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アメリカ公使館

武士(サムライ)はまだ日本にいる。

これはアメリカ行使たちにとっても予想外だったらしい。

東京で刀をもって歩く大勢のサムライたちを目にして彼らは動揺した。

アメリカ公使館に到着するとひばりに頼み事をしてきた。


「このあと会う予定である外務省の人間たちもサムライなのか探ってきて欲しい。もしそうであれば、それとなく理由をつけて今日のところは帰ってもらえないだろうか?」


これは難しいことを頼まれてしまった。

しかし頼られているなら期待に応えたい。それに自分の存在を日本側に知らせるいい機会でもある。

問題は、どうすることが両国にとってよいかだ。

ひばりは日本の外務省の人間たちがいる部屋へと向かった。


まず入ると、すぐに久邇と目があった。

彼は眉をひそめて「何をしにきた?」とでも言いたげである。

だがひばりはかまわず、部屋の中心にいる人物へ西洋式のお辞儀をする。


「突然このような形でお邪魔してしまい失礼いしたします。外務卿の副島(そえじま)様で、よろしいでしょうか?」

「流暢な日本語……?」


外務省の(トップ)、副島はひばりの存在におどろいているようだった。


「アメリカ行使の一行に東洋人らしき女性がいるとはおもっていたが、まさか日本人だったとは」

「ひばりと申します。理由(ワケ)があってアメリカで10年ほど留学生活を送っておりましたが、このたび外交官の森様のおはからいにより日本へ戻って参りました」

「森君が?おかしいな、そのような話は初耳だ」

「え?ですが、森様はたしかに外務卿の副島様へ私について報告する手紙を送ったと……」

「知らんな、そんな手紙」


眉をひそめて久邇の方を見る副島。


「最近の森君からの報告に、ひばりさんについて何かあったか?」

「自分は知りません」

「ふむ……となると、どこかで行き違いがあったか。もしくは届かなかったか」


そんなことってある?

就職は決まったものだと安心して帰ってきたのに。

ひばりは肩を落としたくなったが気を取り直そうとした。


「森様よりの手紙が届かなかったことは仕方ありません。ですが、たしかに私は森様にお会いし、私の能力と経験を日本のために使って欲しいとのお言葉をいただきました」

「君の能力と経験?それは具体的に何かな?」

「アメリカで一般教養や幅広い学問を学びました。言語は英語、オランダ語、ラテン語、ドイツ語を使えます」

「なるほど。だが、今の日本にも君と同じことができる人間は少なからずいる」


チラリと久邇を見る副島。


「森君がわざわざ女子(おなご)である君を寄越してきたということは、まだ何かあるのだろう?君にしかできないことが」


さすが外務卿だ。勉強ができるだけの人間はいらないということだろう。

副島は学識も身分も高い武士だと聞いている。

10年前であれば、ひばりは口を聞くのも遠慮する相手。久々に使う日本語の言葉づかいに注意をしなければならない。


「アメリカ行使夫妻とは昔からの友人です。そこで、おそれながら本日の会談について、ご進言をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「いってみたまえ」

「ありがとうございます。ではまず、こちらにいらっしゃる外務省の皆さまの刀についてです。アメリカ行使たちはひどくサムライと刀に不安を感じています」


全員ではないが、室内にはちらほらと刀をもつ男たちがいた。


「数年前、日本でアメリカ行使がサムライに襲われた事件はアメリカ国内でも有名です。そのほか外国人がサムライに殺される事件もありました。サムライは刀で外国人を襲う生き物。残念ならがそう、アメリカ人には認知されてしまっています」

「我々もそれは理解している。その誤解をとくためも、今日はアメリカ行使と直接会ってよく話さねばと考えているのだ」

「さすが副島さまです。ですが、言葉だけでは伝わらないおそれがあります」

「つまり、刀を置いていけというのか?」


難色をしめす副島と周囲の男たち。

ひばりはあわてるように言葉をつけたす。


「帯刀は武士の正装だということ、十分理解しております」


武士たちの自尊心を損なわないように落とし所を探す。


「ですが、アメリカ側がこのままでは今日の会談を中止する気配をみせています」

「なに?それはいかんな。新任の行使に会えず外務卿のわしが追い払われたとなれば、外交の恥だ」

「ですので、刀を持った皆さまは会談を行う部屋の外で待機、というのはいかがでしょうか?副島さまは刀をおもちのままでかまいません。それで会談がなるよう、私が責任を持ってアメリカ行使夫妻を説得します」


副島が納得するようすをみせた。


「相手の機嫌をとるのも外交のひとつだ。それ以外に何か、アメリカ行使について知るべきことはないかね?」

「そうですね……夫妻はどちらも一般家庭育ちで、どちらかといえば農業に親しんだ家庭です」

「百姓ということか?」

「日本でいうとそうなります。なので、接待の食事などは特別なコース仕立てよりも家庭的で簡単な料理がよいかと」

「よきことを聞いた」


ひばりはほっとした。

なんとか無事に会談がおこなわれそうだ。


「ひばりさん、会談にはぜひご同席願いたいがよろしいかね?」


これは嬉しい予想外の誘いだ。

国で役立てるような職を得る好機(チャンス)だと確信するひばり。


「はい、喜んで!」

「副島さん、彼女は部外者です」


邪魔をした人物をひばりはにらむ。

元夫だ。

久邇が眉間にしわをよせて余計な口出しをしていた。


「森さんからの手紙がない以上、身元の信用がありません。外交の場に相応しい人間ではないかと」


元夫の妨害にひばりは腹が立った。

そっちなその気なら、こっちにも考えがある。


「私の身元の信用でしたら、あなたさまが保証していただけるのでは?お(ひさ)さま?」

「っ…!?それをここで…!」


狼狽(ろうばい)する久邇。


「なんだ?君ら、知り合いか?」


副島の問いかけに、固まったように黙り込む久邇。

彼に代わってひばりが微笑んで答える。


「はい、同郷の人間です」


ついでに元妻です、とは口がさけても言いたくない。


「日下さまは昔、お久さまというあだ名でして」

「それは女のような名だな」

「はい。それも日下さまは、ご城下で一番色白で綺麗なお顔立ちの子供だったので、まるでお(ひい)様のように可愛らしいという評判になりまして」

「それで、お久さまか。はは、それは面白い由来だが、男としては少々恥ずかしいな」

「でも、本当にお久さまはどんな女の子より可愛かったんですよ?」


まあその可愛かった『お久さま』は、今、鬼の形相でひばりをにらんでいるのだが。

しかしおかげでひばりは副島から信用を得られた。

こうなったら元夫も使って就職活動をするのみだ。

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