流れ星を処方します
宇宙旅行も当たり前となった2XXX年。近未来という言葉がしっくりくる空間。
第二次産業革命、なんて呼ばれるくらいに進歩したこの世界で私は目を覚まし重い上半身をカプセルから出した。
「えぇっと、ここは…?」
「あ、お目覚めになったんですね。おはようございます」
近くの病室で点滴でも処方していたのであろう若い看護師が私に声をかける。まるでプラスチックのような素材に見えるその制服は効率化、というやつだろうか。撥水性などは良さそうだがどうにもその見た目は馴染みがなく、あまり好感をもつことができない。
「あなたは長い眠りから覚めたところなんですよ。コールドスリープってやつですね、覚えてますか?体調の方確認するので違和感とかあれば教えてくださいねー」
まるで美容院での洗髪みたいに看護師はあっけらかんとした口調だ。脈拍などを次々と計測されていくうちにスリープする以前の記憶がぼんやりと思い出されていく。たしかスリープする前の私は平凡な人生を送っていたはずだ。平均的な年収を得て、平均的な幸せを得る。その繰り返し。疑問に思った私は看護師へと質問を投げかけた。
「あの、ちょっと質問なんですが」
「なんですか?なんでも仰ってください」
「なぜ私はコールドスリープを?一体何年間?」
そう、私にはコールドスリープなんてする心当たりが一つもないしこんな単語SFの世界でしか聞いたことがない。なぜかコールドスリープしていた私。当時は見覚えのない看護師の制服。そして病室の窓から見える空飛ぶ車。前世では見たことのないもので溢れている。前世、と呼ぶのもおかしな話だが長年眠っていたからか自分事のように捉えられないのだから仕方がない。あぁ、といかにも事務作業的な口ぶりで看護師が質問に応じる。
「なんとなく冷凍される前の記憶ってありますかね?医療技術の世界的格差がどんどん広がっていった結果第三次世界大戦が起きたんですよ。この国も日本国憲法を遵守しながらも懸命に戦ったんですがどうしても民間の負傷者というのも出てしまって。山下さんもその一人というわけですね」
世論に関心がなくニュースを全く見ない私でもなんとなく記憶にある。総理大臣や国会議員たちが声を荒げて話し合っているのがよく報道されていた。世間知らずの私でもこの程度は覚えているのだから、ほかの人にとってはきっと聞くまでもないことなのだろう。面倒くさそうに説明を続ける看護師によると、私はどうやら50年間も眠っていたらしい。他国から落とされた核兵器の爆発に巻き込まれ意識不明の重体。当時の医療技術ではどうにもならないから緊急措置として政府極秘で進められていたこの『コールドスリープ』という手法が試験的に導入されたのだそうだ。
「だから山下さんが今こうして起きたのは医療が発達して手術を終えることができたからなんです」
まるで自分の手柄のように胸を張ってこたえる彼女。自分の仕事に誇りを持っているのだろう。一気に様々な事実を伝えられた私は少し混乱しながらも生き永らえたことに感謝する。ふとナースコールが部屋中に鳴り響き、慌ただしくスマホを取り出して確認する彼女。こういうところは変わっていないのかと少し安堵を覚える。そして面倒をみてくれていた私の話し相手はひとつ大きなため息をつくとボタンを押し何処かへ瞬間移動してしまった。
それから数日後、無事検査を何事もなく終えた私は退院を迎えた。病院から帰る直前、説明したいことがあるからと最後に診察室へ案内される。人気の少ない部屋、なにか大事な話がされるのだろうか。私が椅子に座ると医者はこちらを見ながら笑顔で話し始めた。
「えー退院おめでとうございます。山下さんはね、大戦の負傷者でコールドスリープによる延命治療ということで。無事回復されたようでなによりです」
当たり障りのないコメントをこちらへ寄越したあと、ここからは内緒なんですがね、とこちらへ耳打ちをしてくる。重大なことでも話されるのだろうかと自然と背筋が伸びてしまう。彼が述べている内容はこのようなものだった。
「実はこのコールドスリープ、山下さんが第一人者なんですよ。なにせもう何をしても無駄、って人が多くてねぇ。医療技術で争いが起きるんなら人のこと傷つけちゃ意味ないのに。…ああ失礼、話が逸れましたね。手術は成功したんですが、えー山下さんには今日からこちらのお薬を飲んでいただかなければなりません。あとこのお薬、飲み忘れたらまとめ飲みしていただいても構いませんがあまり多く飲みすぎないように。そうですね、多くても5粒にしておいてくださいね」
こちらへ手渡されたのは小さな小瓶。そっと中身をのぞいてみると中には流れ星が入っていた。一瞬目を疑ったが医者曰くこれを毎日服用すれば大丈夫らしい。空飛ぶ車に自由に操れる天気、そんなものがあるのだから流れ星の服用薬があったっておかしくないはずだ。未知のものに対する不安、それよりも小さいころあんなに捕まえたかった流れ星がこんなに小瓶の中に詰まっている。この事実がどうしようもなく私を興奮させて、医者の注意も話半分に浮かれた状態で私は家へと帰った。
「よし、さっそく服用してみようかな」
家に帰って数日後、進歩したコンビニでお弁当を買った私は食後に流れ星の瓶を取り出す。自室のランプに照らすと輝きを放つその小瓶には無限の可能性が詰まっているのではないか、そんなことさえ考えてしまう。本当は退院したその日から飲むように医者に伝えられていたのだが、疲れが溜まっていたのかすぐにその日は寝てしまった。その後何日かも服用しようとしたがなにせあの流れ星だ、もったいなさを感じてしまいなかなか服用できずにいた。今日こそは、そんな気持ちで小瓶の蓋をとる。
軽く傾けるとコロ、と軽やかな音を立てて転がり落ちてくる流れ星。見た目はまるで金平糖のようにも見える。意を決して口へ放り込むと消えるように溶ける流れ星、ほのかに甘い味がする。薬と効いていたから苦いものを想像していたがこれなら毎日飲めそうだ、なんならお菓子として食べたいくらい。そして医者から欠かさず飲むように言われていたことを思い出し、私は退院してからの日数を数え今まで服用していなかった分を手元へと出す。全部で11個。少し多いようにも感じたが飲んでしまえばそんなこともなくて、意外と平気じゃん。そんなことを思いながら流れ星を咀嚼する。お腹が膨れたからかだんだん眠くなってきた。私はそっと目を閉じ、満足げに眠りについた。
「あーあ、失敗ですか?先生あんなに注意したのに」
「まあまあ仕方ない。許容摂取量のいい判断材料になったからね、肝心の効果が表れる前にこうなってしまったけれど」
真夜中、丑三つ時の病院。看護師と医者が運び込まれてきた患者を見ながら軽い調子で会話を続ける。ストレッチャーに乗っているのは数日前に退院したばかりの患者。だからあれだけ注意したのに、と思いながら看護師の質問に耳を傾ける。
「それにしても先生、なぜあのお薬は危険なんですか?」
「君は知っていると思うがあれは本物の流れ星だからね。医療用に改良されているとはいえ、多く飲みすぎると体の中で流れ星同士が衝突して大きな爆発が起きてしまうんだよ。この処方薬『流れ星』を巡って世界大戦が起きたというのに、その唯一の負傷者がこの薬で死ぬなんて皮肉なものだな」