偶然? いや、これは“導かれている”。
そう思った時にはもう、気配が動いていた。
「支配人を見つけた」
リョウの報告に、全員が合流する。
奥の個室。
それっぽい男が、数人の部下を従えて座っていた。
こちらの顔を見るなり、彼は目を細めたが――次の瞬間にはこちらが先に動いていた。
魔法陣が、メイの足元から浮かび上がり、床を走る。
リョウが背後から物理的に拘束をかけ、ハルカの放った無音の衝撃波が敵を壁に叩きつけた。
俺は男の前に立ち、目を細めた。
「終わりだ。おとなしくしろ」
支配人は黙っていたが、明らかに何かを悟っていた。
俺たちはすぐに知り合いの警察官に連絡し、応援を要請。
カジノ内の人間を拘束し、警官が到着するまでの間を見張ることになった。
空気は静かだった。
警備員たちは気絶、客たちは逃げ出し、スタッフも取り押さえられている。
そんな中、ひとりだけ妙に落ち着いた男がいた。
ディーラー服のまま、壁に背を預けて座っている。
その姿を見た時――胸が締め付けられた。
(まさか…)
俺はその男の前に立った。
「もういいだろ?」
声に、かすかな震えが混じった。
けれど、それは誰にも気づかれていなかったはずだ。
男はゆっくりとこちらを見上げた。
そして、ニヤリと笑う。
「…まあ、そうか」
そう言って、彼は指をパチンと鳴らした。
その瞬間、ハルカ、リョウ、メイ――全員がその場に崩れ落ちる。
眠らされた。まるで深い夢に沈んだように。
「やっと二人きりだな、レン」
男は、立ち上がる。
そして、ゆっくりとマスクに手をかける。
剥がされていく黒い仮面。
目の前の男の顔が、レン自身のそれと重なる。
けれど――瞳は赤い。強くて、切なくて、優しい赤。
「…エン…」
レンの声はかすれていた。
ようやく見つけた。
けれど、どうしてこんなところに――。
エンは微笑んだ。
「待たせたな、相棒」