What the heck
ホテルの部屋でひばりは頭をかかえていた。
「What the heck……!?」
なんとかあの場はやり過ごしたものの、やはりそう簡単に納得できるものではなかった。
「なんで、どうしてあの男があそこにいるの?外務省の人間?ウソでしょ?だってあの人、幕府側だったわよね?それがどうやって新政府に入ってるの?いえそれよりも、なんで英国英語?まさか英国に留学したとでもいうの?いったい、いつ?どうやって?」
元夫との再会に動揺するひばり。
同室人の存在をすっかり忘れていた。
イザベラが眉をひそめている。
「Hey, English please」
ひばりはいつの間にか日本語を口にしていたようだった。
「あっ……I mean」
頭と口をすぐに英語へと切り替えるひばり。
「なんであの男がここにいるのってこと!」
「あの男?」
「日本側の通訳として出てきた男よ!」
「ああ、あのブリティッシュアクセントの魅力的な殿方のことね」
「魅力的!?どこが!?」
「立ち居振る舞いがイギリス紳士みたいに上品で素敵だったわ。日本人だけど、英語をそつなく話して頭がよさそうだったし。それに顔もよかったわね」
「ちがうわ、だまされちゃダメよ」
「え?」
「たしかに、あの男は顔よし、頭よし、家柄よし。でも、性格に問題アリなのよ!」
みるみると昔の記憶がよみがえってくるひばり。
「お坊ちゃんで甘やかされて育ったから、身の回りのことは人にまかせっぱなし。そのうえ、えらそうに上から目線でモノをいう。プライドも高いから、絶対にあやまらなし、ありがとうもいえないし!典型的な顔だけ男よ、アレは!」
「いやにくわしいわね。もしかして知り合い?」
「元旦那よ!」
「えっ!?」
ひばりは苦々しくその男の名前を口にする。
「日下久邇。れっきとした家柄の武士よ。あの男と夫婦だったのは一年くらいだったわ。もう二度とごめんだけど」
「そんなに嫌だったの?どうして結婚したのよ」
「仕方ないわ。サムライの一族はイギリスの貴族なんかと同じで、親が結婚相手を決めるのよ」
「それじゃあ、ひばりはお父様が決めたってこと?」
「そうよ。父上はいつも正しいと信じてたけど、あの結婚だけはまちがいだったわね」
ひばりは夫婦時代をふりかえる。
「あの男、私のことなんかいっつも放置。何も相談なしで、勝手に何かするし、どっか行くし。何日も帰ってこないとおもったら、私の父上と旅行いっちゃってたし!」
「あらまぁ。でも義理の親子で仲がいいなんて、いいことじゃない?」
「妻をほうっておいて?その妻の父と旅行?そんなこと普通する?」
「しないかもしれないわねぇ…」
「そして一番最悪だったのは、結婚した日の最初の夜に放置されたことよ」
「え!?それはつまり…あなた達はその日に夫婦にならなかったという意味?」
「その日だけじゃないわ。そのあともずっと、指一本だってあの男は私に触れてこなかったわ」
当時、小さなひばりの自尊心は傷ついた。
久邇に冷たくされたわけでもなく、ひどいことをされたわけでもない。ただ妻として扱われなかった。彼はひばりに関心をしめさなかったのだ。
「あの男は父と四六時中一緒にいて学びたいから私と結婚したのよ。実際、あの人が入婿みたいに家へきて3人で暮らしてたしね」
「じゃあ、あなた達ほんとに形だけの夫婦だったのね」
「別にいいのよ。そういう夫婦は武士の社会でたくさんいたもの。でも一番たえられなかったのは、父上が亡くなったあと、用済みのように離縁されたことだったわ」
「それでひとり国をでて密航して留学?ぶっ飛んだことをするわね、あなた」
「私の居場所はもうこの国にないとおもったからよ。でも今の開かれたこの国なら、私の居場所はきっとある。人生をやり直せるって、そうおもって帰ってきたのに…」
小さくため息をつくひばり。
「どうしてあの男とまた会うハメになるのよ」
こうなったら全力で彼を避けるしかない。
ひばりの第二の人生に元夫は予定外でしかないのだから。




