Will you.......?
数日後、ひばりは久邇が入院したという知らせをもらい、すぐに大急ぎで横浜の病院へ向かった。
「久邇さまっ!?」
ひばりは病室へ駆け込んですぐに窓際のベッドに久邇をみつけた。
彼は上体を起こし、こちらへ目をむけてちょっとおどろいている。
「なんだ。来たのか、おまえ」
すぐさまひばりは彼のベッドに駆けよった。
「副島さまが連絡してくださったんです!怪我はどこですか!?いったいどこを斬られたのですか!?」
「肩を少しだけだ。大したことない」
久邇の体にはみえるところでは右肩の周辺だけに包帯が巻かれていた。
「でも入院するほどなんでしょう!?深く斬られたのですか!?」
「いや、ほんとに少しだ。ただ高い熱が出たから、それで入院させられていた」
「熱!?まさか感染症ですか!?大学の医学生さんたちから、傷口から菌が入って熱を起こし、死んでしまうこともあると聞きました!お薬は!?熱はまだあるのですか!?」
「落ち着けって、熱はもうない。そもそも俺の熱は、その感染症とやらじゃないとおもうぞ?医者も言っていたが、ただの風邪だ」
「え?」
「海に落ちたんだ」
ちょっとどこか気恥ずかしいそうな久邇。
「横浜の港で江藤先生の説得に失敗したあと、すぐに先生の取り巻きに襲われた。それから逃げようとして海に飛び込んだんだ。まぁ、おかげでやつらをふり切れた。そのあと居留地の外人商人に助けられて、ここへ入院することになった。治ってから帰ろうとしたら、病院が身元確認で外務省へ連絡して、そこから副島さんへというわけだ」
「それじゃあ…佐賀にはいかなかったのですか?」
「ああ。やっぱり死ぬのが惜しくなった」
久邇は苦笑いをうかべ、ベッドにしがみつくひばりの頭に手をおいた。
「それにしてもひどい格好だな、おまえ」
彼のいうようにひばりはボロボロであった。
頭はボサボサで、ドレスは砂だらけ。睡眠不足で目の下にはクマができ、顔色も良くない。
「誰のせいだと、おもってるんですか!」
顔を赤くさせ怒りだすひばり。
「久邇さまがいなくなってから、ずっと心配で夜も眠れないし、食事も喉を通らないし…!ここへだって、大学の仕事を途中で投げ出してきたんです。列車の本数は少ないし待ってられないから、籠を乗り継いできて、途中走ったりもして、だからこんな汚れてしまったんですよ?あなたが死んでしまうのではないかと思って、私は必死に来たんです。なのに、なんでそんな嬉しそうに笑ってるんですか!?」
ひばりがこんなにも真剣になって心配したのに、当の久邇は平気そうどころか今までになく喜んでいるようすである。
彼が無事で嬉しいが、自分の頑張りを笑われている気がして、ひばりは怒りながらも泣き出した。
「もう、あなたのことなんか知りません!」
これ以上自分のひどくなる顔をみられたくなく、ひばりはベッドに顔をうずめた。
「わかったよ、俺が悪かった。だから顔をあげてくれ」
久邇がめずらしく謝る言葉を口にするが、ひばりの感情はおさまらない。抵抗するように顔を横にずらせば、ベッドサイドにあるフランス語の本と花束が目に入った。
「…だれかお見舞いにきたのですか?」
ひばりは両手で顔ぬぐいながら頭をあげた。
「ああ、それは……おせっかいなフランス人からの差し入れだ」
ややためらいがちに答える久邇。
「おせっかい?」
「死んで後悔するまえに、さっさと気持ちを言葉にして伝えろって。たしかに海に落ちたときは心底そう思ったな。かといって、日本語でそんなことはちょっとな…」
久邇がベッドから降りた。
彼はひばりをベッドへ座らせ、自分自身はなぜかひざまずいた。
「久邇さま?」
ひばりもあわててベッドから降りようとしたが久邇に手で静止させられた。
久邇はひばりの手をとり、英語を喋り始めた。
『あなたは知識と経験を兼ね備えた、この世で真に美しい女性だ。そんなあなたに私は恋をしている。きっとこの先何十年も、ずっと私はあなたに恋をするでしょう』
突然の彼の告白にぼう然となるひばり。
これは幻聴かともおもえたが、病室内の患者たち全員こちらに注目しているから間違いなく現実だろう。
『愛する人よ、私はあなたなしの人生など考えられない。ここに誓います、私の人生すべてをかけて愛をあなたへ捧げると』
久邇の表情は真剣そのものでどこか緊張している。
「ひばり」
その言葉をひばりは息をのんで聞いた。
『Will you marry me?(結婚してくれますか?)』
少し間をおいて、久邇が照れくさそうにひとことつけ加える。
『Again?(もういちど)』
久邇からの求婚にひばりは惚けたように固まった。
「ダメか?」
不安げに首をかしげる久邇。
ひばりは感極まって言葉がでない。
だから、かわりに両手を広げ、ゆっくりと彼に抱きついた。
「良いという、意味か?これは」
「はい、そうです。良いという意味です、これは」
嬉し泣きで顔を濡らせ、ひばりはしゃくりあげ気味にしゃべり始める。
「でも、ひとつ要求があります」
「聞こう」
「私は、正妻がいいです」
「あたりまえだろ」
「あ、ありがとうございます…っ!」
ぐしゃぐしゃに泣くひばりは、久邇の胸に顔をうずめる。
「でも、妾を作ったときは必ず言ってください」
「妾?」
「武士に妾は必要だと、理解はしています。本当はいやですけど、善処します」
久邇がおかしそうにちょっと笑った。
「いいことを教えてやる。俺はもう武士をやめた。だから女は一生おまえ一人だけだ」
ひばりの顔に満面の笑みが広がる。
気づけば病室にいる入院患者たちから拍手と祝いの言葉を受けている。彼らは全員外国人で英語が通じる。プロポーズの成功を察してか、彼らから誓いのキスをしろとの注文が入りはじめた。
「そんなことまではちょっと……」
顔をあからめて、周囲をみまわすひばり。
「わかった。やってやる」
「え?」
「立て」
「あの、嘘ですよね?」
「早くしろ」
「いやいや、冗談ですよね?」
久邇がベッドのカーテンを閉めた。
「これならいいだろ」
「ねえ、やっぱりまだ熱があるんじゃないですか!?」
「もう黙れ」
やだぁ、というひばりの声は久邇の唇にふさがれた。
カーテンの中で二人の影がピッタリと重なる。
これで病室内の患者たち全員が二人の証人となり、おしみない祝福の拍手と歓声をこの若い新たなる夫婦へ贈った。




