崔嵬たる泰山での封禅を廃した女王陛下
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」と「Ainova AI」を使用させて頂きました。
私こと完顔夕華、太傅として中華王朝に仕官し早くも十余年となりましたか。
任官当初は建国間もない時期故に愛新覚羅紅蘭女王陛下の側近として多忙に追われておりましたが、国家の基盤が安定するに従って諸々の肩の荷も下り、今は次期天子であらせられる愛新覚羅翠蘭第一王女殿下の御教育に勤しむ穏やかな日々を送らせて頂いておりますよ。
謙虚で聡明な仁君として名高い今上の陛下と同様、愛新覚羅翠蘭第一王女殿下も実に利発で思慮深い御方に育たれ、太傅として実に喜ばしい限りで御座いますね。
そんな殿下は日課である上書房での勉学を終えると、必ずと言って良い程に私や学者達に御質問をなさるのです。
次期天子として厚い向学心を御持ちの殿下はただ知識を与えられるだけでは決して御満足なさらず、何かしらの疑問点や問題点を探られるのですね。
その問題意識と探究心は、次期天子として実に心強い強みで御座いますよ。
「おお、そうじゃ!実は太傅に尋ねたい事があっての。確か封禅の儀式の目的は、天地に王の即位を知らせると同時に天下泰平を感謝する事にあるのじゃな?」
上書房での勉学を終えられた殿下が回廊の途中で尋ねられたのは、此度の講義内容である「史記」の記述に関する事でした。
「仰る通りで御座います、殿下。今日の山東省泰安市で崔嵬と聳え立つ泰山の玉皇頂で封禅の儀式を行えば、神々と話す機会が得られて仙人への道が開ける。その伝説を信じて、始皇帝となった秦王政を始めとする数多の君主達が霊峰泰山を目指したのです。」
復習も兼ねて御質問に御答えしながら、私は殿下の次の御言葉をお待ちしたのです。
何しろ殿下は向学心の厚い聡明な御方、斯様な事は私が申さずとも御存知のはず。
故に此度の御質問は、あくまで本題の前置きに過ぎないと判断させて頂いたのです。
「前漢の武帝に唐王朝の玄宗、後の世の皇帝達も泰山の玉皇頂で封禅の儀を行われた。我が中華王朝の前身である清朝においても、四代皇帝の康熙帝と六代皇帝乾隆帝が泰山へ登られておるな。」
殿下が「我が中華王朝の前身」と仰った時の声色には、畏敬と親愛の念が多分に込められているように感じられました。
それもまた、無理からぬ事でしょう。
何しろ宣統帝の曾孫にあたる殿下にとって、清朝の歴代皇帝は敬愛すべき御先祖にあたるのですから。
「仰る通りで御座います、殿下。特に清朝六代皇帝の弘暦陛下に至りましては、十度に渡って祭祀泰山を行われたとか。」
「そして乾隆帝を最後に、封禅の儀は中華の歴史から姿を消した。辛亥革命以降に誕生した共和制国家やマルクス主義国家は君主不在の国体を鑑みれば当然として、我が中華王朝においても封禅の儀は一度も行われておらぬのじゃな?」
そのような疑問を殿下が抱かれるのも、当然至極の事で御座いますね。
我が中華王朝は清朝の後継国として国際社会に認められた君主制国家であり、殿下の御母堂にして今上女王であらせられる愛新覚羅紅蘭陛下は清朝の皇位請求権を行使される形で中華王朝を興された建国の母。
封禅の儀が執り行われたとしても、何ら不思議では御座いませんね。
「それは実に鋭い着眼点ですね、殿下。我が中華王朝の国是にも関連する、誠に良い御質問で御座います。」
だからこそ私には、我が中華王朝で封禅が執り行われない理由を殿下に正しく御伝え申し上げる職責があるのです。
殿下の教育に携わる太傅として、そして何より御即位以前からの愛新覚羅紅蘭女王陛下の臣下として。
「殿下の御質問に御答えする前に、私から一点だけ御伺いする事を御許し下さいませ。殿下と致しましては、やはり封禅の儀式は執り行うべきと御考えで御座いますか?」
「いや、強いて行えとは申さぬ。幾ら泰山に道路が整備されているとはいえ、崔嵬たる高山の頂で儀式を行うのは何かと手間も金子もかかるからな。そうして徒に浪費するよりは、民達の喜ぶ事に使うてやる方が余程に有意義であろう。今のはあくまで妾の意見じゃが、陛下が封禅をなさらぬのも相応の御深慮あっての事なのじゃろう。」
いかにも計画的な倹約家であらせられる翠蘭殿下らしい、合理的で堅実な御考えで御座いますね。
そうした堅実な御考えは、次期天子に相応しい美徳で御座いますよ。
「それ故にこそ、妾は知っておきたいのじゃ。行く行くは陛下から玉璽を受け継ぐ、中華王朝の次期天子としてな。たとえ結果は同じだとしても、訳も分からず盲目的に踏襲するのと理由を知った上で同じ選択肢を取るのとでは雲泥の差じゃ。聞けば太傅の実家であるシンガポールの完顔家は学生時代の陛下の留学生活を支えており、太傅と陛下は学友やルームメイトとして友情を温めたそうではないか。陛下の旧友として、その辺りの事を聞かせては貰えぬか。」
