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Unconditional Love

ひばりは彼の遺書を読み終えても涙がとまらなかった。


「ヒバリ?帰ってきたの?」


イザベラが部屋へ入ってきた。


「どうしたの!?」


ひばりが顔を真っ赤にして泣いているのをみて、あわててかけよるイザベラ。


「そんなに泣いて、何があったの?」


ひばりがにぎる手紙に気づくイザベラ。


「それは……?」

「…あの人の、遺書よ」

「あの人?」

「元夫よ。あの人、戦争に行ってたのよ」

「戦争って、数年前に日本であったという新政府軍と旧政府軍の内戦?」


ひばりはうなずきながら、涙を必死にぬぐい呼吸を整える。


「彼は旧政府側だったわ」

「それじゃあ、負けた方ってこと?よく生き残ったわね」

「でも、戦地で一度は死ぬ覚悟をした。だからこうして、私にあてへ遺書があるのよ」

「そこには何が書いてあったの?」

「父と私に感謝してるって。そんなこと、口ではいちども言ったことないのに。しかもあの離縁は、父の遺言で私の幸せのためだったって……」

「どうゆうこと?離縁は、あちらの意思だったんじゃないの?」

「罪人の娘として日本で一生を過ごすより、外国で才能を生かした方が幸せになれるだろうって、父があの人に言っていたみたい」

「それじゃあ、あなたの元夫はあなたの幸せを考えて離縁したってこと?」

「だったら、そうだって言ってくれればよかったのに……!」


怒りにも似た悲しさがひばりに込み上げる。


「父上もあの人も、どうして何も私に教えてくれなかったの?」

「ヒバリ……」

「私が14の子供だったから?でも、あの人だったまだ16だったわ。同じ子供じゃない。なのに、戦争へ行って、私の留学費用の支援までし続けて…」

「待って。あなたの留学費用の支援?それは、あなたの叔母さまがしてくれたんじゃなかったの?」


首を横にゆっくりふるひばり。


「叔母さまはあの人に頼まれただけだった。実際のお金はずっとあの人が出していたのよ。10年間ずっと」


ふと、ひばりは列車での彼とのやりとりを思い出す。


「アメリカでは貧しい生活だったのかって、聞いてきたわ。自分が送ったお金が十分じゃなかったんじゃないかと心配したのね。私の就職の邪魔だって、結局は私がまた10年前と同じ目にあうんじゃないかと心配してだった…」


不器用な久邇の思いやりに、ひばりはようやく気づいた。


「ずるいわ、いつもちゃんと言葉で伝えてくれないなんて。いくつもの国の言葉をしゃべれるくせに。どうしてあの人は日本語だと言葉が不便になるのかしら?」


ひばりはなかば笑いながら、涙を落としながら、次々と久邇への文句がとまらない。


「これだから武士って、イヤなの。誇りとか、男の意地とか気にして、最後まで何も本当のことは言葉にしてくれない。こうやって、ぜんぶ死んだ後に伝えようとする」


遺書をぎゅっと抱きしめるひばり。


「生きているうちに教えてくれなきゃ、感謝すらもできないじゃない」

「ヒバリ、きっと彼は生きているうちは、あなたからの感謝なんて望んでいなかったのよ」

「え?」

「見返りなんか求めてない。ただあなたの幸せのためになることをしたかった」


イザベラが手を胸におき、もう片方をひばりの手に重ねる。


「Unconditional love (無償の愛)」


ひばりは頭の中で辞書をひいて、その言葉の定義を探す。


「無条件で無限大に、相手へそそぐ愛情」

「そして、見返りを求めない愛よ。神が人を慈しむように、親が子を愛すように。ただ相手の幸せだけを考えて行動する。彼は、あなたの元夫は、あなたに無償の愛を捧げたのよ」


ひばりの目にまた涙があふれる。


「どうしよう、イザベラ。私、何をすれば彼の恩に報いることができるの?」

「ちがうわ、ヒバリ。彼に何かを返そうとしてはいけないわ。そんなこと、彼の愛にたいする侮辱になってしまうわ。考えるべきは、彼の幸せのためにあなたは何ができるのか、ということよ」


ひばりは父のある教えを思い出した。

遺書にある彼の名前をみつめる。


「……武士は、人生の節目で名前を変える習慣があるの。だからよく名前が変わるのだけど、彼は父からこの名前をもらって以来、ずっと変えていない。今もこの久邇(ひさちか)のままだわ」


道は(ちか)きに()り、しかるにこれを遠きに求む。

彼の名の由来であり、父が彼に与えた名だ。

彼はきっと今もその父の教えの通りに生きているということだろう。

ひばりは久邇の10年を想った。


「国のために自分ができる身近なことを積み重ねていって、結果、今の場所、外務省の高官という地位にいる。これが彼の幸せかはわからないけど、でも、この地位は彼が死ぬような思いをして築いたものだわ。だから、どんなことがあっても、失うようなことがあってはいけないわ」


ひばりの頭に、ライフル銃の購入交渉の件がチラついていた。

たしか本日がその交渉日で、久邇は外務省側の代表責任者になっていた。

もしニセ物を購入したとなれば責任をとらされるだろう。

最悪、今の地位を失うかもしれない。


「イザベラ、ひとつお願いを聞いてくれないかしら?あなたの夫、アメリカ行使から借りてきて欲しいものがあるの」


その借りて欲しい物を聞き、イザベラが不安そうな顔をみせた。


「いいけど…それで何をするつもり?」

「あの人のために、今の私ができることよ。でもそのためには、まずこのドレスを脱がなきゃね」


ひばりの顔に笑みがもどる。

ドレスを脱ぎ、10年ぶりに着物を身につけた。

武士の娘としての誇りを胸に。

ひばりは銃の交渉がおこなわれる商人の館へ飛び出して行った。

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