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Love letter

ひばりは久邇からお茶の誘いを受けた。


「今日はドレスか」


運ばれてきた日本茶をすすりながらこちらをみる久邇。


「着物はあれしかないですから」


ひばりはいつもの洋装ドレスに戻っている。

伝統的な日本家屋の茶屋にはにつかわしくないかもしれない。けど、彼の方もスーツなのだ。周りからは浮いているかもしれないが、二人でそろってなら平気だろ。


「日本の外務省の方に信じてもらうには、やはり見た目から大切かとおもって、急いで古着屋で買ってそろえたんですよ」

「それは正解だったな。ライフル銃をぶっ放す、肝が座ったとんでもない幕臣の娘がいると評判だぞ」

「え?」

「あの場にいた陸軍の人間がいたくおまえの射撃の腕に感心していた。そのうち陸軍に呼ばれるかもな」

「そんなつもりじゃなかったんですけど……」


やりすぎたと後悔するひばり。


「どちらにせよ、おまえがああして乱入したおかげでこちらは詐欺を見ぬけた。アメリカ人商人の取り扱いについて、罰金のうえに国外追放ということで、アメリカ公使館側と合意した」

「彼らは違法に入手したサンプル品のライフルを販売していたようですからね。本国に戻されてからも裁かられると聞きました」

「新任のアメリカ行使と信頼構築するいいきっかけにもなれたな。あのイギリス人学者もけっきょくはグルだったようだ。もともと資質を疑われていたのもある。解雇(クビ)にされ、帰国させられるらしい」


ざまあみろとひばりは内心おもったが、表には出さずに静かにお茶を飲む。


「とにかく今回の件で、外務省は恥をかかずにすんだ。俺自身も政府内で責任を問われることなく、信用を失わずにすんだ……助かった」


あれ?もしかして、これはお礼をいわれてる?

口から湯呑みを離すひばり。


「お力になれたならよかったです」


ほほえむひばり。

ほんのちょっとでも、今の彼を守ることができたならよかった。


「でも、よくあの場に刀を持ってきていましたね?しかもあちらに見つからないよう隠して。もしかして、最初から疑ってました?」

「まあな。おまえが指摘したように、新式ライフル銃が旧式ライフル銃と同じ価格などおかしい。そんなこと、幕府時代にフランスの武器商人と交渉していた頃にも見なかったことだ」

「幕府時代?」


ずっと気になっていたことをひばりはためらいがちに尋ねる。


「あの……もしや幕府の通詞役として戦にも参加を?」


だまりこむ久邇。


「先日、父の墓参りのあと、叔母の家を訪ねた際にこれをいただきました」


ひばりは彼の『遺書』をとりだした。


「それはなんだ?」

「あなたさまの遺書だそうです。戦争が始まってしばらくしてから送られてきたと」


久邇の顔がくもる。


「……戦後のごたごたで忘れていた。ほかに聞いたことは?」

「いいえ、何も」


嘘をつくひばり。

留学の支援金の出どころについて、彼は自分が知ることを望んでいないだろう。

思ったとおり、久邇はどこか安堵したような顔になった。


「小鷹先生が亡くなったあと、国内の情勢も変わった。幕府はフランス寄りになって、俺は語学ができるということで通詞として幕臣に取り立てられた」

「それからフランス語を習得さたのですね」

「ああ。幕府の金でフランスにも半年ほど滞在した。戦になると、フランス商人から武器の購入を手配する役として、幕府側の補給部隊にいた……後方支援だったが、何度か戦うこともあった」

「そこからどうやって今の新政府へ?」

「戦っていた途中で捕虜になった。そのときの敵の部隊長が副島さんだったんだ。副島さんは、俺が語学のできる人間だと知ってすぐに助命した。そこからずっとあの人の世話になってる」

「つまり、副島さまに会わなければ、幕府軍として最後まで戦っていたのですね……」


チラリとこちらをみて目をふせる久邇。


「小鷹先生を殺したも同じの幕府のために戦うなど、とおまえは思うだろうがな」

「……父は、時代に殺されたのだとおもっております。あなたさまが気になさることではありません」


父が死んだのはあなたのせいではない。

彼へ10年越しに思いを伝えるひばり。


「あなたは父の教えどおり、武士としての忠義を通し、自分にできることをやった。その久邇という名前のとおりに。実にご立派と、私は思います」

「さあ、どうだろうな。ただ周りに流されただけかもしれん」


そっぽをむいてお茶に口をつける久邇。

まるで照れているのを誤魔化しているようだ。


「読んだか?」


遺書のことを言っているのだろう。

ふとひばりは考えた。

彼が生きている以上、これはもう『遺書』ではないだろう。


「はい、読みました。実にすばらしいラヴ・レターをありがとうございました」


お茶をむせた久邇。

「はあ?」と彼はこちらに気の抜けたような顔をむけている。

そこに可愛らしい昔の『おひささま』の面影を見つけ、ちょっと嬉しくなるひばり。


「それは遺書だ。遺書は、Will(ウィル)だ。辞書を引き直してこい」

「ちがいます、そちらが日本語の辞書を引き直してきてください」

「なんだと?」

「遺書は死んだ人が残すもの。でも、久邇さまは生きていますでしょう?だから、これはLove(ラヴ) Letter(レター)です」


弱ったように苦い顔をする久邇。


「意味がわからん。なぜラヴをつける?ただのレターでいいだろ」

「ラブの定義は愛情です。この手紙は愛情にあふれています。ほら、ここに。愛おしい日々と、書いてございますでしょう?」

「返せ!」


ラブレターをひったくろうとする久邇。

ひばりは素早くかわす。


「なんでですか?これは私にくださったものじゃないんですか?」

「俺は生きてる。だから、その遺書は不要だ。処分する。渡せ」

「イヤです」


ひばりはラブレターを胸ポケットへしまいこんだ。

これにはあの久邇から感謝と愛がつづられているのだ。誰にも取られてはいけない。たとえそれが書いた張本人であってもだ。


「生まれて初めていただいたラブレターです。一生、大切にいたします」

「そんなもん大切にするな、捨てろ」

「絶対捨てません」

「捨てろ!」

「いやでございます」


うららかな昼下がりの午後。

ひばりは温かい緑茶と和菓子を口にする。その横で『元夫』がうらめしげに自分の名前を呼んでいる。

これはなんとも美味だ。日本に帰ってきたかいがあった。

帰国してから初めてちょっと幸せを感じるひばりであった。

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