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I love you

ひばりはまた久邇と結婚した。

だが夫婦生活は10年前とおどろくほどちがった。

夫の久邇が愛の言葉をくれるようになった。


『I love you (愛してる)』


しかし日本語以外の言語で。

英語やオランダ語で『君は素敵だ』『きれいだ』『可愛い』などなど。ひばりの胸がときめくようなことを(ささ)いてくれる。


「でも、そろそろ日本語でも言ってくださいませんか?ダーリン?」


久邇が読んでいた新聞から目を離して横目でチラリとひばりをみた。だが、すぐにまた視線を新聞へと戻した。


「なんだ、その()()()()というのは」

「愛するだんな様という意味です。ちなみに妻の場合はハニーです。さぁ、ダーリン?日本語でも愛してると言ってみてください」

「強要する愛ほどむなしいものはないぞ、ハニー」


こうゆうノリがよくなってくれたところなど10年前と確実に違うところだ。

今の夫ならひばりのワガママを聞いてくれる自信があるので、ちょっと食い下がってみる。


「一回でいいんです。いってみてください、お願いします」

「……わかった」


久邇はめんどくさそうに新聞から顔を出した。


「愛してる」


さらりと彼の口からでた愛の言葉。

それに、ひばりはうなってちょっと考えこんだ。


「うーん…なんか思ってたのとちがいますねぇ。まるで辞書を開いてその単語をただ読み上げられたようなというか、薄っぺらいというか、ウソくさいっていうんでしょうか?感動がイマイチ感じられないですね。どう思います、ダーリン?」

「だからいったろ。こうゆうのは、ねだるもんじゃないと。わかったら、とっとと飯を用意しろ、ハニー」


ひばりのダーリンは相変わらず亭主関白だった。

だが、妻への贈り物は欠かさずしてくれる。

その日も久邇がめずらしい花を抱えて帰ってきた。


「まぁ、もしかしてそれはチューリップですか?」


日本では自生していないチューリップを花束にして彼は持ってきた。


「今日は仕事で築地の外人居留地に行った。そこでオランダ人のやっている店でこれを買ってきた」

「今日は仕事で築地の外国人居留地に行った。そこにあったオランダ人の店だ」

「そういえば、オランダの国ではチューリップの栽培が盛んだと聞いたことあります。球根の状態で輸出もよくしてるとも。こちらで栽培してるのかしら?」

「らしいな。やる」


ぶっきらぼうに渡された色とりどりのチューリップの花束をひばりは笑顔で抱きしめる。


「ありがとうごさいます。チューリップなら一輪挿しにもさせるし、ちょうどよかったです」

「あとこれ」


久邇が小さな笹の包みをみせた。


「まだ何か買ってきてくれたんですか?」

「このあいだ食べた団子だ」


ふふ、と笑いをこぼすひばり。


「私が美味しいと言っていたのを覚えててくださったんですね」


夫が自分を見ていてくれていることにひばりは嬉しくなる。


「せっかくだからこれでお茶にしましょう」


ひばりはチューリップを挿した花瓶をローテーブルに飾り、そこへ団子とお茶を用意する。

そして、ソファにひばりは久邇と並んでいっしょに座る。


「きれいですね、チューリップ。それにこのお団子もやっぱり美味しい」

「おまえが満足だというなら買ってきた甲斐があったな」


特別でもなんでもない夫婦の日常。

それがひばりにとってこの上もなく満ち足りた日々であった。

ひばりはごく自然に久邇に寄り添い身体の体重をあずけた。


「昔もこうしてできればよかったですね」

「それは無理だったろうな」


夫の返事に少しむくれるひばり。


「なんでですか?」

「14歳の子供相手にこうゆうことする気なんか起きないだろ、普通」


久邇の手がひばりの腰あたりを撫でた。


「ガリガリでチビだったのが、よくここまで成長したものだ。やはり欧米食は肉中心だから体つきに影響がでるもんなんだな」


ひばりは顔を赤らめて、すぐさま久邇から体を離した。


「それは失礼いたしました!痩せ細った色気のない子供(ガキ)(めと)らせて、さぞご迷惑をおかけしてしまったようで!」


そっぽを向くひばりを久邇がなだめるように後ろから抱きすくめた。


「拗ねるなよ」


久邇の低く甘い声がひばりの耳をくすぐる。


「今は満足している。その証拠にちゃんと毎晩可愛がってやってるだろ?」


ひばりが沸騰したように顔を真っ赤にさせ、久邇は意地の悪い笑みをうかべた。


「な、な、なにをこんな昼間にいって…!?」

「おまえこそ何を想像した?言ってみろ。俺の考えていることと、あっているか答え合わせしてやろう」


ひばりは答えることなどできず、視線を周囲へとさまよわせた。


「ち、父上!」


父の仏壇にむかってひばりは助けを求めた。


「久邇さまがいじめてきます!」

「ちがいます、先生」


久邇はひばりの顔を自分の方へとむかせる。

彼の顔には甘い笑みがうかび、目には色気をただよわせる熱がおびていた。


「これは、俺の可愛い妻を愛でているだけです」


今までもらったどんな愛の言葉よりも威力が高く、しかも刺激が強すぎて、ひばりは頭がクラクラとしてきた。

羞恥心もまざっておもわず両手で顔を隠すひばり。


「もうダメです。降参します、私、すっごく幸せです」

「ならよかった」


久邇の声に少しの笑いがまじる。


「おまえが幸せなら俺も幸せだ」


ひばりは両手をおろして満面の笑みをみせる。


「それじゃあ私たちは二人で一緒なら、この先もいつだってどんなときも幸せを見つけられますね」


時代は新しくなった時代のなかで、ひばりは自分の幸せが何かようやく気づいた。

それは特別な役割をしたりする難しいことじゃなく、毎日にある小さなことだった。

たとえば、親友(イザベラ)とのおしゃべり、大学の学生や先生たちからありがとうの言葉。そんな些細なことでひばりの心は満たされた。

そして、大好きな人との特別でもないありふれた日常。彼がくれる言葉と時間のすべてが愛であり幸せなのだ。

これからもこの小さな幸せを積み重ねていく。

ひばりは今日も、明日も、これからも、久邇から愛を捧げられる。

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