第22話 エリシアの初陣
ちょっとタイトルを変更してみました。
様子をみて、また戻すかもしれません。
ふたりで腕を組んで歩いていると、やがて幾人かの武門派の貴族たちが挨拶に訪れてくる。
「元帥閣下、ご結婚おめでとうございます」
やはり、夫婦ピッと指を揃えての敬礼だ。
「奥様には、これまでご挨拶に伺う機会がなく、失礼いたしました。どうか今後はよろしくお願いいたします」
夫婦揃って同じ仕草をされると、堅い挨拶のはずなのに、どこかユーモラスだ。夫唱婦随とは、まさにこういう状態をいうのかもしれない。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
同じようにピッと返す。
すると、目を開いた相手がすぐに豪快に笑った。
「どうやら、思っていたよりも芯の強い奥様のようだ」
そして、ユニークそうに片目を瞑って見せる。
「奥様、結婚生活では私のほうが元帥閣下より上官ですからな。困ったことがあったら、なんでも相談してください」
「お前、俺を新兵扱いできる機会があって楽しいのだろう?」
「いやいや、天下の元帥閣下に指南できる機会など滅多とありませんからな。奥様、どうかこの老いぼれに生きがいを与えると思ってお頼りください」
「いらん、絶対に!」
ラウルが顔を引き攣らせながら叫んでいるが、そのふたりの様子には、挨拶にきたほかの貴族たちも楽しそうに笑っている。
その光景に、遠巻きだった貴族たちの顔が、またしても少し変化した。
「あの中将閣下までもが……」
ひそひそと声を潜めながら、こちらの様子を窺っているようだ。
それでも、最初に将軍夫妻と中将夫妻が和やかに迎えてくれたおかげか。
次第に挨拶に訪れる貴族の数が増え、多くの軍部の高官たちとひととおりの挨拶を終えた頃には、エリシアはすっかりくたびれてしまった。
「大丈夫か?」
喉が渇いただろうからと、ラウルが近くにいた給仕の銀の盆から飲み物をもらうと、エリシアに差し出してくれる。
「ありがとう。でも、緊張して話していたせいで、喉が疲れただけだから……」
少し時間をおけば大丈夫よと笑いかければ、ラウルがきょとんと目を開いている。
「そうなのか? それにしては、話している間中、相手に悟らせなかったな」
「まあ、そこは完璧といわれた話術で……」
引き攣りながら答えると、ふと気がつく。
(あら? だったら、どうしてラウルは今私に大丈夫かと尋ねたのかしら?)
「無理をするな。少しだけ言葉を返すまでの時間が長くなっていたぞ? まあ、微笑んで声が出るまでの間を調節していたみたいだったが」
(――まさか、見破られていたとは)
今まで、疲れたり、返事に悩んだりすると、笑顔で間をもたせているのが、ばれたことはなかった。
「どうして、気がついて……」
「うん? 初陣の兵士たちの様子を観察するのには慣れているからな。お前も言ってしまえば、今日が武門派社交界への初陣だろう?」
(初陣――、私の)
なんだか、心がくすぐったい。今の言葉だけで、自分が武門派に受け入れてもらえたような気がする。
「そうですわね、私の初陣ですわ」
(これからラウルと未来を切り開いていくという――)
笑うと、ラウルもホッとしたように微笑み返してくれた。
「少し元気が戻ってきたようだな。では、初陣として、ついでにダンスもしてみるか?」
「え、いいのですか?」
「ああ。ただ、少し慣れていないかもしれないが――」
そう言われて、始まった音楽のほうを向けば、ホールにいる女性たちはみんな剣を持ち男性と一緒に握っているではないか。
「え、ええっ!?」
音楽やステップは、前世でいうタンゴに近いものだ。男性と女性が互いに片腕を伸ばし、その先の手で一緒に剣を持ちながらステップを踏んで進んでいく姿は、さながらそこに敵がいて、共に喉笛をつこうとしているかのようだ。
「あ、あれはいったい……」
「ああ、踊りも文官派とは少し違うのだったな。ああやって、いざという時、息をぴったりにする訓練を兼ねているんだ」
「一瞬、暗殺技術の訓練かと思いました」
「曲目によっては、それもある」
「やっぱり!」
これを陣中などで行えば、踊りながら敵を抹殺できるだろう。
「その場合は、もう少し曲の中盤まで剣を隠したまま踊る」
「すみません……。私、さすがにこれは……」
なぜ、アルバが身のこなしが大切だと言っていたのかがわかった。たしかに、これで動きが揃わなかったり間違えたりすれば、パートナーに刺してしまうこともあるだろう。
(訓練も兼ねているからって、なんで抜き身のまま踊るのよー!)
