続・悩める小鳥
ひばりは父の仏壇の前で最近の悩みをこぼしていた。
「父上、聞いてください。生活に不満はないはずなのに、こうしてモヤモヤとしてしまうのはなぜでしょうか?私が邪な心をもっているからですか?それともやはり私の日本語能力に問題があるのでしょうか?」
深いため息をつくひばり。
「でも言葉に関しては、あちらにも非があるとおもうんですよ。昔からですけど、足りないんです。肝心な言葉が。だからうまく意思疎通できてない気がするんです。それともその肝心なことを読み取れない私がやっぱり悪いんでしょうか?」
「一人でそこで何をしている?」
久邇が変なものを見るような目つきをこちらに向けて立っていた。しかも彼は風呂上がりで、いつもの着流し姿に色気が倍増している。
まさに悩みの原因があらわれてひばりは舌打ちをしたくなった。
「そんな寒そうな格好でうろうろするなんて、何を考えてるんですか?」
「自分の家の中からぶつぶつと怪しい独り言が聞こえてきたら普通こうして見にくるだろ」
「独り言ではありません。父上に話を聞いてもらっていただけです」
「そういうのは生きてる人間を相手にしろ。死人にしても無駄だ」
ひばりはムッとして父の位牌を抱えこんだ。
「父上はあちらからいつも私を見守ってくださっています。だからきっと私の話も聞いてくださっているはずです」
にらむように彼をみあげるひばり。
久邇もこちらをじっとみおろしながら見返してきた。
「その着ているものは俺が買ってやったものか?」
あ、そうだったとひばりは思い出したようにお礼をいう。
「ありがとうございました、反物。厚手で手触りがよかったので、寝巻きとして仕立てて使わせてもらってます」
ひばりは数あるもらった反物の中から地味な色柄を選び、浴衣と羽織を作った。
「和服の繕いものは久しぶりだったので時間がかかってしまいました。羽織の方には綿をいれたから余計手間がかかったけど、この季節だともう寒いのでやって正解でした。あったかくていいですよ……あのぉ?」
久邇がだまってこちらへ視線をむけていた。
食い入るようにみられて正直ひばりは居心地が悪い。
「私、なんか変なこといいました?」
「それは、なんというんだ?」
「…はい?」
まただ、とひばりは若干いらついた。彼は絶対いくつか言葉を飛ばしている。もやは日本語がどうとかいう問題ではない。彼の話す言葉はもう武士語だと分類したくなってしまう。
困惑気味のひばりに、久邇はさらに理解不能な言葉と行動をとった。
「これだ」
久邇はこちらへ近づいてきてひばりの下ろしてまとめている髪の毛に触れた。
「見たことない髪型だ。なんていうんだ?」
「えーと、日本語だと編み込みでしょうか?それとも三つにわけて編んでいるから、みつあみ?って、あのう?聞いてます?」
彼はひばりの髪の毛を触っていじっている。
「そうか、みつあみか。いいな、これは」
だから、それはどういう意味だ?まさか自分も編み込みの髪型をしたいのだろうか?昔の武士だった頃の彼の髷頭ならいざしれず、今の彼の頭髪では長さが足りない。
そうひばりがおもっていると、久邇の指がいつの間にか首へと移動していた。風呂上がりのじっとりと彼のしめった指の熱が伝わってくる。
「なぁ」
真剣な眼差しでこちらを見つめてくる久邇。
「いいか?」
眉をひそめるひばり。
「ダメか?」
「いえ、あの…いいとか、ダメとか、よくわからないんですけど?あ、べつに単語の意味はわかるんですよ!?というか、なんで手をそこへ置いてるんですか?邪魔なんでどけてください」
だんだんと彼の眉間にシワがよる。
「そっちのが邪魔だろ」
久邇の手がひばりの胸元にある父の位牌へと動いた。
これはまずい、と感じたひばりはとっさに身をかわすように立ち上がった。
「私、今夜は父上といっしょに寝ます!」
「……は?」
「おやすみなさい!」
ひばりはその場から逃げた。
自室に入る前、先ほどの部屋からぶつぶつと怪しい独り言が聞こえてきた。おそらく久邇のものだろうが、なぜか日本語じゃない。ひばりのわからないフランス語とロシア語を交互に喋っている。何か恐ろしい儀式でもしているようだ。気にはなったが呪われてはたまらないので、ひばりはさっさと安全な部屋にこもった。
翌朝、ひばりはいつものように朝食を作り終わり、鼻歌まじりに庭で水をまいていた。
『早寝早起きとはさすが小鳥だな』
オランダ語が聞こえたのでふり返ると、久邇が仕事用の洋服姿で立っていた。なぜか彼は冴えない顔をしている。
『朝からのんきにさえずりしてご機嫌のようだ。父親と一緒にぐっすり眠れたからか?』
オランダ語で妙につっかかってくる久邇。
にっこりと笑みをうかべるひばり。
「そちらはなんだかご機嫌うるわしくないようですね。というか、さっきからなんでオランダ語?」
こちらを冷たく一瞥して、テーブルに座る久邇。
『帰国子女には日本語が通じないらしいからな』
今度は英語だった。
久邇は新聞を広げ、英語で『飯、早くしろ』と要求してきた。
「Yes, Sir (かしこまりました)」
しぶしぶと応じるひばりだったが、内心ではこの男めと腹が少し立っていた。
そこから数日は久邇が日本語をまったくしゃべらなくり、ひばりも負けじと日本語以外で対応し、家の空気が多少澱んだ。