「畏まりました、翠蘭第一王女殿下。それでは御伝え申し上げましょう。愛新覚羅紅蘭女王陛下が封禅の儀式を断固として行われない、その由縁についてを…」
威儀を正して拱手の礼を示す私の胸中には、畏敬の念と歓喜の思いが同時に去来していたのです。
もしかしたら私は、待ち望んでいたのかも知れません。
若き日の陛下と私の共通の思い出を、こうして殿下にお話出来る日の事を。
それはまだ、中華王朝が国家として成立して間もない頃の話で御座います。
当時の陛下は王配の劉玄武殿下と挙式を挙げられた直後、私も今に比べますと何かと未熟な若手官僚で御座いました。
とはいえ御即位以前からの古参の臣下という事もあり、この頃から陛下には何かと目をかけて頂きました。
山東省での公務に側近として同行させて頂きましたのも、「座学だけでは得られない生の知識を五感で立体的に学び取るように」という陛下の御優しい御心遣いで御座いますね。
シンガポールの華僑令嬢として生まれ育った私にとって、泰安市を始めとする山東省の景色や文化は実に物珍しく、また新鮮に感じられましたよ。
特に中華の歴史の生き証人とも言うべき泰山を間近で拝む事が出来たのは、正しく光栄の至りで御座いますね。
「この岱廟の窓からも泰山の山肌がよく見えますね、陛下。あの崔嵬たる泰山の頂には、歴代王朝の君主達が執り行った封禅の儀の遺跡が幾つも残されているのですね。」
公務を無事にこなせたという安堵感がそうさせるのでしょうか。
当時の私は、まるで物見遊山にでも来たかのような寛いだ口調になっていたのでした。
そんな私とは対照的に、若き日の陛下は気品ある穏やかな微笑は浮かべつつも今後の国政について冷静に思考を巡らせていらっしゃったのです。
「仰る通りですよ、太傅。玄宗帝の紀泰山銘に始皇七刻石。それらの碑文には、封禅に臨んだ歴代君主の思いが確かに刻まれておりますね。しかしながら我が中華王朝において、封禅の儀式は執り行われる事はない物と思って頂きたいのです。」
御表情こそ穏やかではあるものの、その毅然とした口調には何人も揺るがせない確固たる御意志が感じられましたよ。
「封禅が歴史ある儀式である事は、私も否定致しません。しかし封禅の儀には、『儀式を行った皇帝が天地の神々に正統性を保証される』という権威付けの側面が存在しております。それに始皇帝の時代には、『泰山で封禅を行えば、神々との対話を経て神仙の領域に到達出来る』という伝説まで語られていたそうではありませんか。己を神仙と同一視させて徒に権威を高める。それは我が中華王朝の国是にも今日の国際社会にもそぐわない、余りにも尊大な振る舞いです。」
「その御考えは、陛下が中華王朝を建国された際に敢えて帝号を廃された事にも繋がってくるのですね。」
諸国の王を従えて天下を統治する「皇帝」は、国家間の協調を是とする今日の国際社会の在り方に逆行した存在である。
そうした御考えから、陛下は御自身の君主号を「皇帝」ではなく「女王」に定められ、政体も立憲君主制を選択されたのです。
清朝の皇位請求権を行使する形で中華王朝を建国され、その気になれば絶対王制を敷いて親政を開始出来たにも関わらず。
しかしながら、そのような事をなさらない謙虚な御方であるからこそ、私達は臣下として陛下を支持するのですけれどね。
「唯一無二の絶対的な君主とは、言い換えれば孤独な存在でもあるのです。大英帝国にネーデルラント王国、それに大日本帝国。この中華王朝以外にも君主制国家は幾つも御座いますが、どの国の君主の方々も孤独より友愛による協調を御望みです。そもそも君主である前に、私達は一人の人間なのですから。」
そう仰る陛下の眼差しには、学友やルームメイトとして友情を育んだ若き日と変わらぬ穏やかで優しい人間味に満ちた光が宿っていたのですよ。
そしてそうした陛下の美徳は、御世継ぎである殿下にも確かに受け継がれていたのです。
「そうであったか。確かに母上なら…陛下ならば斯様な御聖断を下されるじゃろう。そして妾も、陛下の御聖断を支持しよう。孤独な君主になるなど真っ平じゃからな。こうして太傅と親しく口を利く事も出来なくなってしまうわい。」
「で…殿下!」
そんな照れ臭そうな殿下の微笑に釣られたのか、私も思わず笑顔になってしまいましたよ。
この殿下の美徳を正しく伸ばした上で、立派な次期天子に御育てしなければならない。
そう改めて誓わせて頂いた次第です。




