Welcome back to Japan
アメリカ・サンフランシスコから出港した日本行きの船。
白人の客でにぎわうなか、ひとり黒髪黒目の日本人女性がいる。
しかし彼女は西洋ドレスを着こなして流暢な英語を話している。まさに洗練された美しさと知性がその身からあふれ出ているようだった。
「 Look ! It's Japan !(見て!日本だわ!)」
ひばりは10年ぶりの母国をながめた。
後ろをふりかえり連れを呼ぶ。
「イザベラ!みて、あれが横濱よ。あの港から密航してったのよ。懐かしいわ」
「お父様の友人だったアメリカ人の商人に手伝ってもらって、だったかしら?今聞いても、びっくりする話だわ」
イザベラは金髪の髪をなびかせて、緑色の瞳で遠くにある港をながめる。
はしゃぐひばりと対照的に、イザベラはどこか憂鬱そうだった。
「ついに日本に来ちゃったのね。今から戻るってことはできないかしら?」
「イヤだわ、まだそんなこといってるの?」
「だって、つい最近まで内戦があったのでしょう?それに何年か前までは外国人だというだけでサムライに襲われたというし。不安だわ」
「今の政府なら大丈夫よ。各国の外交官や人間を友好的に受け入れているって話だし。それにサムライはもういないわよ」
「あら、そうなの?」
「新政府が四民平等を宣言したのよ。武士階級、いわゆるサムライの身分は無くなって、みんな市民になってるはずよ」
「ふうん、日本はずいぶんと変わったのね」
「そうよ。そうでなくちゃ、私だってこうやって帰ってこれないわ。密航して国を出てった女なんて、昔のサムライの国ならすぐに捕まって処刑されちゃうわよ」
「アメリカに来た日本の外交官が、あなたに直接会いにきたのよね?」
「ええ。密航は罪に問わない、安心して日本へ帰国し、アメリカで得た能力と経験をぜひ母国で生かしてほしい、ですって」
「まぁ、熱烈なラブコールじゃない」
「そうとも言えないわ。きっとあの外交官は私とあなたとの関係を聞きつけて、利用したくてきたのよ。新任のアメリカ公使の奥さんの親友が日本人だってね」
「私とヒバリは、高等女子教育学校時代からの付き合いですものね。でも、きっとそれだけじゃないわよ。あなたは優秀だから母国に呼び戻されるのよ」
「そうだといいんだけどね」
ひばりはアメリカで大学修士課程まで進んだ。
新政府から国の仕事をもらえるのではないかとひそかな期待がある。
「ところで、日本には10年ぶりなんでしょう?会いたい人たちがたくさんいるんじゃない?」
「どうかしら?亡くなった父以外、身内はいないし、親戚といえば叔母だけだけど、数回会った程度。真っ先に会いたいほど親しいわけではないし……」
「それじゃあ、あの人はどう?」
「あの人?」
「元夫の、あの人」
「はァ!?」
おもわず日本語でさけんでしまったひばり。
すぐにあわてて英語に戻す。
「なんであの人に会いたいなんて思うのよ!」
「だって夫婦になる前から友達だったのでしょう?」
「ただの知り合い!うちの父が開いてた塾のお弟子さんだったってだけ」
「いっしょに勉強して競いあったいいライバルだったんでしょう?好きだったんじゃないの?」
「ちょっといいなって思ったくらいよ。見込みちがいだったけどね」
「照れちゃって、かわいいわね」
「ちがうから!」
ひばりが必死になって否定するほどイザベラはおもしろがった。
「10年越しで初恋相手にまた会うなんて、こんなドラマティックな話、何か期待してもいいじゃない」
「初恋相手じゃなくて、元夫で別れた男ね。しかも最悪の形で」
離縁をした日を思い出し、ひばりは気分がさがった。
「あんな男、二度と会いたくないわよ」
「わからないわよ?もしかしたら偶然、会っちゃうかもしれないわよ?」
「ないわよ。もしかしたら、内戦で死んじゃってるかもしれないし」
「え?」
「あの人、武士だったの。しかも旧政府側。知ってるでしょ?サムライは武士道というモラルにしたがって、主君といっしょに滅びるのが正しいとされる。旧政府といっしょに戦って、切腹でもしたんじゃないかしら?」
「……むごいわね」
「それが数年前までの日本の現実よ。ま、本当にそうだったら、お墓参りくらいはしてあげるわ」
あの男ことなんて、日本を出てから数年ですっかり忘れていたのに。
ひばりは気を取りなおして視線を前へむける。陸地が見えてきたのだ。
船から降りて、陸地を踏んだときには込み上げるものがった。
懐かしい空気に景色、そして多くの日本人。
ああ、帰ってきたのだとひばりは感じた。
港には多くの日本人、政府職員らしき人々がいる。おそらくアメリカ行使一行の出迎えだろう。
彼らが近づいてくると、イザベラがひばりに耳うちする。
「ヒバリ、通訳をお願いね」
「まかせて」
さっそく自分の能力をアピールするチャンスだ。
いきごんむひばりだったが、彼女の出番はある男に奪われた。
「アメリカからの長い船旅、お疲れ様でした。われらは政府より派遣された外務省の人間です」
流暢な英国なまりの英語を話す男が、政府関係者のなかにいた。
長身でスーツを着こなすさまはまさにイギリス紳士のようだった。
「クライン公使ご夫妻、ならびにほか公使館職員のみなさま、日本を代表して歓迎いたします」
端正な顔立ちに涼しい笑みをうかべる日本人紳士。
彼はたちまちご婦人方から人気を得た。
イザベラをふくめた周囲の女たちは好意に満ちた視線をむけた。
だが、ひばりだけはがく然とした。
「うそ……!?」
ひばりはこの男に見覚えがある。
ついさっきイザベラと話題にしていたのばかりだ。
「My name is HISACHIKA KUSAKA」
死んでいるだろうとおもっていた男にほほ笑みかけられた。
「Welcome back to Japan, Ms. Hibari」
ひばりは必死に笑みをつくる。
最悪だ、まさか元ダンナに英語で出迎えられるなんて。




