鉄道
ひばりふくむアメリカ公使一行は、東京へ移動するため鉄道に乗り込んだ。
「この鉄道はモレルというイギリス人技師のもと、およそ2年をかけて作られた、わが国最初の鉄道です」
おきまりとなったように、久邇がツアーガイドのごとく『国産鉄道』を説明している。
飯屋でひばりにみせた姿とはうってかわって、彼はにこやかな愛想のいい日本人紳士へとなっている。
「鉄道に使われた資材はほとんど国内で調達し、線路の建設のために海の埋め立て、新たな橋も作りました。こうして作られた鉄道は、神奈川の横濱から東京の新橋間までおよそ1時間、約時速30キロ、マイルに直すと時速20マイルほどで走ります」
すごいことだと、ひばりは素直に感心する。
ひばりが記憶している日本では、舗装されていない地肌の道を徒歩か馬で行くしかなかった。
それが今や鉄でできた橋とレールの上を鉄道が走っているのだ。
「客室は運賃で1等から3等まで分かれております。本日みなさまが乗っているこの客室は1等車。貸切でございますので、どうぞご自由にごゆっくりとお過ごしください」
鉄道はアメリカでも乗ったことがあるが、日本のはそれと比べてどうちがうのか?
好奇心のままにひばりは後方の車両へ探索にゆく。
2等車には外国人客がいっぱいだった。
けれど、3等車からはガラリと変わり日本人客ばかりになった。ヨコハマの日本人地区でみたような行商人姿の人間がほとんどだ。
「あれは、菓子売り?」
『JAPANESE CONFECTION』という文字入りの箱をかかえた女がいる。
彼女がこちらの視線に気づいた。
「お団子、大福、羊かん、まんじゅう、いろいろありますよ」
菓子売りの女が品物を広げてみせる。
餅にあんこなんて、日本を出て以来、お目にしていない。そのせいか、まるで宝石のようにみえてしまう。
目を輝かせるひばり。
「どれも美味しそうで迷っちゃうわ……このおまんじゅうにしようかしら?おいくらですか?」
女がいった値段にひばりはおどろく。
高すぎない?けど、とひばりは考え直す。
ひばりが国を出てから10年も経っている。物価もあがったのだろう。
そう納得して、ひばりは金を出そうとした。
が、ある男にとめられる。
「やめておけ」
げ、またこのひと?
あらわれた元だんなにゲンナリとするひばり。
「また勝手にフラフラとしてるとおもえば、今度は菓子か」
「私が日本の菓子を食べてはいけないんでしょうか?」
「いけないとは言ってない。それを買うのはよせと言っている」
「どうしてですか?密航して帰ってきた女には、おまんじゅうを買うのにもすら許可書がいるのですか?」
ひばりは軽く久邇をにらむ。
それが効いたのか、彼は視線を周囲へ移した。
「おい、そこの男」
ちがった。
彼は別のまんじゅう売りを求めたのだ。
「まだ商品は売れ残ってるか?いくらだ?」
このまんじゅうの値段にひばりはおどろく。
さきほどの女が売っているものの半値以下だったのだ。
「相場を知らない外人には高くふっかける。それが横浜にくる商人の常識だ」
「私、外人じゃなくて日本人なんですけど」
「洋装ドレスをきた日本人女など東京でもまだいない。日本語のできる東洋人だとでも思われたんだろ」
そんなことってある?
ひばりがちょっと落ち込んでいると、久邇がまんじゅうの包みをわたしてきた。
いつの間にか買ってくれたらしい。
「お金、払います」
「いい」
「でも」
「いらん」
頑としてお金をうけとらず、こちらを半分にらむように見てくる久邇。
正直ちょっと怖いくらいだ。
まんじゅうごときで元旦那と揉めたくない。
ここは素直にうけとっておくことにした。
「では、遠慮なくいただきます」
ひばりは空いている座席にすわり、さっそく食べ始める。
(お、おいしいー!)
もちもちとした皮の食感とあんこの甘さ。やはり日本の食べ物は素晴らしい。
ひばりがまんじゅうに涙が出るほど感動していると、となりに久邇が座ってきた。
「……あの飯屋とちがって、今日はほかにも席は空いてますよ?」
「そういうことじゃない」
「じゃあなんですか?あ、もしかしておまんじゅう?ひとつ、いります?」
「いらん」
じゃあなんだというんだ。
口を閉ざす彼の横顔をみながら、そういえばとひばりは思い出す。
英語でツアーガイドをする姿をみてすっかり忘れていたが、この男はもともとそこまで喋る男じゃない。
ひばりが知っている久邇は、今のように口数少なく慎重に言葉を選ぶように話す男だ。
「……そんなに、貧しかったのか?」
「はい?」
「日本の飯や菓子に飢えるほど、アメリカでの生活はひもじかったのか?」
なんてことだ。
この男、ひばりがアメリカでは食べるのに困る生活だったとおもったらしい。それで、哀れに感じてまんじゅうを恵んでくれたのだろうか。
「あのですねぇ…」
心外だ。
この人から同情を受けるのもイヤだが、勘違いされたままはもっとイヤだ。
「私は別にアメリカで貧乏暮らしなんかしてませんでしたから!私がこうして日本の食べ物を欲するのは、たんに懐かしいからです。10年ぶりなんですよ?嬉しくて食べてしまうのは当然でしょう」
「そうか」
久邇がそれきり口を閉ざした。
けれど彼は席を立たない。
まだ何か話があるんだろうか?
でもかまうもんかと、ひばりは残りのまんじゅうを口にいれる。
「……アメリカでは」
やっと久邇がまた口を開き始めた。
だが、顔はこちらも向かず視線は列車の窓の外だ。
ならこっちもそちらの顔なんかみてやるもんか。
ひばりはあくまで視線を饅頭に固定した。
「世話を見てくれる人間がいたのか?」
「父の友人であったアメリカ商人のご紹介で、子供のいない老父婦の養子にしてもらいました。ご夫妻はいい人たちで、まるで本当の娘のように大切に面倒をみてもらえました」
「苦労はなかったということか」
「そうですね。幸運なことに、アメリカでは環境や友人たちに恵まれました。離縁されても、人生どうにかなるものですね。私はアメリカで充分幸せにやってましたよ」
最後は嫌味のつもりだった。
『元夫』がどんな顔をしてるか気になり、チラリと隣を盗み見る。
「そうか」
おだやかな表情の久邇。
まるでひばりの報告を喜んでいるようである。
(なによ、それ)
ひばりの心はモヤモヤとした。
彼に『離縁』を謝って欲しいわけでもなかった。けれど、少しくらいは申し訳ないとおもって欲しかった。
だからか、きれいに整った彼の横顔が小憎たらしくみえてきた。
ひばりは視線をまんじゅうに戻す。
(そういえば、初めて何かを買ってもらったわね)
10年前に別れた旦那から、はじめて買ってもらったまんじゅう。
色気も何もあったものではないな。
なんだかこのまんじゅうすら憎たらしくみえてきた。
ひばりは列車内の乗客たちをながめることとした。
そこでとある男に目を奪われる。
「え?うそ……」
「なんだ?」
「あ、いいえ。なんでも……」
ひばりは顔をそむけながらも、その男から目をはずせない。
男は袴にちょんまげ、さらに大小の刀を腰にさしていた。
サムライだ。
ひばりの胸はざわつく。
武士が、まだこの国にいる。




