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Daughter of a Samurai

武器商人の館は東京の築地にあった。

ひばりは店員の声も無視して、館の奥へ押し入った。


「その取引、お待ちください!」


交渉現場には日本人と外国人の男たちがひばりに注目した。


「またあなたか、お嬢さん」


この銃の購入話を持ってきたイギリス人学者だ。

交渉役としていたのだろう。

彼は眉をひそめながらこちらをみている。


「まさかこんなとこまで邪魔しにくるとは。しかし今日は面白いファッションだね」


ひばりの服装はややチグハグであった。

頭は西洋風、体は着物を身につけ、足元はブーツである。

しかも、布にくるまった細長い棒状のものを抱えている。


「ショッピング途中にここへ寄ったのかい?」


からかうように尋ねたイギリス人学者。

しかしひばりはにっこりとあえてほほ笑む。


「いいえ、まさか。この武器取引が公正かどうかを確かめにきたのよ。売買契約証はそれね?」


ひばりがテーブル上にあった英文書面を見つけた。

イギリス人学者がニヤリと笑う。


「契約はもう成立したよ、お嬢さん」


書面の下に久邇のサインがあった。

遅かったか。

だが、ある英文をみつけてひばりは安堵する。


「この契約において正当性が疑われ、双方の紛争がおさまらない場合は、アメリカ連邦国州内の裁判所によって裁かれるべし。国際的貿易ルールにそったこの一文があるから、信用してサインされたのですね?」


周囲の日本人たちはうろんげな目をひばりにむけている。

だが久邇だけは、眉を少しひそめながらも真剣な面持ちだった。

おそらくひばりがこの英文を取りあげた意図に勘づいているのだろう。


「さっき軍部の人間が試し撃ちをした。結果、現在日本国内にあるライフル銃より射撃性能が高いと確認が取れた。これ以上、この売買契約において疑って争う材料がない」

「ではもし、その売買対象商品が欠陥品であればどうでしょうか?」


売主であるアメリカ人武器商が鼻で笑った。

日本語が少しわかるようだ。


「いきなり入ってきて何を言い出すかとおもえば、商品にいちゃもんつけるとは呆れたな。最近まで鉄の棒きれしか武器がなかった文明遅れの国で、男に頼って媚び売るしか能のない日本人女に、銃の何がわかるというんだ」


後ろの方で下品な笑いをする外人たち。

英語のわかる日本人たちは不快に思っているだろうが、我慢するように無言である。

しかし、ひばりはだまっていない。


「How dare you (無礼者め)」


相手を威圧するようにするどく言い放つ。


「 I am daughter of Samurai (私はサムライの娘よ)」


外人たちの顔にわずかに緊張するような色がうかんだ。

欧米に恐怖と畏れをもって『サムライ』は、日本語のままに知られている。


「侍?」


英語のわからない軍人らしき日本人も、ひばりの英語を聞き取れたらしい。


「おぬし武家のものか?」

「はい。幕臣(ばくしん)外国方通詞(つうじ)役、小鷹円四郎がひとり娘、ひばりでございます」

「幕臣の娘……!」


日本人たちの態度があらたまったものになる。

江戸幕府は滅びたとはいえ、まだその威光は強いらしい。

ひばりは心でひっそりと父に感謝した。


「父は開国による強き日本を主張した、まことの愛国者でございました。私はその亡き父に外国語やさまざまな知識を教わり、アメリカでの学問修行を終えて帰ってきた、帰国子女でございます」


ひばりはイギリス人学者とアメリカ人商人へ体の向きをかえ、言葉を英語に切り替える。


「そして、私のアメリカでの父は元アメリカ陸軍兵士。養父からひと通り銃の扱いは教えてもらったわ。あなたたちが売りつけようとしているアメリカの最新式ライフル銃はこれでしょう?」


布にくるまっていたライフル銃をひばりはみせる。


「スプリングフィールドモデル1873」


商人たちの顔色が変わった。

ひばりは銃の説明をし始める。


「後装式単発のライフル銃として、最大の特徴は弾をこめる箇所の仕組み。通常、単発ライフルは撃ったあとに弾丸の薬莢(やっきょう)部分が中に残る」


ライフル銃に弾をこめてかまえるひばり。


「けれど、このスプリングフィールド1873は自動的に薬莢が排出される」


銃口がアメリカ人商人にむけられた。

男たちが騒ぎ立てる前に、ひばりは引き金を引いた。

パーン、と一発室内に響いた銃声。

壁に銃弾ができ、カランと小さな銅製の塊がひばりの足元に落ちる。


「兵士は薬莢を取り出す手間をはぶけるため、続けて弾をこめ続け、毎分8発から10発の射撃を可能とすることができる。つまり弾ごめにかかる時間の短縮に成功したということ。けれど、ちがう問題が起きるようになってしまった」


