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仮面の内側で、目を閉じる。
まるでただ一瞬、瞬きするように。
――けれど、私にとってのその“瞬間”は、外の時間とは隔絶された世界だ。
《思考加速》。
時間を、認識ごと引き延ばす。
1秒が、1分に。
1分が、1時間に。
そしてその気になれば――1秒が、1年分の思考時間にすらなる。
この能力の恩恵は大きい。
ただの一瞬で、魔術の構築、呪式の定着、迷路のような推論も終わらせられる。
誰かが手探りで1時間かけて見つける真実を、私は0.2秒で終わらせることができる。
たとえば、
「一瞬だけ見えた文字」――それだけで全文が読める。
「スロットのリール」――止まる前に正解を押せる。
「他人の微細な表情」――何を考えてるか手に取るようにわかる。
そういうわけで、気づけばここ、カジノでも“ちょっとした有名人”になっていた。
表に名前が出てるわけじゃない。
だが、黒い仮面をつけた無口なスーツの男が、
ディーラー席に立つだけで緊張感が走るのだ。
私が扱うテーブルは妙に空気が張り詰める。
そして、なぜか“勝率が異様に低い”。
それも、客にとって――な。
私は一言もしゃべらない。
けれど、客の挙動、視線、焦り、そして賭けるまでの躊躇を読み、
ほんのわずかな間にカードを配り、ルールの穴を突き、
“負け筋”をきっちり引き当てさせる。
その完璧すぎる手並みに、誰もが言う。
「……あいつは人間じゃない」
「なんなんだよ、あの仮面のディーラー」
「一瞬見ただけで全部読まれてる気がする」
笑える話だ。
実際、人間ではないのだから。
……ただし。
“レン”と結び付けられるわけにはいかない。
私の姿は彼と同じだ。
骨格、声質、身長、すべてが一致している。
――だからこそ、調整してある。
「認識阻害」には応用がきく。
相手の視覚情報、音声情報、直感的な印象。
そういったものを、わずかに“削って”“染めて”“すり替える”。
レンは17歳。
私は彼と同じ顔を持っているが、**他人の目には“大人びた雰囲気”**で認識されるよう、認識レベルで細工してある。
レンとは違う、
“怪しげで”“妖しくて”“触れてはいけない気配を纏った男”。
正体不明。
名前も、年齢も、素性も分からない。
だけど、そこにいるだけで空気を変えるような存在。
それが、私――エンだ。
私は有名になることを恐れてはいない。
むしろ、“記号”としての名声は利用すべきだ。
誰かが“この男に賭けてみよう”と考える。
誰かが“この男に情報を売ってみよう”と考える。
そうやって、私のところに人が集まり、情報が集まり、
やがてその流れが“レンのもと”へと帰っていく。
私の役目は、あくまで彼を守ることだ。
そして今は、
彼が知らないところで動いている“異常”を暴くこと。
精神干渉を仕掛けてきた敵、
そしてその裏にある意図を、あぶり出すこと。
だから私はこの世界の裏を這いずり回る。
仮面をつけたまま、笑わず、名乗らず、
黒い影のように動きながら、ただ彼の盾となる。
……たとえそれが、
「本物の自分」になれないという意味だったとしても。
構わない。
私は、彼の心が生んだ存在。
それだけが、私の誇りだ。
“私はエン。
この世界に生きるもうひとりの彼。
影でも、道具でもいい。
その魂が、彼の明日を守るなら。”