5
エンがいない――
その事実を、言葉にしたのはもう数日前のことだった。
俺はあいつのことを全部話した。
けど、俺以外の誰も、エンの姿を見たことがなかった。
あいつは俺の中から来た。
心の奥深く、精神世界にだけ存在してた、俺にとっての“もう一人”。
……だけど、今はもう、どこにもいない。
時間が経つほどに、喪失感は強くなっていく。
あいつの声が聞こえない。
背中を預けられた感覚も、目の端に映ってた気配も、
全部、すっぽりと抜け落ちた。
みんな、エンの話を信じてくれた。
けど、信じてくれたからこそ、動き出すタイミングを誰も掴めていなかった。
リョウが、テーブルに地図を広げながら言う。
「……正直、どこから手をつけりゃいいか分かんねえな」
その声には焦りよりも、困惑の方が色濃くにじんでいた。
「エンって、“ここ”にいたんだよね? レンの中の……」
メイがそう言って、心臓の位置を示すように胸に手を当てた。
「なら、外に出てる理由も、出られた理由も、まだ見えてないってことか」
「でも放っておくわけにはいかないわ」
そう言ったのはハルカ。
まっすぐな目をして、でもその奥には戸惑いが浮かんでいた。
分かってる。
みんな、必死に考えてくれてる。
でも――やっぱり、“実感”は共有できないんだ。
あいつがいた場所に、ぽっかりと空いた空洞は、
俺にしか分からない痛みとして、ずっと付きまとってる。
「……何でもいい。怪しそうな事件、全部洗い出そう」
俺がそう言ったのは、正直、自分でも焦ってたからだ。
理屈じゃない。
俺は、エンが“何かに巻き込まれてる”としか思えなかった。
そもそも、俺の意識が落ちてる間に、奴は姿を消した。
なら、偶然なんかじゃなくて――**何者かの手によって“引きずり出された”**可能性もある。
「それに……あいつは、一人で生きるようなやつじゃない」
口に出すと、ひどく脆い気持ちになった。
エンは……寂しがり屋だった。
表には出さなかったけど、ずっと“そばにいたい”って思ってくれてた。
俺も、そうだった。
一緒にいることが、当たり前だったんだ。
「でも、いま“いない”。ってことは、きっと外で一人になってるんだ」
「なら、俺たちが探してやらなきゃダメだろ」
その言葉に、リョウが拳を軽く打ち鳴らした。
「だな……! つーかもう、全部見て回るしかねえな、こりゃ」
「手当たり次第って、非効率だけど、何もしないよりはマシか」
メイがタブレットを操作しながら、データベースを漁り始めた。
「私は、前に怪しかった依頼をリストアップしてたわ。そこから重点的に調べてみる」
ハルカの声はいつも通り落ち着いてたけど、どこか急いでる感じだった。
――とにかく、走るしかない。
答えもルートも、まったく見えない。
けど、止まっていたら、あいつに追いつけない。
……疲れてるのは分かってる。
最近は夢も見ないし、食事も喉を通らない。
“欠けた感覚”が、日常をどんどん侵食していく。
それでも俺は、止まれなかった。
そんなある日だった。
メイが、モニターを指差して言った。
「ここ。最近話題になってる“謎のカジノ”」
「カジノ?」とリョウが眉をひそめる。
「この町にそんな施設あったか?」
「ないよ。正式な登録はされてないし、警察も見て見ぬふりをしてるみたい」
「完全にグレーってことね」
ハルカの目が鋭くなる。
メイが続ける。
「場所も隠されてて、常連にしか教えられない。中で“人を雇ってる”って噂もある。……なにより、ここ最近できたばかりなのに、情報の出どころが少なすぎる」
俺は、モニターに表示された曖昧な地図を見つめていた。
心臓が、ほんの少しだけ早く脈打った。
理由なんかない。
ただ、何かが“ここだ”って囁いてる気がした。
「そこ、行ってみよう」
俺がそう言うと、全員の目がこっちを向いた。
「……レン」
「大丈夫。ちゃんと調べるだけだよ」
でも内心じゃ、分かってた。
あのカジノの奥に、“何か”がある。
それが、“あいつ”の気配じゃなきゃいいって、願うしかなかった。