12
重厚な木製の扉が、低く軋んで開かれる。
「……失礼します」
レンが一歩踏み込み、続いて仲間たちが続く。エンも、少し遅れて、静かにその後ろに立った。
部屋は重々しい空気をたたえていた。高い天井に、壁一面を覆う書架、陽光を遮るカーテン。
重厚な一枚机の向こう側、椅子に腰を下ろしていた男は、ゆっくりと顔を上げた。
「来たか、少年たち」
落ち着いた声。その主は――この組織の幹部の一人にして、レンが最も敬意を抱いている男、高槻参事官。
銀髪混じりの髪を丁寧に撫でつけ、深い皺の間から鋭くも温かみのある目をのぞかせるその姿は、ただ座っているだけでも威厳があった。
「今日は、報告があると聞いたが……?」
レンが一歩前に出て、背筋を正す。
「はい。こちらの人物を――我々の部隊に迎えたいと考えています」
そう言って、レンは横に立つエンに目配せする。エンは一礼しながら、静かに名乗った。
「初めまして。エンと申します」
高槻の目が、一瞬見開かれた。
「……ふむ。なるほど、見た目が君と瓜二つだな。驚いたよ、レン」
「ええ。見た目だけでなく、思考の根本にも……どこか似ているところがあるように、俺も感じています」
レンは少し笑って、エンの肩を軽く叩く。
「実は、彼は……俺の“生き別れの兄弟”です」
一拍、間。
高槻の眉がわずかに上がった。
「生き別れ……?」
「……以前、我々が壊滅させた“意識兵器計画”の実験施設の残党を調査していた際に、たまたま発見しました」
リョウが補足するように口を開いた。
「当時の記録を精査しても詳細は不明ですが、おそらく赤ん坊の時に攫われて、あの計画に組み込まれていた可能性が高いです。極度の感覚過敏や知覚の異常も見られましたが……原因は長期間の隔離と非人道的な実験によるものと推測されます」
「彼は……まだ、食べ物を食べることすら初めてで」とハルカが静かに加えた。
高槻は黙って聞いていたが、やがて深く頷いた。
「……なるほど。確かに、その組織は多くの記録を消去していた。全貌を把握できたとは言い難かったが……こうして“生きた証拠”が現れるとは」
「彼には今後、仮の身分証と戸籍を用意する必要があります」
リョウが資料ファイルを高槻に手渡す。「公安の伊坂さんにも相談済みです」
「伊坂か……あの男なら筋は通すだろうな」
高槻はファイルに一瞥をくれたあと、視線をエンへと向ける。
「エンくん、君は今、自分がどういう立場に置かれているのか、理解しているかね?」
「はい。レンの仲間として、この部隊の一員としてふさわしいかは、まだ分かりませんが……私は、彼らの力になりたいと思っています。ずっと……彼らを、見てきたので」
高槻の目がわずかに鋭くなる。
「見てきた、か……」
「……記憶の奥に、彼の存在があった気がするんです」
レンが一歩前へ出る。「夢の中で、声を聞いた気がする……そう言っても、信じてくれますか?」
「私はな、レン。君が“信じる”と言ったことは、よほどでなければ否定しない。君の目が……いつだって真実を選んできたと、私は知っている」
レンの胸に、確かに重みのある言葉が響いた。
「ありがとうございます……!」
「だが」
高槻の声が少しだけ強くなった。
「組織に属する以上、“実力”と“信頼”の両方が必要だ。エンくん。君には、しばらくの間、“観察期間”を設けさせてもらう。訓練を受け、チームの行動に同行し、実地での評価を経て、正式な配属を決定する。よろしいか?」
「……はい。構いません。そのつもりでした」
「よろしい」
高槻は小さく笑い、再び資料に視線を戻す。
「……それにしても、“双子の兄弟が再会して、同じ部隊で戦う”とは……まるでドラマのようだな」
「……現実のほうが、ドラマよりずっと重いですから」とレンが静かに返す。
「そうだな」
笑って、高槻は立ち上がった。
「では、歓迎しよう。エンくん。ここは戦場ではあるが、同時に……君の新しい“居場所”でもある。君が“選び”“進む”のであれば、我々はそれを支える」
「……ありがとうございます」
その言葉に、エンの表情はごくわずかに、やわらかくなった。
そして――
レンとエン、ふたりの“兄弟”が、初めて公式の場で並び立った瞬間だった。