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外務省

会談から数日後、ひばりは副島から外務省に招待という形で呼び出された。


「ぜひ、アメリカでのことを聞かせてほしい。女子教育や学校、生活など、政治に関してもわかることがあれば話してくれないか?」

「副島さまがそうおっしゃるかと思い、自分なりにまとめた報告書を作ってまいりました。どうぞそちらをご覧になりながら、私の話を聞いてくださるとよいかと」

「これは準備がいいことだ。じゃあさっそくよろしく頼もうか」


ひばりは留学で得た知識と経験を副島にアピールしながら話した。

視界に『元夫』がチラついていたが無視した。ずっと仏頂面で微動だにしないのだ。置物か何かと思うことした。


「ふむ、簡潔にわかりやすく要点をまとめたよい報告書だ」


最終的に副島が満足した様子をみせ、ひばりはこの面接が成功したとおもった。


「しかし、ひばりさんのような知人がいることを早く教えてもらいたかったな。日下君」


置物だった元夫が頭を軽く下げた。


「古い知人でしたので、すっかり忘れておりました」


久邇の言い分に少しカチンとくるひばり。

『元妻』と言いたくないのはいい。しかし、忘れていたとはなんだ。


「10年ぶりですものね。私もまさか船から降りてすぐ、()()()()()に会うとはおもってもみませんでした」


にらんでくる久邇を笑みで受け流すひばり。

元夫婦の静かな攻防に副島は気づくはずなく、なごやかに話を進めている。


「日下君もひばりさんも語学に堪能なだけでなく高い教養を持っているな。二人を教えたひばりさんの父上は優秀な先生であられたようだ。時代だったとはいえ、実に惜しい人を亡くした。そういう人間がこの国にもっと生き残っておれば、政府の人材もより豊富になるのだがな」


ひばりは久邇が横浜で夜遅くまで仕事をしていたことを思い出した。


「それは、語学のできる人間が政府にはもっと必要だという意味ですか?」

「その通りだ。国の近代化は急務であり、そのためには西洋諸国の最新知識と技術が必要で、それを読み解く語学が必要だ。ひばりさん、見ていただきたいものがある」


副島は外務省内を案内し始めた。


「今、外務省内には20近くの部署が作られていてね。毎年新しく作っては、ちがう部署と合併したり、もしくはまったく違う政府機関へ行ったり。なのに人は足りないから、部署をかけ持ちしたり、借りてきたり。ご覧の通り、誰もが忙しなく働いてくれている」

「まさに新しい国づくりの真っ最中なのですね」


ひばりは特に働く人々に注目した。

洋服の者もいれば、和服で刀をもった武士(サムライ)の者もいる。

西洋風の日本建物の中で日本と西洋の文化が混在しており、まさに文明開花の真っ只中といったところか。


「まあ、外国の方も働いているのですか?」


日本人に混じって白人男性たちが数人いた。彼らはここで働いているようだった。

旧幕府時代では見られなかった光景にひばりはおどろく。


「政府のお雇い外国人だ。各国から学者や技術者を雇って、その知識と技術を取り入れようとしている。だが、まず言葉が壁となっていてね。政府の方針として語学ができる人間を積極的に雇っているんだよ」


副島が後ろへと視線を移す。


「日下君もその一人でね。彼は元々語学ができるということで、政府から国費で支援を受け英国(イギリス)のロンドンへ一年くらい留学したんだ。なんという学校だったかな?」

「ユニバーシティカレッジ・ロンドンです」


さらりと無愛想に答えた久邇。

しかしひばりは目を丸くする。


「ロンドンのUCL(ユーシーエル)!?」

「ご存知かね?」

「革新的でレベルの高い大学だと、アメリカでも評判になっています。たしか、あそこは法文学部と医学部だけだったかと……」


ひばりが尋ねるように顔をむけると、久邇はまた無愛想にボソリと答える。


「法文学部」


ひばりは素直にすごいと思ってしまった。

法文学部は法律と幅広い分野の学問を研究する難しい分野だ。かなり優秀でないとついていけないはずである。

副島もそれを知っていてか、手放しに久邇を褒めていた。


「日下君は外務省でもとびきりの逸材だよ。言語はオランダ語、英語、フランス語、ロシア語の4カ国、そのほか幅広い学識もある。彼の翻訳・通訳は素晴らしいと評判さ」


ひばりはちょっとくやしい気がした。

だが、副島はちゃんとひばりのことも評価してくれていた。


「外務省の翻訳局には、いろんな分野の翻訳依頼がきているんだが、人材不足でいつも仕事が回っていないんだ。特にドイツ語の分野でね。よければひばりさん、手伝ってくれないかい?時間があるときでいい。日下君、そういうことであとはよろしく頼む」


去っていく副島にお礼とお辞儀をするひばり。

やった、仕事だ。

喜んでいると背後から冷たい言葉が飛んできた。


「帰れ」


久邇が腕を組んでこちらを見下ろすように威圧していた。

にっこりとあえて笑みを作るひばり。


「副島さまには翻訳局のお仕事を手伝うようにと頼まれました」

「いらん世話だ」

「正式な仕事依頼だと、私は理解しましたが?」

「手伝いとは無償奉公という意味だ。タダ働きをしたいのか?そうではあるまい。女ひとりで生きていくなら金が必要だろう」


覚えていたのか、あの言葉。

むっとするひばり。


「お久さまは、日本語だと意地悪ですね。英語のときは、ずいぶんと紳士的で話しやすいと思いましたのに。日常も英語を話されては?人間的にも少しは可愛げが出ますよ、お久さま?」

「いい加減、それで俺を呼ぶのはやめろ」


久邇の声には凄みがあった。

相当『お久さま』がイヤなのだろう。

だが、ひばりだって就職の邪魔をされるのは嫌だ。


()()()()が私の就職活動の邪魔をしないなら、もう()()()()とは呼びません」

「ほんっとうにおまえは、昔と変わらない、生意気な女だ」


イラだってますます険しい顔をする久邇。


「仕事なら外で探せ。東京でなら外国語を使った仕事はいくらでもある。外務省(ここ)におまえの仕事はない」

「私は国のために働くために帰ってきたんです。絶対、ここで働きますから!」


またこの男に人生を振り回されてたまらない。

ひばりは『元夫』と徹底的に立ち向かう覚悟をした。

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