ノロワバさんのうわさ
ノロワバさんのうわさ、という都市伝説がある。ありふれた怪談であることからインターネットの片隅で埃を被っているそのうわさの内容はこういったものだ。
夜に自分の部屋で「ノロワバさんノロワバさん、おいでください」と唱えるとノロワバさんという幽霊のような存在があらわれ、自分の嫌いな人を一人だけ殺してくれる。そのかわりにその後ノロワバさんは自分に背後霊のように憑いて一生離れない、といったものだ。ノロワバさんの容姿については少年だとか大人の女性だとか色々と言われているが、美形であるというところ以外共通点はなく、謎に包まれている。
これだけ聞くとあまりにも陳腐な怪談で、事実ノロワバさんのうわさはインターネットでもあまり広まっていない。とはいえこんな信憑性がなさそうな話でも、中には本気で実行してしまう人もいる。
「ノロワバさんノロワバさん、おいでください」とある家のとある部屋で、夜の室内に小さな声が響いた。少しの間があって、別の声が答える。
「殺したい方は、誰でしょう?」
ノロワバさんを呼んだのは、高校生の少女だった。彼女が声のした方を向くと、そこには先ほどまでいなかった着物の少女がいた。
「……あなたがノロワバさん?」とノロワバさんを呼んだ少女が聞く。
「はい」
「……うそ、本当にいたのね……」
「殺したい方は、誰でしょう?」ノロワバさんは同じことをもう一度聞いた。着物といいその声色といい、品のある印象を少女は受けた。
「いくつか質問があるの」と少女は言った。ノロワバさんはこくりと頷き、先を促す。
「あなたは私が殺してほしい人を殺した後、私に憑いてくれるのよね?」
「はい」
「逆にいえば、私が人を殺してほしいと頼まなければ憑いてくれないのよね?」
「……はい」ノロワバさんはなぜそんなことを聞かれるのか分からないというような表情をしながら答えた。その表情を心なしか人間的に感じながら、少女は言う。
「だったら、お祖母ちゃんを殺してほしいの」
それからすぐ、ノロワバさんは少女の祖母を殺し、少女に憑いた。憑いたといってもノロワバさんは少女の体を乗っ取るわけでもなく、ただ側にいるだけだった。少女は自分の名前をノロワバさんに教え、「私の名前はクロコっていうの。これからよろしくね」と愛想よく接してくる。「トイレまでついてくるのは少し恥ずかしいけど、私は友達がいないから少し嬉しいな。友達どうしでトイレに行くっていうことは、よくあるんでしょう?」などと言っている。
ノロワバさんはクロコに憑いているため、クロコ以外の人間には見えない。それでもクロコは満足そうだった。祖母が殺され、犯人が分からないことでクロコの両親はショックを受け、怯えていたがクロコは元気だった。
「私、初めての友達は顔立ちが綺麗な子がいいなって思っていたの。ノロワバさんのうわさって、ノロワバさんはみんな美形だっていうでしょう?」
ノロワバさんはクロコの側にいた。普通は幽霊に憑かれるだなんて気味が悪いし、それでなくてもずっと同じ人と同じ空間で過ごすだけでもストレスを感じるものだがクロコは平気だ。
「クロコさん」ある日、ノロワバさんはクロコに訊ねた。
「あなたは、私を側に置くために私に人を殺させたのですか?」
「そうよ。友達を作る方法をずっと探していて、ある日インターネットでノロワバさんのうわさを見つけたの」
ノロワバさんは、少し考える素振りをしてからもう一つ質問をした。
「どうして殺すのをあなたのお祖母さんにしたのですか?」
「うちの親戚の中で、一番年上なのが祖母だから。これでも一応気をつかったのよ」
「お祖母さんに、恨みなどは……」
「全然ないわよ」だから何なのかという顔で、クロコは言った。
ノロワバさんはまた、考える素振りをして、
「人間の皆様は、あなたのことを怖いと思うでしょうね」
「あなたは私が怖いの?」とクロコは「怖い」と相手が答えるかもしれないということを全く想定していない声で聞く。
「いいえ、私は幽霊ですから。もっと怖いものは、たくさん見ました」
「そうよね。だったら何も問題ないわよね」と、クロコはノロワバさんに笑顔を向ける。
こうしてクロコとノロワバさんは、二人でいつまでも幸せに暮らした。両親が狂っても、クロコが何もない空間に向かって話していると近所でうわさされても、クロコの目には「友達」しか映っていなかった。