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「エーン! この“ナチュ盛れウィンク斜め上45度”ってポーズ、できたー!?」
昼休み、教室の隅――白い日差しが差し込む窓際のスペースには、数人のギャルが集まり、今日もスマホ片手に“映え講座”が開講されていた。
その中央にいるのは、整った顔立ちに制服をきっちり着こなした転校生・エン。
彼はその場にいる女子たちと並んで、真剣な顔でウィンクを――試みようとしていた。
「……こうか? だが、左右で目の筋肉の動きに差が出るな……あと、頬の角度が……」
「うわ、なにその分析! 真面目すぎて逆にウケる~!」
「でもエン、前より上手になったよね! 最初ガチで全部真顔だったじゃん!」
「わ、盛れてるじゃーん! これ加工したらインスタいけるわ!」
ひときわ高いテンションに包まれるその空間。
廊下のドア越しにそれを見ていたレンは、肩をすくめて苦笑していた。
「……おいおい。アイツまた“ナチュ盛れ”の練習してんのかよ。真面目に……」
隣で肩を並べていたカケルが、くくっと笑いながら口を挟む。
「いやーでも、エンけっこう楽しそうじゃん。ギャルズに完全に囲われてるっていうか、“教育”されてんの見てると、俺らが勉強教わってんのと同じ構図だよな」
「……まあ、楽しいならいいけどさ。あいつ……授業のことは何にも困ってないからな」
そう――エンは、レンの精神世界から“知識”だけを抜き出して存在していた“もうひとりの自分”。
つまりレンが見た教科書、授業、資料――すべてを内側から見てきた。
だから、学力は申し分ない。どころか、先生より解説が分かりやすいと噂になるほど。
そのスキルを活かして、放課後の勉強会では陽キャたちに“ガチ指導”をしていた。
「で、このxの値をaに置き換えると、後の式が簡素になるだろう。ここの変形は、図で考えた方が理解が早い」
「うわっ、まじで分かりやすっ……てか黒板の字より見やすくね!?」
「オレ昨日、エンのノート写しただけでテスト10点上がったわ……!」
「マジ神……!」
そんな“受験戦士”な一面がある一方で――
ギャルたちに囲まれて、「今日のプリ撮りは、スクールライフ感全開でいこ!」なんて言われてポーズ練習に励んでいるエンもいた。
本人はあくまで淡々としている。
「……この“エモい”という概念は、視覚情報と体験記憶に由来する感情表現だろうか? 映像記録として保存する意味もあるのか?」
「ちょっと難しいこと言ってるけど、とりあえずピースすればオッケー☆」
「……ピース。ああ、“V”だな。こう、か……?」
「んー、やりすぎると平成感出るから、それちょい下げて!」
最初こそとまどっていたギャルたちも、エンの真剣さにすっかりなついていた。
「この“表情筋の柔らかさ”が盛れの秘訣って、エンくんから聞いて初めて意識したわー!」
「わかるー! あと“あざとい指先”ね!」
そしてエンは、“人との距離感”を少しずつ覚えていく。
たとえば、急に距離を詰められて戸惑った時は、「一歩下がって目を合わせる」と相手が安心すること。
会話で困った時は、相手の言葉を繰り返すだけでも“聞いてる”って伝わること。
そういった“日常の人間関係”を、今ではギャルたちが教えてくれていた。
「……助かっている。私は、こういった……関係の作り方を学ぶ機会がなかったからな」
「任せて☆ 女子はそういうの得意なんだから!」
「でもエンくん、笑うとけっこう可愛いよね!」
「……可愛い……?」
「そっから照れんのやめて~~~~!!」
一方レンはというと、その様子を教室の隅から見守りながら、また一つ深いため息をつく。
「……なんか、楽しそうならいいって思うけど……映えポーズ講座を真剣に受けてるエンを見るたびに、“こいつ絶対使い方間違ってんな”って気にもなるんだよな……」
それでも――
「ま、まあ……あいつが“ここで生きる”って決めたんなら、俺がとやかく言うのも違うか」
ぽりぽりと頭をかきながら、レンは窓の向こうで笑うエンの様子を見つめていた。
兄弟として、クラスメイトとして――
彼らは少しずつ、当たり前の日常の中に、確かな“関係”を築いていっている。