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武士の選択

政変があってからしばらくして、ひばりは大学でよくない話を聞いた。


「政府に不満を持つ元武士たちが、西の方に集まって反乱を起こしそうだ。特に佐賀が危ない」


佐賀の人間と頻繁にやりとりをするワグネルからも似たようなことを聞かされた。


「佐賀ではサムライたちが集まって武装しているらしい。そのうち政府の施設を襲うのではないかと、ウワサがあるようだ」


(いくさ)の文字がひばりの頭にちらつく。

世間もそれを感じとっていた。

久しぶりに会ったイザベラからも内戦を心配する言葉を聞いた。


「居留地の外国人みんな不安がっているわ。とつぜん気づいたらこの東京が戦地になってるんじゃないかって。数年前の内戦もそんな感じだったって聞いたわ。日本側からは大丈夫だってことしか連絡はこないし…」

「イザベラ、東京は大丈夫だと思うわ。戦が起こりそうなのはずっと離れた南の方、佐賀県らしいから。だから、本当に安心して大丈夫よ」


そうイザベラへ伝えても、ひばり自身は落ち着けなかった。

佐賀と聞いてずっと気にかかっているのは江藤と副島だ。彼らには世話になった。辞任をしたと聞いてからその後どうしているか気になっている。久邇に聞けばいいのだが、彼はずっと忙しそうで帰ってきたりこなかったりだった。あまりに忙しいので体調を崩したりしないか心配でもある。


そう考えながら帰宅したひばりは、玄関で久邇の靴をみつける。めずらしく明るい時間帯だ。さらにめずらしいことに、そこにはもう見知らぬ靴もあった。


(お客様かしら?)


そっとひばりが家に入ると、客間の方から話し声が聞こえてきた。


「佐賀で元武士の人間たちが政府への反乱を企てているとの話、君も知っているだろう?」


副島の声である。どうやら客は副島で久邇と話しこんでいるようだ。あまりよくないと思いつつも、ひばりは耳をそばだて彼らの会話を盗み聞く。


「反乱分子の件は知っています。江藤先生が佐賀へ行って、その人間たちを鎮めてくるつもりだと聞きました」

「それに君もついていってくれないか?」

「え…なぜですか?」

「ここだけの話だ。その江藤が、私は怪しいとおもっている」

「どういう意味ですか?」


久邇の声が動揺したように揺らぐ。


「まさか…副島さんは、江藤先生も反乱にくわわると疑っておいでですか?」

「確信はない。だが、江藤はつねづね今の政府の在り方に疑問をもらしていた。特に派閥的なものだが、参議の中で対立する者もおおい」

「それは先生がヤツらの汚職をあばいたからでは?」

「そうだ。だから敵が多い。江藤は職務に忠実だが人の感情を無視しすぎる。君もそんなところがあるがね」


副島の少し笑う気配がした。


「江藤の周りには血の上った佐賀の人間しかおらん。佐賀の人間じゃない君が江藤についてくれれば、早まったことをしないですむだろう。本来なら私が行くべきだろうが、東京を離れるわけにはいかん。私までいけば、東京で佐賀のために動けるの人間がいなくなる」

「……では自分は江藤先生を戦から遠ざけつつ、佐賀の情報を副島さんに連絡する役割をする、いわば密偵ということですか?」

「そうだ」


密偵(スパイ)という危険な役回りに、聞いていたひばりが動揺した。

そして副島も危険性を認識しているようで、無理に久邇に押しつけるようなことはしてこなかった。


「だが知っての通り、佐賀の状況はかなり危うい。正直いえば暴発寸前だ。行ってすぐに戦に巻き込まれるかもしれん。だから、これは命令ではない。私はもうすでに君の上司でもないしな。これは私一個人の頼みだ。受ける受けないは君の自由だ」


やや沈黙が流れたあと、久邇が静かに答えた。


「……自分の命はとうにあの戦で尽きていたものだとおもっています。それを副島さんに拾ってもらい、江藤先生に生きる理由、国の仕事を与えてもらいました。お二人には恩があります。こんな自分の命が役に立てるなら喜んで佐賀へ行きます」

「よくぞいってくれた。それでこそ、日本の武士(サムライ)だ」


膝をたたいて感激する副島。


「日下君、感謝する」

「頭をあげてください、俺はまだ何もしていません。江藤先生はいつ佐賀へ立たれるのですか?」

「明日の夜だ。横浜の港から船で佐賀へ向かう。それと一緒に行ってくれ」

「わかりました、明日の夜ですね」


話の内容と久邇の選択に、ひばりは心を乱されていた。

だから、副島が部屋から出てきたことに気づかずに鉢合わせしてしまった。


「ひばりさん?どうしてあなたがここに?」


ひばりが気まずそうに返事をためらっていると、久邇が代わりに答えた。


「書生です」


副島は目をみはって、ひばりと久邇を交互にみた。

そして、どこか申し訳なさそうな顔つきになった。


「まぁなんだ…そのひばりさん、話はまた次に機会に。本日はこれで失礼するよ」


足早に帰っていった副島。

家には久邇とひばりだけになった。

重い空気が二人の間で流れる。


「聞いていたか?」


久邇がたずね、ひばりはうなずいた。


「ならもう、説明はいらないな。そういうことだ」


つまりそれは、戦に行くということなのか?

そうなぜかひばりは聞き返せなかった。

ただ漠然と彼はやっぱり武士なのだと実感し、それがひばりの中でどうしようもない不安になっていった。

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