10
にぎやかな部屋の真ん中に、大きめの机。その上には、ケーキや唐揚げ、ポテトに炭酸飲料。仲間たちがわいわいと騒ぎながら「エンの歓迎会」と書かれた手作りの紙垂れ幕を掲げていた。
エンはそんな中、そっと椅子に腰を下ろし、テーブルの上の色とりどりの食べ物をじっと見つめていた。
レンとほとんど同じ顔立ち。それでも、エンの赤い瞳は好奇心と戸惑いの色に染まっている。レンの中で知識として知ってはいても、体験するのはこれが初めてだった。
「……ええと、これは……“甘い”で、合ってるか?」
そう言って、エンは一口サイズのショートケーキを口に運んだ。口の中でふわりと広がる生クリームとイチゴの酸味に、ぴくりと眉を動かす。
「うん……甘い、か。で、これは……しょっぱい?」
続いてポテトを口に入れる。塩気と油の旨味が広がると、また少しだけ顔をしかめて、慎重に噛む。
「……サクサク、というのは……こういうのか? あってるのか?」
その言葉に、メイが小さく笑った。
「うん、合ってるよ。正解」
「……そうか。なんというか、想像してたよりも……ええと、感覚が、すごく……“強い”な。レンが感じていたものより、ずっと……はっきりしてる」
「それはたぶん、記憶越しじゃなくて、エンが“自分で”感じてるからだよ」とハルカが言った。「頭の中で思い出すのと、実際に食べるのは全然違うでしょ?」
「……なるほどな。記憶は、“ぼんやり”していたんだな、私はずっと。それが……今、こうして……はっきり感じる。これは……違う、ちゃんと違う」
そう呟いてから、エンは初めての炭酸ジュースに手を伸ばす。
「これは、レンが時々飲んでたやつだな。しゅわしゅわとした感覚……確か、“炭酸”と言ってた」
ゴクリ、と飲み込んだ瞬間。
「ッ……!?」
顔をぴくりとしかめて、小さく震える。口の中で弾ける泡、舌を刺すような感触にビクリと肩を揺らす。
「……っ、これは……まだ早かったかもしれないな……」
「うわ、本気でビビった?」とリョウが吹き出す。
「そういう刺激に、慣れてないから……不意打ちだった」
「そりゃあそうだよね。だって、食べるの初めてなんでしょ?」とハルカ。
「そうだよな……口に入れて、噛んで、飲み込んで……それだけでこんなに忙しいとは。食べるって……結構、大変な行為だったんだな」
「へえ……そんな風に思ったことなかったな」とメイがぽつりと言った。
「私も。普通にしてたけど……ちゃんと“感じて”食べると、違うのかも」とリョウ。
「ふむ……」とエンは少し考え込みながら、ゆっくりと呼吸を整える。
「でもな、こうして食べ物を取り込んで……エネルギーが、満ちるような感覚はある。なるほど、これは……“心地いい”な」
赤い瞳が細くなり、ふわりと微笑んだ。
「美味しい、というのは……こういうことだったのか」
その言葉に、全員が一瞬、静かになる。そして、ぽつぽつと誰かが笑い出した。
「よかったじゃん、エン! 歓迎会の意味、あったね!」
「うん、ようこそって感じ!」
「まあ、炭酸はそのうちリベンジしなよ!」
温かい空気が、部屋を満たしていく。
エンはひとりで食べて、感じて、確かに“存在していた”。
そして、それを喜んでくれる誰かが、ここにいた。
エンはそっと胸に手を当てた。
「……これが、生きるってことか」
誰に向けたでもない呟きが、静かに空気の中に溶けていった。