これでは踊り慣れていないエリシアでは、確実にラウルに怪我をさせてしまう。
「そうか? だが、曲目は一般的なダンス曲だ。ただ、剣を扱うコツを掴めるようになればいいだけで」
そう言うと、持ってみるかと自らの剣を差し出してくれる。
「え……?」
「ダンスは上手だと言われているのだろう。それならば、俺が一緒にしっかりと持っていてやるから、ゆっくりとした曲から試してみるか?」
目の前に出された剣には、美しいグリフォンの彫り物がされている。
「私が……触ってもいいのですか?」
ざわっと、遠巻きで見ていた女性たちの姿が揺らいだ。
「踊るのならば、触らないと無理だろう?」
(ラウルが、自らの剣に触れてもいいと差し出してくれるなんて――)
嬉しい。まるでエリシアが妻だと認めてくれたようではないか。
だから、思いきり笑顔を弾けさせた。
「はいっ!」
だがその時だった。突然ガシャンという音が奥のほうからする。
「ラウル!」
次いで、慌てたマルティナの姿が、こちらへと駆け寄ってきた。
「ごめんなさい、また父たちが揉めて――。申し訳ないけれど、仲裁をしてくれないかしら!」
「えっ!?」
驚くエリシアの前で、マルティナはラウルの腕を取っていく。
「申し訳ありません、奥方様。少しだけ元帥閣下をお借りさせてください。怒ると父は、ほかの人の言うことは碌に聞いてくれなくて――」
「アギレラ将軍がどうした?」
「こんなところで、また始まったのよ!」
そのまま、走って奥へとラウルを連れていく。
一瞬のことに、呆然とその後ろ姿を見送った。
「ああ、やっぱり」
くすくすという笑い声が、遠くのほうから響いてくる。
「マルティナ様は、元帥閣下と一緒に育ってこられた方ですもの。あんなお下がりの妻よりも、マルティナ様のほうが大切なのは、明らかですわよね」
「そういえば、昨夜もマルティナ様のお屋敷に入る元帥閣下のお姿を見かけたものがいるとか――」
「まあ、結婚されたのに、夜にマルティナ様のところに行かれたの?」
「ええ。しかも、ずっとおられたようよ。いつまでかは知らないけれど、ひょっとして朝までおられたのかしら――」
その声に、カッと頬が赤くなった。
(そうよ……。あなたたちの言っているとおり、ラウルは朝帰りだったわ)
だから、なにかあったと言いたいのだろうか。おそらく遠くにいる彼女たちも、昨日の女性たちと同じようにラウルの隠れファンなのだろう。だから、武門派に受け入れられていくエリシアの姿が認められず、ここぞとばかりに貶めようとしているのだ。
(あなたたちがラウルを好きだから、私を認めたくないのはわかるわ。でも、折角マルティナのことを忘れていたのに――)
やはり、自分はお下がりで押しつけられた形だけの妻なのだろうか。
やっと、少しラウルとの距離が近付いたようで嬉しかったのに。
それなのに、ラウルが披露目といった席で、まさかマルティナにラウルを連れ去られていくなんて――。
握りしめた手のひらに爪が刺さり、血が滲んできそうだ。
ぐっとこらえて、顔を上げた時だった。
再度、入り口のファンファーレが響き渡る。
「フェルナン王太子殿下と水晶姫レヒーナ様のお越しです!」
「えっ!?」
響き渡ったのは、意外な人物の登場を告げるだ。その声に、エリシアは驚いて入り口を振り返った。




