第24話 近付いてくる過去
立ったまま、ジッとフェルナン王子と対峙する。
目の前に立つエリシアを、唇を噛んで見つめるフェルナンとは裏腹に、レヒーナが急いでふたりの間に入り込んできた。
「まあまあ、エリシア。フェルナン殿下は、レオディネロ公爵が忙しくて、あなたが淋しい思いをしているのではないかと思って言われたのよ」
「レヒーナ」
美しい銀の髪を揺らしながら微笑んでいるその姿は、昔と同じ親友然としたものだ。しかし、今はその笑顔を信じることはできない。
「ほら、レオディネロ公爵閣下って、結婚式のあとも、すぐにお仕事に行かれたそうでしょう? 普通ならある披露宴もなさらなかったそうだし。私たちエリシアのことが心配で――」
(心配って……どの口が……)
だいたいその結婚をすることになった原因は、誰だというのか。
「そうだ、心配だったからこそ、ここまでお前に会いに来たんだぞ」
嘘だとわかっている。それなのに、どうしてふたりとも昔と同じ顔で微笑むのか。
「結婚式で、口付けも拒んだと聞いた。しかも、披露宴をしなかっただけでは飽き足らず、次の日からは外でずっと仕事三昧だというし」
「それにちょっと悪い話を聞いて……ね。余計に心配になったの。昨日、ある人がね、夜アギレラ将軍の家にレオディネロ公爵が入っていくのを見たと言っていて……。しかも、そのまま出てこなかったそうじゃない?」
「やっと出てきたと思ったら、もう朝だったというからお前のことが心配になったんだ。お前、あいつが朝帰りをしたことを知っているのか?」
(どうして、そのことを……)
頭の中がグワングワンとしてくる。
「それにね――。なんでも見た人の話では、レオディネロ公爵が家を出た時に、アギレラ将軍のご令嬢が一緒にいて、玄関で見送っていたとか――。ごめんなさい、ショックかもしれないけれど……」
アギレラ将軍のご令嬢――マルティナのことだ。
(では、やっぱり昨夜はふたりで一緒にいたんだわ……)
そう思うと、ラウルが今朝話していたことが、嘘か本当かわからなくなってくる。
本当に、昨夜はアギレラ将軍への話だけで、ふたりの間にはなにもなかったのだろうか。
「それにアギレラ将軍のご令嬢は、レオディネロ公爵の幼馴染みだというし……。その……やはり、成人した男女が、親のいる家で、夜明けまで一緒に過ごすというのは、尋常じゃないと思うの。だから」
夜明けまで――。
では、本当は――昨夜はふたりで仲良く過ごしていたのだろうか。将軍への相談というのは、エリシアへの口実なだけで。
なにを信じたらいいのかわからなくなって、ぎゅっと瞼を瞑る。
(いいえ、ラウルはこんな時に嘘を言うような性格ではないわ……!)
脳裏で、ラウルの謹厳な顔を思い出す。
たしかに軍人ならば、戦略や駆け引きで、人を欺くことがあるかもしれない。だが、家庭内で、最初からうまくはいっていなかったエリシアに対して、わざわざ嘘をついてまで騙す必要はないはずだ。
「だから、あなたのことが心配になったの。もし、エリシアが、私のせいで、夫が不貞しているのに苦しんでいるのだったらと思うと――」
(婚約者に不貞をさせて、苦しめたのは、あなたでしょうに……!)
今さら、なにを言っているのかと思ってしまう。それなのに、レヒーナはまだ言葉を続ける。
「エリシアが、レオディネロ公爵に捨てられるなんて、私親友として耐えられないわ。だから」
「そうだ、俺も元婚約者として、それが心配で来たんだ」
(嘘よ!)
二人の言葉は嘘ばかりだ。そう思うのに、ラウルに捨てられるという言葉が、嫌なほど頭の中で木霊していく。
――また、捨てられるかもしれない。
「お生憎と!」
嫌だ、とこれ以上聞いていたくなくて声を張り上げた。
「元帥閣下は、昨夜アギレラ将軍との話のために行かれただけです! 少し長引く話だったから、時間がかかっただけで! あなたたちに勘ぐられるようなことはなにも――!」
思いきり、二人に向かって叫ぶ。それは自分に対しても、言い聞かせていたのかもしれない。
だが、突然、外から騒がしい声が響いた。
そして、ホールの中へと、人が駆け込んでくる。
「大変です! 元帥閣下が外でアギレラ将軍と喧嘩をしておられます!」
「えっ!?」
その言葉に、エリシアは驚いて目を見開いた。




