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廊下を歩く、レンとエン。

靴音だけが静かに響く中、ふとレンが肩越しに問いかける。


「そういや、エン。お前……戦ったことあるか?」


「……ないな」


返ってきたのは、あまりにもあっさりとした否定。

レンが少し眉をひそめる。


「だろうな。見た目と筋力的には問題なさそうだが……それでも、いきなり訓練させるのは、ちょっとなあ」


苦笑しながらつぶやいた瞬間――


「あー、レン」


「ん、なんだ?」


エンが立ち止まり、真っ直ぐにレンを見る。


「とりあえず、“動いてるとこ”見せてくれ」


「……は?」



---


レンたち専用の訓練室。

実戦形式の模擬戦が行われていた。


「本当に“見るだけ”でいいのかよ?」とハルカが確認するも、エンは頷くだけだった。


「構わない。見るだけで充分だ」


壁際、腕を組んで立ったまま、黙って模擬戦を見守るエン。

レンが動けば、彼の目も僅かに動く。

ハルカが回り込めば、まばたき一つせずに視線を追う。


その瞳は、まるで戦場そのものを「記憶」しているかのようだった。


10分後――模擬戦が終了。


「……ふぅ。これでいいか?」


額の汗を拭いながら、レンが訓練場の中央でエンに向き直る。

エンはゆっくりと前に出て言った。


「ああ、充分だ。さて……次は、私の番だな」


「は? お前、本当にやる気か?」


「……見ただろ? 俺の戦い。お前、動き覚えられるって自分で言ってるけど――それって“イメージ”だけの話だろ?」


リョウが眉をひそめ、疑念を隠さず言う。


「大丈夫だ。イメージトレーニングはした」


「イメトレで戦えると思ってんのかよ! 舐めてんのか?」


ハルカがやや苛立ち気味に言い捨てるが、エンの表情は変わらない。


「舐めてない。俺は本気だ」


そして、彼はナイフを手に取り、レンと向き合った。


「……じゃあ、いくぞ。全力で」


レンの表情が真剣になる。


開始の合図と共に――その場の空気が変わった。


次の瞬間、エンが動く。


驚くほど正確に。

レンの動きと、完全に一致した動きで。

手の角度、足の踏み込み、反射のタイミング、すべてが「レンの模倣」だった。


「うっわ……嘘でしょ、こいつ……」


リョウが息を呑む。


だがその一瞬、ナイフがすっぽ抜けて宙を舞う。


「……っと」


エンが片手で空中のナイフを受け止め、苦笑した。


「む、失敗したな」


「……な、なんで抜けた? あんなに完璧に動いてたのに……」


「握る力加減が分からなかった。まだ、“感覚”には慣れていないからな」


そう言って、エンはナイフをゆっくりと構え直す。


「……いやいやいや、待て待て。お前、今の一連の動き――どうやって覚えた?」


レンが息を整えながら問いかけると、エンは静かに目を細めた。


「……“見た”と言っただろう? でも、あれは比喩じゃない。模擬戦の10分間、俺は“見て”、“記憶して”、“練習した”んだ」


「……無理だろ、10分で」


「……“現実の時間”ではな」


エンが少し口元を緩める。


「だが俺は、“精神世界”で生まれた。だから、精神世界では自由に動ける。あの時間、俺にとっては――」


**「数年分の訓練時間」**だった。


一瞬、空気が止まる。


「思考を加速できる。時間の密度を、自分で調整できる。“学ぶ”という行為そのものに、俺は制限を受けないんだ」


「だから、見ただけで真似できるのか……」


「動きの再現は可能だ。だが“現実の体”は別だ。握る力も、重力の微妙な癖も、肌に伝わる空気も。……そのすべてが、俺にとってはまだ新しい」


ゆっくりとナイフを収めながら、エンは言った。


「でも、慣れるのにそう時間はかからない。なにせ、俺には――“無限の時間”があるからな」


呆然としたように、ハルカが口を開く。


「化け物かよ……こいつ……」


レンは、しばらく無言でエンを見ていたが、やがて口元をわずかに上げた。


「……なるほど。そういうことか。

“俺たちの一員になる”ってのは、ただの感情論じゃなかったってわけだな」


「……ああ。だから言っただろ、“大丈夫だ”って」


静かに立ち尽くすエン。

その背には、まだ不慣れな現実の空気が、そっと流れていた。


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