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墓参り

ひばりは父の墓参りにきていた。

花と線香を添え、手をあわせる。


「父上、来るのが遅くなり申し訳ありません。ひばりはようやく帰ってまいりました」


父の墓は10年も経っているがきれいに整っていた。

おそらく叔母が手入れをしていてくれてたのだろう。

もしかしたらあの人かも、と『元夫』のことを考えたがすぐに頭から追い払った。


「……父上、ひばりはアメリカで10年も勉学に励みました。よき環境とよき人たちに恵まれ、いろんな経験と知識を得ることができました。あちらで仕事もあったのですが、やっぱり日本のために役に立ちたくて…父上はまちがってなかったって、証明したくて帰ってきました」


でも、とひばりはうつむく。


「誰も信じてくれないんです。父上のときと同じで……」


周りの人間たちは父とひばりに偏見の目をむけた。

その10年前が今と重なる。


「あんなまたつらい思い、もうしたくありません。だからもう外務省に関わるのはやめます。仕事なら東京にたくさんありますもの。もしかしたらそれが、国の役に立つかもしれないし。父上もそう思いますよね?そうすることが正しいですよね?」


墓石は無言で冷たいままだ。

ひばりはあらためて実感する。父はもうこの世のどこにもいない。


「……わかっています。ひばりは、そろそろ親ばなれをしないといけませんね」


墓参りのあと、ひばりは叔母の家によった。


「叔母さまには、生きているうちにお礼を申し上げたかったです」


仏壇に向かって手を合わせたひばり。

ふりかえって、叔母の長男である男にたずねる。


「叔母さまはどれくらいのあいだご病気だったのですか?」

「それほど長い間ではありません。父が亡くなったあと、すぐに伏せって数週間ほどで……看病疲れだったのでしょう」


どうぞ、と男がひばりにお茶をすすめた。

いい人だ。数回しかあったことのない従姉妹(いとこ)を優しく出迎えてくれている。


「叔母さまのご家族には感謝しかありません。10年もの間、あれほど十分なお金を支援していただき、どれほど助かったことか」


頭を深くさげるひばり。


「あたらめて感謝を申し上げます」

「え?いいえ、そんな……」


言葉をにごす男。

何か迷っている様子である。


「ひばりさんは、あちらにいる間、うちの母以外に誰かと連絡を取ったりをしていましたか?」

「叔母さま以外ですか?いいえ、しておりません。日本で身近な人間は叔母しかおりませんでしたから」


男がやや黙りこんだ。


「あの……?」


ひばりが声をかけると、男はどこか意を決した様子で口を開いた。


「母にはひばりさんには話さないようにといわれていましたが、これではあなたに対しても、あの方に対しても失礼だ。だから、真実をお話しします」

「真実?」

「ひばりさん、この10年間あなたへお金を送っていたのは母ではありません」

「え!?」

「母はある人から頼まれ、その人からお金を預かりアメリカにいるあなたへ送っていただけでした」


困惑するひばり。


「どうゆうことですか?叔母さまは手紙でお家の商売がうまくいって、お金に余裕があるから送っていると言っていたのに……!」

「あなたには偽りを伝えると、母はあの方と約束をしたのです」

「あの方?その人が、ずっとお金を送って私を助けていてくれた人なのですか?」

「はい」

「そのお方は誰ですか?」

「日下久邇さまです」


ひばりは言葉をなくしてぼう然とした。


「日下さまは、あなたが国を出てからすぐに母の元に来ました。最初は藩から出たという、あなたの父の見舞金を届けに。それからも毎月のように見舞金を持ってきました。母はだんだんとそれが見舞金でなく、日下さま個人のお金だと気づきました。何年も見舞金など藩から出るはずがありませんから」

「……うそ。だって、そんなこと聞いてない……」


ヨコハマの港で再会してから、いまの今まで彼はそんなことを話すそぶりもなかった。


「どうしてあの人、ひとことも何も言わないで……?」

「別れた夫からだというと受け取らないだろうからと、うちの母には言っていたそうです。母は言っていました。ひばりさんはよい旦那さまとご縁があったと、あんなにも情の深い優しい殿方はいないと」


叔母の位牌へ顔をむける男。


「日下さまはいつも母に会うと、あなたのアメリカでの様子を聞いていたそうです。元気でやっているか、病気はないか、困ったことはないかなど。母はあなたからの手紙を見せたりなどしていました。それを日下さまは静かに読んで、最後にはいつも母へ深く頭をさげておられました」


長男は叔母の位牌の裏から何かを取り出した。


「これは日下さまからあなたへ。日下さまがもし死んだら渡すようにと、母から託されたものです」

「死んだあと……?」

「日下さまは幕府と新政府軍が戦い始めた頃、幕臣だったため幕府側として戦争に参加されておりました」


ひばりは血の気が引いた。

幕府は敗者側だ。新政府の最新西洋武器に散々にやられ、多大な犠牲者を出したと、アメリカの新聞でも書かれていた。


「戦地が北へと移った頃、これが送られてきたそうです。添えてあった別の言付けで、自分が死んだあともしひばりさんが日本へ帰られたら、これを渡して欲しいと」


だとすれば、この手紙は彼が死を予期して書いたもの。

つまり遺書だ。


「叔母も私も中を開けてみてはおりません。これはあなただけが読むべきです」


ひばりは震える手でそれを受け取った。

落ち着け、彼は生きている。

でも一度は死ぬことを覚悟したのだろう。そのうえでひばりに何かを伝えたかった。

ならば、ひばりも覚悟するしかない。

元妻としてどんなことが書かれていようと全てを受け止めよう。

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