第23話 対決
どうしてここにフェルナン王子とレヒーナが来るのか――。
響き渡ったファンファーレと共に入場してくる姿に、エリシアの頭の中がぐらぐらとしてくる。
あの日――残酷な裏切りをつきつけられた日から、二人には会ったことがなかった。
(それなのに、どうして武門派の夜会に……)
今、歩いてくる姿を見ているだけでも、気分が悪くなってきそうだ。思い出すのですら辛かったのに、まさかこうして突然会うことになるなんて――。
予期しない人物の登場に、周囲の貴族たちも動揺している。
「どうして王太子殿下がここに……」
「それに一緒に伴っておられるのは、例のスキャンダルの女性でしょう? 友人の婚約者を奪ったとかいう恥知らずな……」
ひそひそと話す声は、エリシアの時よりも険を含んだものだ。
「元はといえば、あの王子が起こした不始末のせいで、元帥閣下までもが巻き込まれたというのに――」
いかめしい武門の男性の声までもが聞こえてくる。
「なんだ、やけに派手な出迎えだな」
ファンファーレに一瞬フェルナンは驚いた顔を見せたが、やがて会場にいるエリシアに気がついて、真っ直ぐに足をこちらへと向けてきた。
側には、腕を組んだままのレヒーナを連れて。
「やあ、エリシア! 久し振りだな」
(この人は……)
なんとも思っていないのだろうか。長年婚約していたエリシアを捨てて、その親友のレヒーナを選んだというのに。
しかも、それが王家を長年支え続けてきた宰相家、引いては文官派の貴族たちから強烈な反感を買い、もう少しで王家からの離反を招く一歩手前にまでいったというのにだ。
いや、わかっていないのは、エリシアの気持ちだけではない。武門派の重鎮の夜会に来ながら、その主催者に先ず挨拶をしないこと自体が、ここにいる者たちにどう映っているのか――。
(どれだけなにもかもを侮ればすむのよ!)
怒りが、キッと眼差しを上げさせた。
「お久しぶりでございます、殿下。ですが、この夜会に招待された私よりも、先ずはこの夜会の主催者であるイサギレ将軍夫妻に、ご挨拶をなさるべきでしょう」
鋭い眼差しで、頭ひとつ下げずに言い切ったエリシアに、周囲が目を見開いている。
それはそうだろう。実際、自分だって、フェルナン王子にこんな冷徹な態度を取れる日がくるなんて思いもしなかった。王家を支えている文官派筆頭の令嬢として生まれた自分が、まさかここまで王子に対して辛辣な態度を示すことになるなんて――。だが、今は武門派の筆頭である家門の公爵夫人だ。ここで、自らの派閥を貶める行為を許すわけにはいかない。
真っ直ぐに顔を上げて見据えると、少しだけフェルナンは息を呑んだ。
だが、元からエリシアの言葉など受け入れる気がないのだろう。
「まだ、怒っているのか? 折角こうしてエリシアに会いたくて、やってきたというのに」
「私に? それは光栄なことでございますが、先ずは礼儀を優先されるべきでしょう。第一、どうやってここの招待状を手に入れられたのですか? 王太子殿下が武門の夜会に参加されるのは、初めてのことだと思いますが」
ラウルの結婚で今王家に対して良い感情を抱えていない武門派の夜会に、イサギレ将軍夫妻が王太子を招待するとは思えない。先ほど会った夫妻の様子ならば、王太子を招くのなら、少なくともラウルには知らせておくだろう。
それを耳にしていれば、ラウルがここをふたりの披露目の場として選ぶこともなかったはずだ。
しかし、フェルナンは「ああ」と頷き、なぜそんなことを気にするのか疑問だというような笑みを浮かべている。
「レヒーナの知り合いに、友人の分の招待状ももらってほしいと頼んだんだ。まあ、要するに、その名前を借りた友人から譲ってもらったのだが」
(それはだまし討ちではないの!?)
知り合いを信用した将軍夫妻にとってはいい迷惑だ。いや、そもそも嘘の友人分を頼まれた知り合いにしたって、困った事態だろう。
(そうだったわ。王子は、昔から、自分のことしか考えない人だった……)
婚約していた当時は、そのことに気がつかなかったが、騙されていたと気づいた今になって考えてみれば、なんと言葉巧みに利用されていたことか――。
「まあ、細かいことはいいではないか」
「そうよ、私たちはエリシアに会いたくて……」
「それならば、筋を通してください。先ずは、将軍夫妻にご挨拶を――」
あまりにも身勝手な言い分に腹が立ってくる。顔を上げて言い放ったが、その間にも突然来た王子に挨拶をしないわけにはいかないと思ったのだろう。将軍夫妻が、困惑した顔をしながらこちらへと近付いてくる。
「フェルナン王太子殿下、ご光臨を賜り恐悦至極に存じます。急なお越しですが、なにかご用事でも……」
「ああ、気にするな。少しエリシアと話したくてな。しばらくお邪魔をする」
「左様ですか……」
(あら、今敬礼をしなかったわよね?)
どうやら嘘の招待状で突然訪れたことに対して、将軍夫妻も内心では不快感を抱いているようだ。武門のならいを知らない王子には、宮廷風の挨拶をして、さりげなく誤魔化したのに気がつく。
「さあ、これでいいだろう?」
(こいつ、本当におバカ!?)
婚約している時には気がつかなかったが、あまりにも傍若無人すぎる。恋は盲目とは、よく言ったものだ。いや、よく考えてみれば、側でエリシアがいつもフォローをして率先して挨拶をしていたから、それが目立たなかっただけなのか。
(ひょっとして、私の完璧令嬢って……王子が不完璧すぎるから、余計にそう言われていたの!?)
本のストーリー通りに進んでいたとはいえ、どうして今までフェルナンのこの態度に疑問を抱かなかったのか。
心底げんなりとしたエリシアには気づかず、フェルナンとレヒーナは、将軍からこちらに顔を向けると、まるで昔のように微笑んでくる。
「今日は、レオディネロ公爵はどうした? 最近は貧しい者のところにばかり出入りしていると聞いていたが、今日も貧民と遊んでいるのか?」
その言葉にカチンときた。
「元帥閣下は、家をなくした人々を受け入れてもらえるように、毎日奔走されているのです! 決して遊んでいるわけではございません」
キッと瞳に力をこめながら見つめると、フェルナンは薄く笑っている。
「貧民など受け入れたところで、王都の周囲に貧しい集落を増やすだけだろう。スラム街をさらに増設するつもりなのか?」
「恐れながら! 今のお言葉は、とてもこの国を将来支える王太子殿下のお言葉とは思えません!」
「なに!?」
「レオディネロ元帥閣下は、家をなくした人々のために農地を開墾しているのです! 農地さえもてば、彼らは流浪する必要もなくなり、この国を支える立派な農民となってくれます! 私は、民の生活を大切にする元帥閣下の姿勢が間違っているとは思えません!」
はっきりと背筋を伸ばして答えると、周囲の貴族たちの瞳が大きく開いてエリシアを見つめた。
「まあ――、エリシア様は……なんて」
どこからかそんな声も聞こえてくる。しかし、今は周囲にかまっている状態ではない。きっぱりと言い放ち、正面から身勝手なフェルナン王子を見据えた。




