第21話 夜会に出陣!
武門派の重鎮にふさわしく、イサギレ将軍の館は、どっしりとした落ち着いたものだった。夜の闇が下りてきた中でも、暗がりの中に広がる茶色の石で作られた屋敷は、重厚な雰囲気を湛えている。玄関には松明が置かれ、ぱちりと炎の弾ける音とともに、飛んだ火の粉が扉の両側に立つ巨大な武人の像を照らしだした。
「元帥閣下、ようこそお越しくださいました」
「うむ、将軍夫妻は中においでか?」
挨拶をする玄関を守る兵士の後ろにある像は、きっと装飾のためだけではないのだろう。ここに隠れれば、玄関に押し入ってこようとする賊を待ち伏せすることができるし、小刻みに作られた服のひだを辿って肩にのぼれば、上から敵を矢で狙うこともできる。反撃されれば、像の頭に隠れればいいし、攻守を兼ね揃えたうえに、館の厳格さも演出しているので、一石二鳥どころではない三鳥だ。
「はっ、ホールでお待ちです」
ぴっとされた敬礼と同時の兵士の言葉に、背筋に緊張が満ちてくる。
(いよいよ、私たちの披露目の席……!)
ここでなんとしても、武門派の方々にラウルの妻と認めてもらい、やがて訪れる予定の破滅エンドを回避しなければならない。
ぐっとラウルの腕に添えた手に力をこめた。
緊張しているのが伝わったのだろうか。
「大丈夫だ。少しマナーが違うだけだから」
いたわるように優しげに言ってくれるが、余計に不安になってくる。
(少しって……それが心配なのよ! だって、これまで文官派では完璧といわれた私の知らない世界ということでしょう?)
でも、同じ国なのだから、そう違うことはないはず――と、思いながらホールに足を踏み入れた途端、一斉にトランペットのファンファーレが高らかに響き渡った。
「えっ!?」
驚いて思わず周囲を見回すが、ラウルは平然としたものだ。
「元帥閣下ご夫妻ご到着ですー!!」
きゃーっと、その瞬間凄まじい歓声が沸き起こる。
「元帥閣下! まさか今日お目にかかれるなんて!」
「相変わらず凜々しいですわ! ぜひ今度剣のご指南をいただきたいぐらい!」
(え、なにこれ?)
まるで、先勝での凱旋パレードのようではないか。もしくは、国王が民の前に現れたときのようだ。
(そういえば、レオディネロ家は王家と並ぶといわれる家柄だったわ)
てっきり武力が強いからだと思っていたが、この様子を見ると、それだけではなく国内の半分を占める貴族には、王以上の人気がありそうだ。
(なるほど……。これならば、王家がどうしてもレオディネロ家を自分に従属させていると示したかったのも頷けるわ……)
だから、エリシアとの破談をその名誉を守るためという建前をとりながら、利用したのだろう。
頭の中で繋がった事実に、少しだけ胸がキュッと痛む。
それならば、武門派の貴族たちにとってエリシアの存在は――。
ラウルに熱狂しているのと同時に、こちらに向けられてくる冷ややかな視線を感じる。
「横にいるのが、例の……?」
「ええ。ほら元帥閣下が王家から押しつけられたという……」
ドキンと胸が鳴った。思わず手を胸の前で握りしめる。
「エリシア」
すると、側で歩いていたラウルが声をかけてきた。
「え……?」
(あれ、今名前で呼んでくれた?)
聞き間違いではなかったと思う。しかし、ラウルは今の呼び方がなんでもないことのように足を進めると、だんだんと近付いていく人物について話しかけてくる。
「あちらが、イサギレ将軍夫妻だ」
その言葉で驚いていた目を向けた。
(そうよ、頑張らなければ!)
自分が歓迎されていない妻だということは、最初からわかっていたはずだ。それならば、今日は未来の破滅ルートをなくすために、ラウルの妻にふさわしいと認められるよう最善の努力を尽くすしかない。
だから、近付いた将軍夫妻に向かって、華やかな笑みを浮かべた。
「元帥閣下、今日はよくお越しくださいました」
指の先までぴっと揃えた敬礼は、やはり武門流だ。ドレスアップした夫妻が並んで一糸乱れずの動きでされると、こちらもその身のこなしに、さすがと感嘆してしまう。
「こちらこそ、招いていただいて感謝する」
こちらも将軍にならって、夫妻揃っての同時の敬礼で返す。このあたりは、ラウルのお迎え用にアルバに鍛えられたおかげで、タイミングを合わせるのも、指の先までぴしっと揃えて背筋を伸ばすのも完璧にできるようになった。
「あら」
ラウルと同時に、武門流の挨拶で応えたエリシアに気がついたのだろう。
どこか厳めしかった夫妻の表情が、少し驚き、ついで和やかになった。
「奥様にもおいでいただき、本当に嬉しいですわ。どうかこれからは、親しくお付き合いさせてくださいませね」
敬礼していた手を握手に変えて、イサギレ将軍夫人が微笑みながら差し出してくれる。
「ええ、どうかこれからよろしくお願いいたします」
その手をホッとして握り返した。どうやら、主催者に無事挨拶をする第一関門は突破できたらしい。
「ふふっ、あのラウル坊ちゃまがもう結婚だなんて。私から見れば、まだまだお若いので心配でしたが、お相手がしっかりとした奥様みたいなので安心しましたわ」
「イサギレ将軍夫人!?」
「あら、失礼しました。つい、昔のクセが出て。奥様、もし、元帥閣下の小さい頃とか興味がおありでしたら、またお尋ねくださいね。いつでも、お話しいたしますから」
「夫人、それは……!」
珍しい。ラウルが本気で焦っている。だけど、どうやら武門派でも人との交流のやり方は、たいして変わらないようだ。
だから、ホッとして夫人の微笑みに答えた。
「はい、またぜひ聞かせてください」
「ええ、喜んで」
まるで孫娘を見るかのように、将軍夫人がエリシアに向かって微笑みかけてくる。
「イサギレ将軍夫人が……!」
その様子に反応したのは、周りにいた貴族たちのほうだ。
「どういうこと? 元帥閣下は、あの女を王家から押しつけられて結婚したのよね?」
「ああ、たしかに、それで間違いないはずだが……。実際に、王子の婚約者だった方だし」
「結婚式のあと、披露宴も行われなかったそうじゃない? すぐにお仕事に向かわれたと聞くし。不本意なお下がり妻なはずなのに、どうして――」
ざわざわと周りがさざめいている。
(うーん、やっぱりそう思われているわよね……)
そのとおりなのだから仕方がない。実際、自分だって、本のとおりの展開だと思い出さなければ、この結婚に、完全に心が折れていたところだった。
「エリシア」
だが、周りのさざめく声にも拘わらず、ラウルは挨拶で一度離した手を再度差し伸べてくれる。
「行こう。向こうには、いろいろと軽食もあるぞ」
(え……、これは私に手を差し出してくれているのよね?)
儀礼上必要な場面だからではなく――。そう思うと、冷たい言葉でしおれそうになっていた心にも、また元気が湧いてくる。
「はいっ!」
だから明るく返事をすると、ラウルの手を取って、一緒に会場を歩きだした。




