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朝。


窓の外は、まだ柔らかい青。


カーテンの隙間から入り込んだ光が、レンとエンの寝ているベッドに静かに差し込んでいた。


エンは、ぱちりと目を開けた。


「……」


天井。

白。

夜とは違う、空気の匂い。


昨日の出来事が夢ではないと、五感がじわじわと教えてくる。


「……まあまあ、寝れたか」


眠ったことが“初めて”だったエンにしては、それは奇跡的な順応だった。


胸の奥に、重たく湿っていた不安が、少しだけ軽くなっていた。


隣を見る。

レンはまだ眠っている。


呼吸は静かで、表情もやわらかい。

エンの存在が隣にあることを、どう思っているのかは、今はわからない。


「……もう、起きてもいい時間かな」


エンは、静かにベッドを出た。


立ち上がって、部屋を見回す。

思い出す。昨晩、部屋の中で見聞きしたもの、レンがやっていたこと。


手探りで、記憶を再生するように――

レンの“モーニングルーティン”をなぞっていく。


洗面所で顔を洗い、髪を整え、冷蔵庫を確認し、トースターに手を伸ばす。

「これが“パン”……焼く、だけ。簡単だ」

ボタンを押す手が、やたら慎重なのがエンらしい。


カップに水を入れ、インスタントのスープも作る。

「多分、これで合ってるはず……たぶん」


最後にテーブルを拭いて、座る。


あと30分。


レンが起きる時間まで。


エンは、少しだけ窓を開けた。


「……風が、冷たい。けど……」


その冷たさすら、ちゃんと“現実”の手触りがして、

嫌いじゃない、と思った。



---


そして30分後。


ベッドに戻ったエンは、レンの顔をのぞき込む。


「レン。時間だぞ、起きろ」


声をかけても、うんともすんとも言わない。


次に布団をぐい、と引っ張る。


「おい、起きろ。現実だぞ」


「……ん、……あれ……?エン……?」


ぼやけた声が返ってきた。

目を細めて、レンがエンを見上げている。


「なんでお前がここに……?」


「……お前、まだ夢だと思ってるのか?」


エンは呆れたように息をつき、布団をバサッと引きはがす。


冷気に晒されて、ようやくレンが身体を起こした。


「うわ、さむ……ああ、そうだ。エン……お前……本当に……」


「生きてる。いてもいいって、お前が言った」


「……ああ、そうだったな。ごめん、寝ぼけてた」


レンはぼんやりした顔のまま、エンを見る。


「なあ、エン」


「なんだ?」


「……おはよう」


言ってから、レンはちょっと照れたように眉をしかめた。


「……なんか、変な感じがするな。お前に“おはよう”って言うの」


「……俺も、お前に“おはよう”って言うのは、初めてだ」


エンは、ほんのわずかに微笑んだ。


「……おはよう、レン」


「おう。……あー、なんか……変だな、やっぱり」


「な。……でも、悪くない」


「……そうだな。悪くない」


朝の光が、二人の影をそっと重ねていた。

どちらがどちらか見分けのつかないほど、よく似ていて、でも違う。


レンとエン。

鏡写しのようなふたりが、今、やっと同じ朝を迎えた。


この日は、ふたりにとって“初めての一日”だった。


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