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エンがいない――

その事実を、言葉にしたのはもう数日前のことだった。


俺はあいつのことを全部話した。

けど、俺以外の誰も、エンの姿を見たことがなかった。

あいつは俺の中から来た。

心の奥深く、精神世界にだけ存在してた、俺にとっての“もう一人”。


……だけど、今はもう、どこにもいない。


時間が経つほどに、喪失感は強くなっていく。

あいつの声が聞こえない。

背中を預けられた感覚も、目の端に映ってた気配も、

全部、すっぽりと抜け落ちた。


みんな、エンの話を信じてくれた。

けど、信じてくれたからこそ、動き出すタイミングを誰も掴めていなかった。


リョウが、テーブルに地図を広げながら言う。

「……正直、どこから手をつけりゃいいか分かんねえな」

その声には焦りよりも、困惑の方が色濃くにじんでいた。


「エンって、“ここ”にいたんだよね? レンの中の……」

メイがそう言って、心臓の位置を示すように胸に手を当てた。

「なら、外に出てる理由も、出られた理由も、まだ見えてないってことか」


「でも放っておくわけにはいかないわ」

そう言ったのはハルカ。

まっすぐな目をして、でもその奥には戸惑いが浮かんでいた。


分かってる。

みんな、必死に考えてくれてる。

でも――やっぱり、“実感”は共有できないんだ。


あいつがいた場所に、ぽっかりと空いた空洞は、

俺にしか分からない痛みとして、ずっと付きまとってる。


「……何でもいい。怪しそうな事件、全部洗い出そう」

俺がそう言ったのは、正直、自分でも焦ってたからだ。


理屈じゃない。

俺は、エンが“何かに巻き込まれてる”としか思えなかった。

そもそも、俺の意識が落ちてる間に、奴は姿を消した。

なら、偶然なんかじゃなくて――**何者かの手によって“引きずり出された”**可能性もある。


「それに……あいつは、一人で生きるようなやつじゃない」

口に出すと、ひどく脆い気持ちになった。


エンは……寂しがり屋だった。

表には出さなかったけど、ずっと“そばにいたい”って思ってくれてた。

俺も、そうだった。

一緒にいることが、当たり前だったんだ。


「でも、いま“いない”。ってことは、きっと外で一人になってるんだ」

「なら、俺たちが探してやらなきゃダメだろ」


その言葉に、リョウが拳を軽く打ち鳴らした。

「だな……! つーかもう、全部見て回るしかねえな、こりゃ」

「手当たり次第って、非効率だけど、何もしないよりはマシか」

メイがタブレットを操作しながら、データベースを漁り始めた。


「私は、前に怪しかった依頼をリストアップしてたわ。そこから重点的に調べてみる」

ハルカの声はいつも通り落ち着いてたけど、どこか急いでる感じだった。


――とにかく、走るしかない。

答えもルートも、まったく見えない。

けど、止まっていたら、あいつに追いつけない。


……疲れてるのは分かってる。

最近は夢も見ないし、食事も喉を通らない。

“欠けた感覚”が、日常をどんどん侵食していく。

それでも俺は、止まれなかった。


そんなある日だった。

メイが、モニターを指差して言った。


「ここ。最近話題になってる“謎のカジノ”」

「カジノ?」とリョウが眉をひそめる。

「この町にそんな施設あったか?」


「ないよ。正式な登録はされてないし、警察も見て見ぬふりをしてるみたい」

「完全にグレーってことね」

ハルカの目が鋭くなる。


メイが続ける。

「場所も隠されてて、常連にしか教えられない。中で“人を雇ってる”って噂もある。……なにより、ここ最近できたばかりなのに、情報の出どころが少なすぎる」


俺は、モニターに表示された曖昧な地図を見つめていた。


心臓が、ほんの少しだけ早く脈打った。

理由なんかない。

ただ、何かが“ここだ”って囁いてる気がした。


「そこ、行ってみよう」

俺がそう言うと、全員の目がこっちを向いた。


「……レン」

「大丈夫。ちゃんと調べるだけだよ」

でも内心じゃ、分かってた。


あのカジノの奥に、“何か”がある。

それが、“あいつ”の気配じゃなきゃいいって、願うしかなかった。



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