今度はテーブル上にライフルを固定し、弾をふたたびこめるひばり。

男たちは青ざめた。

ひばりが次々と弾をこめては撃ちまくり始めたのだ。


銃撃戦さながらに部屋中の壁や家具に穴があいていく。

ひばりの背後で久邇が身を屈めている。

彼は銃の方でなくこちらをみて愕然としている。いかにも恐ろしいとでも言いそうだ。

失礼な、まだ人にあてたことなどない。


男たちを恐怖に落としたひばりの射撃は30発目でようやく止まった。


「……Jam(弾詰まり)?」


おそるおそると頭をあげる久邇。


「連写により熱によって、弾丸の薬莢部分である銅が発砲の際に膨張してしまうのが原因です」


ひばりは弾をこめる箇所、薬室に火傷しないよう着物の袖で手をおおってふれた。


「冷やすか、もしくは鋭いピンのようなもので薬莢を取り出すまでは再び撃てない。これではライフル銃としては未完成です。スプリングフィールドモデルはまだ試作段階ということで、アメリカ陸軍はまだ採用を見送っている。でも、かなりの数のサンプル品が製造され、材料の再利用のために業者へタダ同然で引き渡されているという話です。試し撃ちでは、10発以上は撃たせてもらえなかったのでは?弾が高価だという理由で」


部屋中の男たちが苦い顔をしているところをみると図星らしい。


「つまり、その欠陥だらけのサンプル品をこちらに高く売りつけようとしているわけか」


久邇がアメリカ人商人とイギリス人学者をにらんだ。


「これは、あきらかな契約違反だ。売買契約証の条件どおり、こちらは取引の即刻中止と破棄をねがう」


アメリカ人商人が舌打ちした。

そして、そばにあったライフルをかまえた。


「金はもうもらった。そして、ここは治外法権の外国人居留地。日本人の役人が全員試し撃ちの流れ弾にあたったって、俺たち外国人には関係ねえさ!日本で罪に問われる前に、逃げちまえばいいんだからな!」


しまった、この男はひばりが考えていたよりタチが悪い商人であったようだ。

後ろの外人たちも銃を手にしはじめている。


「お嬢さん、あんたが一番余計なことをしてくれた」


銃口を向けられ、ひばりはあせる。

手元にあるのは弾詰まりをおこした使えないライフル。

身を屈めるひばり。

その彼女を庇うように久邇が前に飛びでた。


「いいことを教えてやろう、外人ども」


久邇の手には刀がある。

彼はアメリカ人商人が発砲するよりも前に、そのライフルの銃身を叩き斬っていた。


「ここにいる日本人全員、数年前の戦争で生き残ったサムライだ」


刀を首元に突きつけられて縮みあがるアメリカ人商人。


「貴様らのいう鉄の棒の切れ味、存分にみせてやろう。もうすぐ他のサムライたちもここへ来るぞ」


銃を持ちかけた外国人たちは固まる。

あらかじめ用意していたのか、日本人たち全員が刀を手にして抜いていた。


「りょ、領事館に訴えてやる!国際問題になるぞ、これは!」

「そうか。ならばもうひとつ、貴様らに教えてやろう。日本にはこうゆう(ことわざ)がある」


わめくアメリカ人商人に冷たく言い放つ久邇。


「Dead man tell no tales (死人に口なし)」


逆らえば全員斬り殺される。

そう悟った外国人たちは、降参したように銃を手放した。


「冗談じゃない、私は関係ないからな!」


逃げようとするイギリス人学者。

その彼をひばりがライフル銃で殴った。


「……そうやって使えとも教わったのか?」


気絶して倒れたイギリス人学者へ、久邇があわれむような目をむけている。


「いいえ。でも、逃げるような卑怯者にはこうせよと、きっと父上ならおっしゃいます」


先生が銃を教えてなくてよかった。

そうつぶいた『元夫』の言葉は聞こえなかったことにした。

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