横濱居留地
元夫を全力で避けようとしていたひばりだったが、どうにも事態は困難を極めそうだった。
アメリカ公使一行の世話役が『元夫』だった。
「長い船旅のあとです。東京へ移動する前に、まずは数日、この横濱の街で旅の疲れを癒してください」
ホテルのロビーで流暢な英語をはなす久邇。
彼の英語力に安心したのか、アメリカ公使たちが街案内を頼んだ。
「ヨコハマエリアでよろしければ、喜んでご案内します」
元夫によるヨコハマツアーをのんきに楽しめるほどひばりの心臓は強くない。
ひとりでホテルの部屋にこもろうとしたが、イザベラに無理矢理ひきずり出された。
ひばりはツアーにグループの後ろで隠れるように参加した。
「この横濱はかつて100人もいないほどの小さな漁村でしたが、今日はおよそ2000人もの外国人が住む港町として大きく発展をしました。建物はもちろんすべて煉瓦造り。町には、各国の政府機関はもちろん、銀行、郵便、レストラン、ホテル、また様々なショップなどもあります」
欧米諸国と変わらないヨコハマの町。
ひばりだけでなくイザベラも感心する。
「サンフランシスコの港町みたいね。あの店、アイスクリームショップよ」
「ほんとね、私が出て行ったときと全然ちがうわ。10年前は見渡せる範囲くらいしかない小さな港だったのに……」
周りへ視線をめぐらすひばり。
「どこを見てもずっと西洋風の町が続いているわね」
「でも英国英語ばかりだわ」
イザベラの言う通りだ。建物に掲げられているどの看板もイギリスのもののようだった。
「日本は相変わらず、イギリスびいきなのねぇ」
さすがアメリカ公使の妻だ。
イザベラするどい観察眼をもってヨコハマの町をみている。
「ヨコハマエリアにいるほとんどがイギリス人らしいわね」
声をひそめるイザベラ。
「日本の生糸やお茶はイギリス商社が独占しているし、政府同士もベッタリ。今の新政府はイギリス人が作ったとかいう話があるくらいよ」
「イギリスは新政府の味方して、内戦のときもこっそり支援してたのよね。旧政府に味方したフランスは、遠回しにイギリスに負けた形になったわね」
「アメリカとしてはライバルが一人減ってラッキーだけどね。でも、どこで生糸やお茶を買いつけしてるのかしら?それらしい日本のお店なんて見えないわ」
ヨコハマの町にあるのはどれも外国の店ばかりだ。
アメリカ公使も同じことをおもったらしい。久邇に、日本の店はどこか?と聞いている。
「ヨコハマエリアを出たずっと向こうにあります。ただそちらからは、日本の領土になり旅行許可書が必要になります。いま手配していますので、そちらはまた改めて後日ご案内いたします」
なるほど、とひばりは日本語でつぶやいた。
「え?なに?どうしたの、ひばり?」
ひばりはイザベラの腕をさりげなくひいて、やや集団から距離をとった。
これから英語でも聞かれてはまずいことを話すからである。
「ここはたしかにヨコハマだけど、外人居留地よ」
「それがどうしたの?居留地の話なら知ってるわよ。旅行許可書がいらない、外人だけが住めるエリアでしょ?」
「表向きわね。居留地は旧政府に時代に作られたもの。目的は外国人の行動を制限管理をしやすくするためよ」
「イヤだわ、それじゃあまるで軟禁するためのエリアじゃない」
「しょうがないわ、日本人を守るためだもの。旧政府が外国と不平等な条約をしてしまったせいで、もし日本人と外国人がトラブルになった場合、日本の法律が適用されないのよ」
「治外法権ね。でも開国したということは、新政府は平等の見直しの交渉ができているという事じゃないの?」
「できていないから、この居留地はまだ存在しているんだと思うわ」
開かれて発展したヨコハマ。
けれどそこにまだ、武士の時代の縛りをひばりはみつけた。




